いしなお@日記
1999年5月 6/11/12/13/14/17/18/20/21/24/25/26/27/28/29/31
本日の更新報告
F1サンマリノGP結果だけ。「ラビ1」「古畑2」「リップ2」「ア夜1」「恋奇1」。
連休中は、ひたすら車での移動と温泉の日々でした。4月29日にスタートし、福島、栃木、群馬とまわり、5月2日には一度東京に戻り、3日には山梨に行き、3日の夕方には再び東京に戻って1年ぶりの草野球の試合をし、4日には岩手まで行って5日の早朝には東京に帰ってきました。総走行距離約2500km。まだ車を買ってから1ヶ月半なのに走行距離は4000kmを越えてしまいました。このペースだと年間32000kmってことになりますか? ああ、そんな暇も金もありませんでした。
連休中は完全旅モードに入っていたので、すっかりF1のことは忘れてしました。サンマリノGPなんてあったんですね。ビデオにも撮っていませんでしたよ。あと、ドラマも結構面白そうだから続きを見ようかと思っていたものいくつかを、録画し損ねてしまいました。まあ、ハレの期間だったということで、その辺の失敗はなかったことにしてしまいましょう。いちいち取り戻す気にはなれません。
後に残ったのはいくつかの思い出と全身にずっしり重く残った疲労と空っぽの財布ってところでしょうか。ともかく夏のボーナスまでは慎ましく生きていかないといけないようですね。
本日の更新報告
「アルプスの少女カイジ」という言葉をふと思いついてしまい,さっきから頭の中をぐるぐる回っているんだけれども,これってきっとヤンマガの読者投稿コーナーとかに載ったことあるんだろうなー。ザワザワ…ザワ……ザワ…。
本日の更新報告
……。
このページの方向性を変えようと思い立ったはいいが,今一つ具体的な方針が成り立たない模様です。試行錯誤している間に更新を止めちゃうのもイヤなんで,ひとまずだらだらと従来通りな感じで続けておこうかなと思います。
ともかく,ゴールデンウィーク明けの今日この頃は,いまだ仕事が少ない暇な日々が続いています。今抱えている仕事は1ページ戯れ言原稿のみで,しかもその後はほぼ1ヶ月くらいスケジュールが入っていません。
でも,お金がないんで,そろそろ仕事中にビリヤードに行くのもきつくなってきています。やはりゴールデンウィーク中にお金を使いすぎた模様です。だれか,お金を使わずに幸せになれる方法を教えてください。ただし,靖幸ちゃんふうのやり方だったら教えてもらわなくても結構です。
そういえば,QuickJapanのミッチー特集の欄外に,岡村靖幸が太った理由として「鳥取砂丘の真ん中の雀荘で麻雀を打ち続けていたため」という説が書かれていたのを見て,ちょっとだけ幸せになれました。まだ忘れられていないのですね。でも,まだ生きているのですか?
