いしなお@日記
1998年2月


●1998年2月1日

臨死体験中

 風邪をおして雪山へと向かった男は、行きの車の中ですでに体力を使い果たすが、それでも滑りはじめると少し元気になってふつうに滑ってしまい、その後の帰り道にはその反動で体調が最悪となり、さらには全身を早くも筋肉痛が襲いはじめ、何とか家まで帰り着いて風呂に入っても筋肉痛は薄れず、布団にはいると一瞬のうちに死んだように眠り、朝起きると筋肉痛が両足・背中・首筋などさまざまなところに転移しており、寝返りをうとうとしただけでも激痛が走るため動けなくなり、せいぜい枕元のノートパソコンの電源を入れてこんな文章を打ち込むだけである。ああ腹減った。コンビニまでの30秒の道のりが遠い。

●1998年2月2日

信じる者はすくわれる(足を)

 ってのは誰のネタだっけ?
 今回のテレビ版MMRじゃなくて200X年の呪いの話は、要するにそういうことなんでしょう。それにしてもプラシーボとはつまらないオチだけど。でも、あの番組って最終的な説得力はないけど面白いよな。いわゆる、部分的に真実を混ぜた嘘っていうエンターテインメントを面白くするためのテクニックを、うまく使っている。
 話をプラシーボに戻すと、ああいう話になってくると正直なんてものは美徳でもなんでもなく、周囲にプラスとなる嘘をつく人がいい人ってことになっちゃいそうだな。その結果として脳内革命とか新興宗教とか人をだましてお金儲けをしたい人たちの理由付けができてしまい、世の中がだんだん俺が嫌いな感じになっていってしまう。
 大戦略的思考を好む性格なので、目先の幸せなんかでごまかしていく世の中なんてイヤなんだけどなぁ。とかいいつつ、理論が実践に反映しているのかっていうと、実際のところ“言ってるだけ”のところがある。どんな高邁な思想があろうとも、もっとも基本的な性格としてあげられるのは“面倒くさがり”だし。金もいらなきゃ女もいらぬ、わたしゃダラダラと過ごせる人生がほしい。って、これも言ってるだけだけど。
 ああ、筋肉痛で体中が痛い。風邪も悪くはなっていないけど、良くもなっていないし。会社に行かず、ダラダラしていたいよぉ。
 と思いつつも風邪を治そうと早めに寝たら、夜中にノートパソコンを買い取りにやってこられてしまう。うーむ、普段ならば起きてる時間だからなー。というわけでノートパソコンを引き渡し、ダラダラしゃべっていたら、なんか体調が悪化しはじめた気がする。やばい、寝よう。お休み。

スキー場情報:岩原

 一応,土曜日に行ったスキー場の情報。
 場所は,岩原スキー場。関越高速道路,湯沢ICを降りてすぐの場所。高速からもスキー場が見える。
 料金は普通。リフト一日券が4500円くらいで,ゴンドラも乗れる。
 ゴンドラで頂上まで行くと異常に狭い部分を抜けなければならず,人がたまりすぎていてボードを外して歩いても突破するのが難しいくらい。そこを抜けるとちょっとだけ急な場所があって楽しそうなんだけど,そこだけのために頂上の狭い場所をいちいち抜ける気にはなれない。
 高速を降りて近いから,練習に行くにはいいかもしれない。全体的に斜度がなくて広いコース設計は、初級者から中級者向け。あまり面白みはないけど,コースの横幅が広いぶん人がいても詰まることがなく,リフト待ちもさほどなさそう。
 でも,俺にとってはあまりにもイベントがなさ過ぎるコースだったから,二度行く気にはあまりなれないけど。

当て逃げやろう

 そういえば,うちらの車が止めてあった隣の車が,極悪な当て逃げにあっていた。
 どうやら駐車場の雪道がかなり凍っていた上で,スピードを出しすぎたかあるいはノーマルタイヤで無理したかしたらしく,ちょうど駐車場の角においてあったその車の左前部にかなり強くぶつかったらしい。
 俺たちが車のところに戻ったときには,ぶつけた車もそのタイヤあともすでになかったけど,ぶつけられた車は車体前部が完全に歪んでおり,ぶつけられて引っ込んだ部分が前輪に触っていたので,おそらく自走不可能だっただろう。
 俺たちがその場を離れてしばらくしてからパトカーが来ていたんだけど,おそらくどうにもならないだろうな。近くに見ていた人はいなそうだったし,スキー場の駐車場にはまったく利用者の履歴は残らないし。ペンキあととかから車種を割り出すことくらいは出来るだろうけど,人身事故じゃないから警察が一生懸命捜査してくれるとはあまり思えない。
 あれだけべっこり車体をやられてしまえば,修理するくらいだったら廃車にしたほうがいいかもしれない。保険は効くのだろうか。持ち主はどこにもやり場のない怒りで,激怒しているだろう。
 それにしても,うちらの車じゃなくて良かった。あとからそのぶつけられた車が俺たちの隣に停めなければ,被害に遭っていたのはうちらの車だっただろう。

●1998年2月3日

封印解除←ちょっと封神演義に似てる

 ようやっとのこと風邪が快方に向かう気配をそこはかとなく感じつつある今日この頃。日曜日は本当に大変だったのです。目を覚まして起きあがろうとしたら全身の筋肉痛。特に、首の後ろ側は少しでも力を入れると激痛が走るという状態。
 日曜日のわたしは、寝返りをうつにも起きあがるにも、右手を後頭部に添えて頭の重さを支えながら、首の筋肉を使わずに頭を移動させていたのです。まったく、頭の中身が詰まっているとこういうときに困ります。
 などというボケは、わざわざ(←隙間がある人間なんているのか?)などというつっこみを入れなくても、通じているのでしょうか? それとも何割かの人はまじめに受け取って、なんだこいつ変なやつなどと思うのでしょうか? 最近のここでの文章表現に迷いを生じている模様なのです。
 つっこみという表現は下品でしかも読者をバカにしているのでは、という発想は、最近のバラエティ番組などの笑い屋さんの多用やテロップでオチを強調する手法などを見ることによって生まれたものと推測されます。なんか、ああいうのがイヤになったのです。
 というわけで、ここ一週間くらいの間、つっこみ表現をできるだけ封印しつつ書いていたのですが、地の文章だけではよほど練って書かないと微妙なニュアンスが伝わりにくいようです。だからといって、こんなところで書いている文章を、じっくり練って書いている場合でもないでしょう。
 というわけで、封印はやはり解除しましょう。って、勝手に自分の中でやっていただけなんですけど。

●1998年2月4日

例のあれ

 アップデートインストールする方は、ネットワーク周りの設定が腐ってしまう可能性が高いので気をつけましょう。
 ちなみに結局のところ、次のあれってのは新しいバージョンってわけじゃなく、今のあれのファイナルバージョンであると考えたほうがいいでしょう。今のあれにあれを足した状態にさらにあれもはじめからついているというだけです。
 もちろん、周辺のあれやあれにも標準で対応しているけど、あんなの結局のところプレインストール用最新のあれでも対応しているんだし、それ以外の特徴はだいたいが今のあれに追加できるものばかりだし。
 でも、さすがにファイナルバージョン相当なだけあって、ずいぶんといろいろ悪かった部分が改善されているし、おまけも充実しているから、俺は多分正式版が出たら乗り換えるな。
 ところで、俺って今のあれの権利はいったい何個もっているんだろう? 前のあれの権利やさらにその前のあれ、さらに文字の時代のあれなんかの権利は山ほど持ってたんだけどな。

モバイルやろう

 諸事情から何か持ち歩けるおもちゃを買おうかと思っていて、なんかちっちゃくて安いWin95ノートを買おうかと思っていたんだけど、今日カシオペアの新しいのをさわったら、CEマシンでもいいかなと思ってしまった。
 CEって、初代カシオペアをさわって、こんなくそ遅いおもちゃじゃ遊べないと一瞬で却下したんだけど、いつの間にやら倍速まで高速化されていて、新しいカシオペアはほとんどストレスなく使えた。しかも、俺の主力記録装置であるCFメモリスロットも持っていて、とても便利。確かNTTパーソナルとマイクロソフトの協力体制でPIAFSもきっちり対応してくれるはずだし、俺にとってはかなりいい環境がそろっている。
 本当は自分でプログラムが組めないようなマシンはイヤだったんだけど、どうやらVB for CEみたいのが発表されるらしいし、それならば多分手にはいるだろうから、一応一通り買ってもいい条件はそろうことになる。さすがにVC++ for CEじゃ組みたくないからな。
 とかいいつつも、でもやっぱりWin95マシンのほうが遊びがいはあるんだよな。バッテリの持ちが良くて安くて軽いWin95ノートはないだろうか。見つからないと、カシオペアにくらっと来ちゃいそう。モバイルギアは、PIAFS&CFカード野郎にはいまいちなので却下。