本日の更新報告
シンガポールの人からICQで話しかけられて,対応に苦慮しているわたしなのですが,みなさまはいかがお過ごしでしょうか。やはり日本人はreadingはできるけれども,speakingやwritingはかなりつらいですね。日常会話的な発想で浮かんだ文章を,その微妙なニュアンス込みで英訳することができないため,思考パターンまでもが中学英語の教科書の登場人物のごとき有様になっているみたいですよ。
ところで任天堂は大丈夫なんでしょうかね? 松下は,期待して先行投資してきたわりには売れてないDVD関連パーツの在庫を一掃するいい機会だろうし,任天堂のお金で広告もしてもらって,もしかしたらDVDビデオ市場自体が活性化するかもしれないと,リスクがほとんどないいい話なんだろうけどねー。ゲーム機以外に商売が成り立っていなそうな任天堂は,今のソニーに正面切って戦いを挑むよりは,もうちょっと様子を見てから動いた方がいいような気がするけど。こんな大博打してこけたら,それこそ本当にソニーの一人勝ちになってしまいそう。セガはもうCSKがダメを出すまでの命で,それ以降はコンシューマから撤退でしょうか? 本当のところ,任天堂とセガは自社ハード出すのをやめて,プレステ(とか)でソフト出してくれるのが一番嬉しいんですけどねー。
本日の更新報告
今朝は危うく原チャリでチャリを巻き込み左折する寸前でした。通り慣れた道だからといって,可能性が低い事例を頭の中から排除しちゃいけませんね。まあ,路地から顔を出したところで一時停止して右側を確認し,それから左折方向へ発進しかけたところで,わたしの左側からぶつかりかけて急停車したチャリンコ(右側通行だね)に気がついたので,巻き込むというよりは横から追突される感じだったのですけど。もちろん多少同情の余地があったとしても,チャリンコ相手に原チャリじゃ(法的に)勝ち目はなさそうです。
さらには別の交差点では,黄色信号を加速して無理矢理渡りかけたところをやはりあきらめて停止したのですが,もしもそのまま行っていたらすぐ右側を走っていた軽ワンボックスに巻き込まれてしまうところでした。わたしはY字の下から右手側(本線)に向かっていたのですが,ワンボックスはウインカーも出さずにY字の左手側の路地(道的にはほとんどまっすぐ方向だが,実質は左折)につっこんでいったので,あのタイミングではアウトだったでしょう。
どうにも今日は交通安全の厄日のようです。最近はただでさえ,交通安全週間のため左右後方(の白バイ)を確認しすぎて,集中力が拡散している危険な時期だというのですから,今日の帰りはかなり真剣に気をつけて帰らないといけませんね。
ひとまず今日の飲みは,日本酒二合ほどで止めておきます。
本日の更新報告
宇野勝。元中日の遊撃手で、現役時代は338本のホームランを打った長距離打者。わたしは彼のことを笑っていました。もちろん、例のあれのことです。毎年プロ野球シーズンが終わるころに各テレビ局で放送される、プロ野球珍プレー好プレー系番組での、彼のかつての勇姿です。
昭和56年8月26日に後楽園球場で行われた巨人対中日の試合のときでした。ショート後方に上がったフライの落下点に入り、「オーライ!」と手を上げた彼のグローブに収まらなかったボールは、彼の頭頂部に当たると大きく弾んでぽとりとグラウンドに落ちました。いわゆる宇野ヘディングです(すごいうろおぼえの記憶で書いているので、詳細は間違っている可能性がありまする)。
日曜日は知り合いの草野球チームの試合で、面子が足りないということだったので、練習だけでもできればいいなと、わたしは武蔵野中央公園まで出かけました。そして、思いもよらず1番レフトという役割を与えられました。
試合は初回に5点奪われながらも、その後はこちらのチームが追い上げていくという、なかなかの好ゲームでした。そんな中、わたしは相手ピッチャーの遅い球に力んでしまい、内野ゴロ二つといいところなしの展開でした。バットを振ってもいいことがないので3回目の打席は四球を選んで塁に出たのですが、牽制球でベースに戻ろうとして転んだり、ヒットで1塁から一気にホームまで走らされ、余裕で間に合うはずのタイミングだったものを途中足がよたってしまい、ぎりぎりのタイミングでようやくホームにたどり着くなど、非常に無様な運動能力を周囲に見せつけていました。
その無様な様子は、守備の面でも発揮されていました。まず最初の守備機会は、左中間に飛んできたライナー気味のフライ。ただし、余裕でわたしの守備範囲だったため、ボールを追いかけたわたしは落下点前で走る速度を緩めながら、グローブを出してボールをキャッチしようとしました。グローブに当たりもしないで、ボールはわたしの横を通り過ぎていきました。追いついていなかったわけではありません。ボールはわたしの差し出したグローブの30cmほども下をとおっていったのです。わたしの視神経と左手を操作する運動神経の間には、本当に神経パルスが伝達されているのでしょうか?