●1998年2月5日

せき・こえ・のどに

 最近,ぽつぽつと押してくれる人が出てきた日記猿人の投票ボタンが,ここ最近さっぱり押されなくなった。
 風邪をひいて体調が悪いせいか,なんかのりが悪くなっているし,ネタがないのに無理してくだらないこと書いているし,やっぱ読者は正直に反応するんだなーなどと反省してしまった。それとともに,ちょっとホームページ更新のやる気も減衰しつつあり,しばらく休息でもしようかしらんなどと考えていた午後3時。
 試しに自分で投票ボタンを押してみたら,「これは正しい日記猿人の投票ボタンではない」ってエラーが出ちまったよ。なーんだ,HTMLを書き間違っていたのね。これがなかったら,今頃何百票も入っていただろうに←いや,十票くらいは……←せめて一桁でも……
 でも,ちょっとホームページ作りの情熱がさめ始めているのは事実。最近ずっと同じようなことを続けているだけだもんな。ページの構成変更も今よりもいいものが思いつかない以上,やる気になれないし。新しいコーナーをつくるほど暇もネタもないし。要するに飽きてきたわけだ。
 マルチメディアコンテンター(←最近一部で流行っている肩書きらしい)としては,JavaとかScriptとかFLASHとかDHTMLとかいろいろやってみちゃおうかな,などとも思ったりもするんだけど,GIFファイルだって32色くらいまで減色して圧縮がかかるようにしないと載せる気になれない俺様としては,つくること自体はそれなりに楽しいかもしれないけど,実際に人にそんなのを押しつける気にはなれないなぁ。
 やっぱ侠なら,質実剛健だよね。
 ちなみに“侠”と書いて“おとこ”と読みます。「“本気”と書いて“まじ”」と読むとはちょとちがう。「“強敵”と書いて“とも”」と読んだり,「“薬”と書いて“くーる・にっき・ぱっしょん”」と読んだりするのは?

●1998年2月6日

ゴスペラーズのリーダーって,やっぱり赤スペラー?

●1998年2月8日

快楽主義の実践と応用

 さて、木曜日が締め切りで、金曜日が真の締め切りで、土曜日が陰の締め切りだった原稿が、日曜日になった現在も途中までで止まっています。なぜ止まっているのかというと、わたしが書かないからなんですけど、何で書かないのかというと書きたくない原稿だからです。
 ただでさえあのコーナーに関しては飽き飽きしている状態になのに、前回さらにつまらない方向へと進む第一歩を記してしまったため、その後始末をしなければならない今回は、超げろつまらない内容になっているのです。しかも、それがどうしても必要な情報ならばしかたないのですが、それがまたどう考えても特に必要ではない情報なのにも関わらず、内容的にもつまらないという、本当にどうしようもないことを書かなければならないのです。
 「面白くないことはびた一文やらない」というのがわたしの哲学でした。子供の頃からずっと、わたしはその哲学を守り通してきました。高校生の頃に母親から「あんたは根っから快楽主義者だから……」と呆れたように言われ、ちょっと傷ついたりしながらも開き直ったりもしつつ、これまで生きてきたわけです。しかし、自分で金を稼いで生きていかなければならなくなると、つまらないこともやらなければなりません。
 とはいうものの、わたしの体には快楽主義の自動化された原理機関が内蔵され、わたしの体をその原理の赴くがままに動かそうとするのです。要するに原稿を書かずに、こんなところにこんなことを書いているのです。
 現在270ライン。そろそろまとめにはいってもいいであろう分量には達しているのですが、あまりにもつまらない内容なので、せめてもうちょっと面白くわかりやすくしたいななどと思ってしまうと、はじめから構成を変えていかなければならなくなって、そうなると結局もう一回全部書き直しに近いことになって、さらに嫌気は増してきます。そろそろ眠くなってきました at AM3:02。
 一眠りして、続きは朝起きてからにしてもいいかな?←いいとも!←なんて答えるわけないよな。でも眠い。おやすみなさい。

●1998年2月9日

「弱っちいの」

 どうも最近、電話のキャッチセールスとの相性が悪い。
 学生の頃なんかは適当にしゃべった後に切っておしまいだった。しかし、最近滅多に家で電話に出ないせいか、たまに出るときはたいていそんなのの相手をしている気になれないときが多く、ぞんざいに相手をしても向こうが話を切り上げてくれないので、しかたなく強引に切るようにしている。
 ただ、どうしても自分がそういうバイトをしている姿を思い浮かべてしまうため、さほど冷たく切る気にもなれず、「ごめんね、忙しいから切っちゃうよ」みたいなことを一応言ってから、それでも相手がまだ話を続けようとしたらそのときは強引に切ってしまうことにしている。
 で、そんな風にして切った場合、前に一度同じ男から再度電話がかかってきて、「そんな風にして切ると、またかかってくるよ」と一方的に捨てぜりふをはいて切られたことがある。そのときはいろんな意味でかなりイヤな気分になったけど、まあそのときの相手の心の動きを想像して、だいたいその件については精神的に消化できていた。
 しかし、昨日ももう一度同じような捨てぜりふ電話があった。今回は女性の声で同様にうだうだと説明していたので、「ごめんね、忙しいし興味がないから切るよ」といって切ろうとしたらまだいろいろ言っていたから、もう一度「ごめんね、切るよ」といってから切った。そうしたら再度電話がかかってきて、言った言葉が「よわっちいの」だそうだ。
 今回は別にダメージは受けなかったんだけど、その意図がいまいち分からない。「ごめんね」って言って切るのが弱いのか? どうせ切るならば、「うるせえ、ボケ」くらい言って切らなきゃダメなんだろうか? それともちゃんと応対して相手を納得させて切らせることができないのが弱いのか? でも、さすがにそれは調子こきすぎだろう。
 もしかしたらほかの言葉だったのかな? 聞き間違いとも思えないんだけど。
 それにしても、キャッチ系の電話をしているやつに捨てぜりふをされるのは、かなりむかつく。相手がどこまで自分の情報を知っているのかわからないのも気持ち悪いし。
 いったい彼らはどういう応対を望んでいるんだろうか。ちゃんと話を聞いて、さらに相手の言った場所に出向いて、なにやら訳の分からない契約を結ぶって応対は却下。相手の暇つぶしの相手くらいはしてやらなきゃダメなのかね。キャッチなんかの相手をまじめにしているほど暇じゃないんだけど。