最終回には、更なる悲劇が待ち受けていました。2点差まで詰め寄った最終回表相手チームの攻撃、1死1塁という状況下でバッターの打った球は、ふらりとあがってレフト前へと飛んできました。2回目の守備機会です。バックスピンのかかった球は滞空時間が長く、なかなか落下してきません。前へとダッシュしたわたしは落下地点まで何とかたどり着きました。キャッチする位置が多少低い位置になってしまったため、わたしは軽くひざを曲げて腰を落とした体勢になりつつ、ダッシュの勢いで小走りになりながらグローブを出しました。眼前に差し出したグローブがわたしの視界からボールの姿を消し去りました。
ごいーんっ!
擬音でいうとそんな感じです。帽子が脱げて後方に飛んでいった感触は、やけにはっきりと覚えています。あとは、一瞬視界が暗くなるような衝撃。手応えのなかったグローブの空の感触が、ボールが捕れていないことをわたしに知らせてくれました。慌てて後ろを振り返ったのですが、脱げた帽子が転がるだけでボールの姿は見当たりません。そのままの勢いでくるりと一回転すると、なぜかサードがボールを持ってセカンドを回りかけたランナーを牽制していました。
そのころになって、ようやく額にじんわりと痛みが走ってきました。拾った帽子をかぶりながら指の腹で額を探ると、軟式野球ボールのマークが額に凹凸を作っているのがわかりました。ばれないようにそっと帽子を深くかぶりました。このまま額の軟式野球マークが消えなかったらどうすればいいのでしょう。額に肉という字でも書いてごまかすべきでしょうか。
後で聞いた話ですが、わたしの額に当たって跳ね返ったボールは、そのまま内野まで返ってきたそうです。ナイス返球だったそうです。ちなみに第4打席では、3回キャッチャーへの小フライを打ち上げたところ、相手キャッチャーは2度取りそこなった末、3度目にナイスキャッチしました。いい守備練習になったことでしょう。キャッチャーフライのノックは難しいんですよ。あと、額のマークは10分ほどで消えました。試合は負けました。次回はがんばります。
本日の更新報告
眠い→スラムダンク→SETI→ムー→幻魔大戦→宗教系→角川春樹→ちなみに
眠いです。
昨日はいったん家に戻ってから車で,渋谷(東京)から市川(千葉)に行って加須(埼玉)に行って向丘遊園(神奈川)に行って,家(東京)に帰ってきたら3時半でした。
それから何を思ったか,スラムダンクを読破してしまいました。やっぱり熱くて面白いです。バガボンドなんてとっととやめて,早く続きを描いて欲しいです。あれも最初の頃ほどつまらなく感じなくはなってきたんだけれども,それはマンガが面白くなってきたというよりは,あの程度しか面白くないという事実に慣れてきただけという気がしています。
スラムダンクを読み終わった頃には,とっくに夜が明けて6時半を回っていました。目覚ましもかけずに寝てみたところ,うまく熟睡できずに9時半頃に目が覚めてしまいました。仕方なく起きて,たまっていたビデオを片づけ始めました。
リアルタイムでも見ていたモナコGPを早送りで片づけ,あんまり面白くなかった古畑を見て,さらにその後2回の古畑を野球延長で録り逃していることを確認し,リップスティックを2話分見たところで12時を回ったので,そろそろ会社に向かうことにしました。
外に出たら昨日見た天気予報通り雨でした。帽子をかぶって駅まで歩いたら,ぎりぎりジャンパーに浸み通さない程度に雨に濡れた段階で駅までつきました。電車の中では隣に立っていた女子大生たちの学生っぽい無意味な会話に,半分寝ながら聞き耳を立てていました。眠すぎて本を読んでいる気にはなれなかったからです。
ちなみに今読みかけているのは,ロバート・ゴダードの惜別の賦です。ほかにも三冊くらい読みかけの本があるはずですが,そのうち一冊は1ヶ月くらい前から行方不明になっていて,上下分冊の下巻の後半まできていただけに,ストーリーを忘れる前に見つかることを祈っている状態です。祈っているだけで探そうとしないのだから,見つからないということには気づいています。