●1998年2月10日

やっぱり、柱が好き

 昨日の出勤途中のこと。
 JR新宿駅山手線内まわりホームへの階段を上っていったところ、そこには水たまりがあった。
(昨日は雨が降ってたんだっけ?)
などとふと思ったが、よく見たらそこ以外はまったく濡れていない。
 水たまりの源を目でたどっていったところ、そこにはズボンのファスナー――いわゆる社会の窓ってやつ――を閉めようとしているおっさんが一人たたずんでおられた。
 あらまあ、こんなところで立ちションですか。
 おっさんはそのままファスナーを閉め終わると、立ち去っていった。通勤ラッシュのピークは過ぎていたもののホームにはそこそこ人がいたため、人影に隠れての行為は駅員の目には触れなかった模様。
 後に残されたのは、細い柱の根本に源を発する、ちょっと大きめの水たまりが一つ。
 その横を通り過ぎ、ちょっと離れたいつもの定位置で列に並んで電車を待つ間、わたしは街頭での小便と柱の関係について考察するのみであった。
 本能なのか、生活の知恵なのか? 答えは、まだ出ていない。

●1998年2月12日

オリンピックも大したことねーな

 選択肢は二つあった。
 一つは、東北道を使って福島方面へと向かう。ただし、こちらは基本的に距離が遠いし、予測できる範囲内ではあるが渋滞が起こる可能性が高い。
 もう一つは、関越道を使って群馬方面と向かう。こちらは非常に近いし、関越トンネルを抜けなければ、渋滞があったところでさしてはまることはないように思える。
 ただし、オリンピックがなければ。
 問題はオリンピックだ。長野で行われている冬季オリンピック。その日は日本がもっとも金メダルに近いと目されているジャンプ競技が予定されている。オリンピックの観客たちが藤岡分岐で信越道方面から合流してくることを考えると、帰り道の渋滞はどれほどになるのか見当がつかない。
 しかし、彼らは眠かったのだ。
 どう考えても東北道に向かったところで、スキー場に着いてすぐに滑り出すことはできないだろう。しかし、彼らの一眠りの単位はどうしても4、5時間レベルとなってしまうため、実際に滑っていられる時間は非常に少なくなると予想される。
「いいや、ひとまず近いところ行って滑って、帰りは帰りで考えよう。すげえ渋滞になったらなったで、話の種にもなるかもしれないし」
 というわけで、彼らの結論は関越道を示した。
 そして玉原高原スキー場で一日滑った帰り、さすがに正面からの勝負をさけるため、スキー場を午後三時には出発するペースで帰路についた。湯沢IC.から高速に乗ろうとしたら渋滞しているのが見えたので、飯屋を探しながら国道17号をしばらく走り、渋沢・伊香保IC.で高速に乗る。
 高速は流れていた。しかし、彼らはまだ信じなかった。
「どうせ、藤岡の合流でひどい目にあわせるつもりだろう」
 しかし、信越からの合流地点をすぎても高速は流れ続けた。
 車の数は確かに普段よりは多めだった。ただし、追い越し車線をのろのろ走るやつや事故を起こすバカもおらず、結局渋滞にはまることがないまま練馬まで到着した。
 しかし彼らは、そのようなありがたい状況に感謝するよりも先に、次のような言葉を吐いたのだった。
「なーんだ、オリンピックもだめじゃん」
「全然渋滞にもならないようじゃ、大したことねーな」
「やっぱ、冬季ってのがダメだよ。オリンピックは夏だよね、夏」
 不当におとしめられた冬季オリンピックが、少々可哀想な気もする。

●1998年2月13日

ジェイソンが運んでくるものは

 というわけで、13日の金曜日です。
 ひとまず、郊外のキャンプ地にでも行って、人々が寝静まった夜更けにでも、独りでシャワーを浴びてみようかな。などといったシーンを思い描きながら、実際にどんな悪いことが起こり得るのか考えていたら、一つ思い出しました。
 13日の金曜日。ということは、15日の給料日は日曜日。すなわち振り代わって、13日の給料日。
 もしかして、13日の金曜日って結構いい日なんじゃない?

体力増強週間

 一昨日のボードで体力の低下を痛感したわたしは、足腰を鍛え直すことを決意したのです。会社までの歩いて一時間弱の道のりを、往復のどちらか片道は歩くことにしたのです。しかも、ただ歩くのではなく、できるだけ体重移動を明確にして両膝に負担をかけつつ、足首と親指をきっちり使って地面を蹴りながら歩くのです。メチャメチャ疲れます。さすがにかなりの運動になるらしく、帰って布団で横になったらかなり足が疲れていました。結構汗もかくので暖かくなったらやってられないでしょう。
 そういえば土曜日にはフットサルがあるらしいけど、ボードとどっちを選ぼう。そろそろ野球もやりたいなー。やっぱり、今のうちに基礎体力をつけておこう。それにしても、体力って高校の頃がピークだったんだろうな。あの頃はどんなに暴れても疲れて動けなくなるなんてことはなかった。心臓がばくばくいって喉の奥に血の味がしても、10分後にはまた元に戻ってたもんな。大学でその頃の遺産を食いつぶし、それ以降はマイナス方向に目盛りが振れてきている気がする。あかんよ、そんなんじゃ。

●1998年2月15日

2分が限界

 とは思ってもいませんでした。何がかというと、昨日のフットサルで自分が思ったとおりに動けた時間の話。
 やっぱりサッカーは運動量が並みじゃありません。野球とかスノーボードとかだと、しょせんは動いていない時間が長かったり、位置エネルギーを運動エネルギーに変えてるだけだったりするんだけど、サッカーは自分の足で走らないと話が始まらないし、しかもボールのスピードよりも速く動かないと何もできないので、こりゃもう大変です。
 足腰の筋力に関しては、最近結構運動しているからそれほど辛いとは思わなかったけど、心臓がばくばくいって頭に血が集まって喉の奥にこみ上げるものを感じ、動く気力なんて一瞬で吹っ飛んでしまいました。そして、あんまりにも動けない自分に腹が立ちました。
 というわけで、会社まで歩くのはやめて、次からは走ることに決定。心肺機能から鍛え直しましょう。

●1998年2月16日

タイム更新

 今朝から会社まで走ろうと思ってたんけど、ウェストバッグの中身ががしゃがしゃいうんで早歩きにしておきました。
 んで、今までのタイムはだいたい55分くらいだったんだけど、今日は48分くらいにタイム更新。ウェストバッグの中身をもうちょっと整理して何とか走れる状態にすれば、40分くらいまで詰められるかな? そうすれば、電車で行くのとさして変わらない時間でつけることになる。
 それにしても、早歩きじゃあふくらはぎには負担がかかるけど、心臓には全然こないんだよな。あれじゃあ、意味がない。
 ちなみにこんなことをやり始めたのは、健康のためじゃありません。健康なんてどうでもいいけど、自分が思ったとおりに自分が動けないのは許せない。最低限自分の意志通りに自分が動くところまでは戻してやる。

●1998年2月17日

はずれくじは一本だけじゃない

 何となく本棚を整理していたら、井上夢人(岡島二人)の「おかしな二人」を手に取ってしまい、そのまま勢い余って一通り読み返してしまった。
 んで、前読んだときには気がつかなかったけど、今回新しく気が付いたことがある。それは、俺の現在の最大の敵である“やつ”の特徴が、井上夢人とコンビを組んでいた徳山諄一にそっくりなこと。
 だから、井上夢人がコンビを組んでいるのがイヤになっていく過程やその際に徳山に対して手紙を書いたときにいいたかったことが、とてもよくわかる。
 で、中でもとっても俺の気持ちとだぶる部分を抜き出してみると、

 質問その二。
 僕が徳さんに出しているリクエストは、無理な注文なのでしょうか?

 質問その三。
 もし、無理なことを僕が言っているのだとすれば、なぜ、徳さんは僕にそれが無理だと言ってくれないのでしょう? これまで徳さんは、やる、と言い続けてきました。(中略)……やれるのにやらなかったのですか、やれないのにやれると言ったのですか、どちらなのですか?

 質問その四。
 もし、やれるのにやらなかったのであれば、どうしてそんな汚いマネができるのですか?
 約束の不履行。欺瞞。どうして、そんなことを続けられるのですか?

 質問その五。
 もし、やれないのにやれると言ったのなら、それはなぜですか? それは徳さん自身の能力の過信にすぎないのですか? しかも、過信に気づかず、能力を磨く努力をも見せず、それはなぜですか? どうして、そんなことを続けられるのですか?
 徳さんが「無視してはいない」と言ったのは「気持ち」の問題でした。僕が「無視している」と言っているのは「現実的な」問題なのです。(中略)……いい人だと思います。ただ、仕事は違う。「気持ち」だけではないのです。(中略)……現実の仕事がそれと矛盾してしまう。

 結局のところ、やるといったことをやらず、スケジュールを遅らせては、その尻拭いを人にさせる。そしてそのことに対してまったく反省の色を見せない。というか反省する以前に、悪いことをしたとはまったく思っていない。そういう人なんだろう。
 スケジュールを遅らせてもこちらから連絡しない限りは、まったく向こうからは連絡が来ないところも同じだ。こちらはただただいらいらしながら待ち続けるしかない。
 立場も似ている。向こうは材料を集め、こちらはそれがないと仕事ができない。不完全な材料しかこなくても、こちらはしかたないからそれで何とかしようとするが、それでは不完全な仕事しかできない。その結果、中途半端なものを作った自分がイヤになる。
 “やつ”は「スケジュールが遅れるのを何とかして欲しい」という要望に対して「間に合わせます」じゃなくて「がんばります」としか答えなかった。今考えると、そこに向こうの腹の底が透けて見える。
 仕事なのだ。がんばろうががんばるまいが、とにかく「やる」のが最低限だ。「がんばる」かどうかなんて、どうでもいい話だ。結果としてできていれば、こちらとしてはそれでいい。
 しかし、向こうは「がんばったけど、間に合わなかった」というのをある意味、是ととらえているのだろう。だから、「間に合わせます」じゃなく「がんばります」と答え、そして結果としてスケジュールは遅れ、にもかかわらず、いけしゃーしゃーとしている。
 そういう人は他にも存在するんだと言うことがわかっただけでも、収穫かもしれない。すでにあきらめという名の悟りを開いている俺としては、やつの存在をそのまま受け入れるのみだが、ほかにも同様に苦労している(た)人が存在しているのだと考えれば、はずれを引いた気分も少しは和らぐだろう。

●1998年2月18日

30分完走

 昨日の朝はぎりぎりまでテレビ(ジャンプ団体)を見ていたので、電車で会社に行ってしまった。んで、しかたないから帰りに歩き。会社を出た時にはもうPM11:30をすぎていたので、夜道をとぼとぼと歩く。
 で、早速道を間違える。道玄坂から山手通りに抜けるまっすぐな裏道に行ったはずが、なぜか渋谷のホテル街の細い小路をうろうろ。その途中、ホテル街の路地に隠れるように立っていた若い女性の事情を想像したりしているうちに、ようやくホテル街は脱出できたが、今度は方向を失ってしまう。
 しかたないので、だいたいの方角をあわせて住宅街の中をジグザグと曲がり曲がってうろうろ。通りすがりに道ばたで野球の素振りをしているユニフォームを来たにーちゃんの事情を想像したりしているうちに、予定通りの山手通りにたどり着いた。
 んで、続いては井の頭通りへのショートカットをたくらんだわけだが、そのあたりでちょっと走ってみようかと軽く走り出した。本当は速いペースで走って、疲れたら歩こうと思っていたんだけど、ちょっとでもペースを上げるとMDの音が飛ぶ。しょうがないので、かるーいジョグのペースでのんびりと走る。
 あまりにも負担が軽くて、これじゃあ走ってる甲斐がないかなと思い始めた頃に、少しずつ汗をかき始め心臓に負担がかかりはじめた。その感覚に覚えがあった。遠い昔に似たようなことをやっていた記憶がある。
 これは中学の頃に陸上部の練習でやっていた30分完走とか60分完走とかと同じだ。
 ふつう走るという場合、1500メートルとかあるいはグラウンド10周とか、距離を決めて走るのが一般的だろう。しかし、陸上の練習では距離ではなく、走る時間を決めて走る練習があった。それが〜分完走というやつ。
 完走というだけあって、どんなにペースを落としても(たとえ、歩くより遅くても)いいから、絶対に走り続けなければならない。ちなみに、走るってのは両足が地面から離れている瞬間があるということね。これは主に持久力(心肺機能)をつけるためのトレーニングだったはず。
 遠い昔に秋田大学の陸上グラウンド(中学の陸上部が使ってた)の外周をぐるぐると走り続けていた時のことを思い出しながら、なぜか突然目の前を横切ったローラーブレードを履いたおっちゃんの事情を想像したりしつつ井の頭通りまで達すると、もううちまですぐなのにここまで来てさらに道を間違ったりしながら、何とか家までの完走に成功した。
 結論。MDというペースメーカーはかなり使える。走ってるとどうしてもペースを上げてしまいがちなんだけど、MDがあると絶対にペースをあげれない。だから〜分完走のようなペースで延々と走り続けることができる。

●1998年2月22日

最近、日記がないね

 といわれて見返してみると、確かにこの前書いたのは19日。その前は17日。だんだんとびとびになってきている。
 駄文自動製造機能を内蔵しているので、書こうと思えばなんぼでも日記のようなものは書けるんだけど、日常日記を書いてるのにも飽きてきたし、オチのあるネタっぽい日記を考えるのも面倒くさいし、社会派日記は俺の性に合わないし、ほかのコーナーを維持するのにも結構時間がかかるし。
 とか、いろいろ理由は付けられるけど、結局のところホームページを維持する気力が最近尽きてきたんだろうな。ネタだけ拾って書く気力が出ないままに放っておいてある日記やら雑文のたぐいは、いくつか溜まってるんだけどね。途中で放置しているアレやアレも何とかしないといけないし。
 というわけで、やる気の神様がわたしの上に降りてくるまでお待ちください。

●1998年2月24日

やっぱり、日記を書こう

 このページの読者傾向は、半分がTVドラマ系、1/3くらいがF1系、で残りがその他いろいろという感じです。で、そういうのを把握しちゃうと、効率化を考えて読者が求めるものだけをやっといたほうがいいかな、などと考えちゃったりするわけです。また、メインの読み物以外の不純物を排除したほうが見通しがよくなるかな、などという言い訳も思いついちゃったりします。
 さらに最近わたしの中では、メールフレンド増強週間が進行中です。ホームページという発信作業を延々と続けていても、それに対するリアクションを得ることは少ないものです。別に吐き出し続けたからってネタが尽きるってこともないんですけど、自分の中で完結した世界になっちゃいがちで、ワンパターン化して飽きてきちゃいます。その点、メールのやりとりだと確実にリアクションがあるんで、閉じられた世界にならなくて、発信過多という症状の緩和剤になってくれるのです。
 それをやっていると一つ問題が出てきます。それは、メールでうだうだ話している内容ってのが、限りなく日記に書かれるべき内容に近いってことです。つまり、日記を書こうと思っても、そのネタはすでにメールで書いてしまっていたりするわけです。同じネタの二重売りは芸人としてはできるだけさけたい。その思いがわたしを日記から遠ざけてしまいます。
 しかし、そんなのは理想主義なのです。世の中の芸人で、ネタの二重売り三重売りをしていない人など見たことがありません。芸人の芸には、他と比較してのユニークさは求められますが、その個人の中ではユニークである必要はないのです。そうでなければ、持ちネタなどという概念が存在するわけありません。吉本芸人などは、どれだけ同じネタを繰り返して使っていることでしょう。
 ところで、わたしが芸人だということを前提に話を進めているのは、何かが間違っていると思っている人、あなたの感覚は間違っていません。
 話が拡散してきたので、無理矢理結論に話を進めます。結局何が言いたいのかというと、やっぱり日記を書こうか、などと思い直したわけなのです。わざわざ日記めあてでこのページを見に来るという、物好きな方もいるようですし。
 ネタの二重売りをさける努力なんかしません。これからは幾人かにとっては、なーんかどこかで見たような話を読むことになるかも知れませんが、細かいことは気にしないでください。あと、面倒くさいのでオチのある日記に固執するのもやめます。ずるずるーっと終了する日常日記が増えるので、そのへんもよろしく。

ずるずるーっ

 土日とダラダラ過ごしちゃったから、月曜日からはまた朝走るぜ!という気合いは空回り。早速寝坊して、会社にも遅刻してしまったので、走るどころではありませんでした。でもまあ、へへへっと笑ってごまかしつつ、今週も始まりました。
 まあ、今は仕事が詰まりそうで詰まっていない微妙な時期なので、結構のんびりやってられます。昼飯ついでに銀行によって家賃を払ったりしながら、水天宮に行った帰りに電車で爆睡してしまい、なんか真っ赤な目をして渋谷であわてて降りたりしたわけです。
 で、PM10:00頃までかかって今日やれることを一通り終わらせると、朝走れなかったぶん帰り道を走って帰りました。中二日あいたせいか、なんだかひざがぎしぎし言うし、やけにアスファルトが硬く感じられましたが、それでも無事完走を果たしました。体力が余っていたせいか、最初どうしてもとばし気味になってしまい、MDペースメーカーくんの音飛びが激しかったです。
 ちなみに、「どこを走ってるの?」という某氏の質問に対して答えると、行きの場合、うちをでて、namさんの家の前を通って井の頭通りに出て、そのまま東北沢の横を通って山手通りに抜け、山手通りをしばらく行って、それから旧山手通り側にそれていって、途中の細い道を曲がり、そのまま道玄坂に抜け、後は適当に会社に向かう、と言った感じです。帰りはその逆ね。人通りが多いところでは歩くけど。
 ちなみに、わたしのルートを知ったからといって、石をぶつけたり、おやじ狩りの標的にしたりしないように。せめて若者狩りにしてください。ってそういう問題じゃないです。「きゃー、がむばつてぇ〜」などという黄色い声援も恥ずかしいのでやめるように。←んなやつぁいないって←いかん、ずるずるーっと終わらせるはずが、まだ中途半端にオチをつけようとしている

●1998年2月26日

日記読み……

 ってタイトルをつけると、某方面からの来訪者がものすごく増えたりするんだろーなー。
 などという誘惑に耐えかねて、おもわず実験くんになってしまいました。ごめんなさい。反則ですか? っていうか、すでに同じことをやったことがある人がいそうだな。
 ちなみにこのページ最下部に隠れているアクセス解析からたどると、実際どのくらいの人がどこからやってきたかがわかります。普段はそちら方面からの来訪者数は大したことありません。
 アクセスログは昨日リセットがかかったばかりなので、実験するにはちょうどいいタイミングです。そちら方面のコアな方々の動向を観察するに、ちょうど今その手の話題で盛り上がっているところらしいし。
 いやー、楽しみだ。どのくらいの人がやってくるのだろう。

 っていうんで終わったら、殺されそうだな。でも、終わる。これ以上下手なことをいうと、さらにやぶをつついてしまうことになりかねないし、その結果蛇どころじゃないものが出てきても困るし。
 こんなことはもうやらないんで、お怒りの方も今回一回だけは怒りを胸に納めて、見逃しておいてください。

追加)
 PM2:00時点で、確かに普段よりはそっちから来る人がそこそこ多いみたいだけど、すっごく多いってほどじゃあない。登録時間の設定ミスって感じ。朝に登録したんじゃ、会社から仕事中に見てる人しか来れないもんな。これは、やっぱり夜のピーク時寸前に登録したほうが、おもしろかったかもしれない。でも、二度やるのはバカみたいなんでやらないけど。

さらに追加)
 PM11:30までの段階での、そちらからのアクセス数トータル36。すでに新作リストのずいぶん下方まで落ちていったから、今更増えることはあんまりないだろう。正確じゃないけど、普段の倍くらいには増えたとは思う。でも、それだけだ。全然面白みがなかった。やっぱり、やるんだったら周到に準備してからやるべきだったんだろうね。ものすごく狙っていくんだったら、「コメントはそれ関係のみで目立つように」し、「新作登録はPM11:00過ぎくらい」に行い、「思わせぶりな単語もちりばめて」おけば良かったんだろうな。あまりにもな空振りでつまんなかった。

●1998年2月27日

おばちゃんの魂



今日も雨。
空を覆う雨雲は、
いつもと同じに輝いているはずの
太陽の光を遮ると、
わたしの心にも影を落とす……。
静かな呼吸音。
わたしは目を閉じると、
遙か遠い星の光を感じる。

 などと、ポエムチックに書き始めたのは、その寸前に読んでいた某ページに影響されたのでしょう。いやーもう、ポエムさいこーだちょーっ!←浦安鉄筋家族風味
 で、上のポエミーな感じのものは本文とは一切関係ありません。ちょっとアンニュイな午前3時の雰囲気を出してみたかっただけのことです。最近、なんかいいことがあるように見せかけて、そこから突き落とされること×2.5って感じだったもんで。
 話を戻すと、って戻そうにも始まっていませんでしたね。とにかく、おばさんの話です。おばさんといっても、わたしと血縁関係はありません。姻戚関係もないです。いわゆる“おばちゃん”、一時期オバタリアンなどと呼称された人類の亜種の話です。←って、これもひどい言いぐさですね。
 と、ノリノリで書き始めては見たものの、やっぱり空元気は空元気。早くも息が上がってきました。意気が上がってくれたのだったら、良かったのですが。
 しかも、しょせんわたしはオチ乞食。日記にオチは求めないと先日宣言したばかりなのに、書いているうちに何とか落とす方向へ話を進めることを体が要求します。口ではいやといいながら、体は正直じゃねーか、ほれほれ。などとなぶられてしまいそうです。←誰に?
 無駄話も長くなってきました。今回は無意味にポエムなんかも書いちゃって疲れたので、今回書くはずだった話は次回まわしってことで……。←そんなんありか?


もどる