会社に着いたら,なぜか昨日の夜社長もスラムダンクを読破したそうです。シンクロニシティでしょうか? オカルト以外で説明できるような共通の遠因は存在するのでしょうか? わたしの場合は,単に最近家にあるコミックスを片っ端から再読している途中経過に過ぎないのです。ちなみにすでに読んだのは,パイナップルアーミーとイニシャルDと動物のお医者さんとホットロードと東京貧乏生活マニュアル(これだけタイトルうろ覚え)です。
ちなみにさっきからバックグラウンドタスクでは,SETI@Homeが動いています。SETIなんて言葉は昔ムーなんぞを愛読していた頃に聞いて以来の単語ですが,最近あちこちのWebページ上で話題になっているので,わたしも入れてみました。簡単に言うと,「知性のあるETを探そう運動にご協力ください」というものです。
ところでムーと言えば,やっぱり読者投稿欄にある「ソロモンの宝剣をもっている方,譲ってください」だとか「わたしの前世はムーの光の戦士でした。魂の兄弟を捜しています。連絡ください。※いたずら厳禁」などですよね。最初の頃は面白がっていたのですが,ある時を境に吐き気を感じたのであの手のものは見なくなってしまいました。同じ吐き気は,僕の地球を守っての後半の方のあとがきを読んだときにも感じた覚えがあります。
ただし,平井和正は,わたしの中では特殊な地位を占めているので,どんなことを書こうともそれをエンターテインメントとして昇華して消化する(駄洒落)ことが可能なのです。幻魔大戦シリーズだろうが地球樹の女神だろうが,エンターテインメントとして楽しんで読むことができます。勢い余ってGLAの高橋けい子(漢字忘れた)や幸福の科学の大川隆法の著作までも,エンターテインメントとして楽しんで読んでしまうことができます。ちなみにエンターテインメントとして昇華される,というのは,わたし自身の内的作業の結果であって,作品自身がエンターテインメントとしてあらかじめ昇華されている,という話ではありません。
これは,最初に幻魔大戦シリーズをSF作品として吸収したことによって,その元ネタや派生ネタすべてをSFとして読むようなすり込み学習が行われてしまったのではないかと考えられます。同時代に同作品を読んでいた人の中には,同様の人が少なくないのでは,と考えていたりします。圧倒的な拒否反応を示す人も結構な数いることも,知ってはいますけれども。
ただし,やっぱりリアル犬神明の話だけは,わたしの中でもばかばかしくて見ていられなかったのです。あと,角川春樹に念を込めてもらった剣で魔物を払った話とかも,ちょっとねー。ところで,今角川春樹はどうなっているのですか? ハルキ文庫は角川書店とどういう関係にあるのですか? ボーダーランドはどうなっているのですか?
ちなみに,わたしは自分の文章に「ちなみに」という接続詞が非常に多いことを自覚しているのですが,今試しにこのWebサイト内で何回「ちなみに」を使ったのかを調べてみたところ,64個という結果が出ました。思ったよりも少ないような気がしましたが,実際のところどうなんでしょう? わたしが意識しているから多く感じるだけなのでしょうか? 普通に読んでいて「ちなみに」の頻出が気になるレベルにまで達しているのでしょうか?
というわけで,饒舌な思考の暴走状態を書き留めてみました。わたしはいったいどこに行き着きたいのでしょう。単に寝不足なだけのような気もします。
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感想「リップスティック」。リンク「ニュース系サイト」。F1「青旗のルール改正」。
久しぶりにアクセスログをチェックしてみました。最近ホームページ(ホームページという表現はあくまでWebサイトのトップ(入り口)ページのみを指す言葉であり,本来ならばWebサイトとかWebページと表記するほうが正確だ,説にはおれも理性的には同意できるんだけれども,すでにおれの中では誤用が一般化してしまう域に達してしまっているため,こういうときに自然と出てくる言葉は「ホームページ」のほうになってしまうのですよ)を作る情熱がそこはかとなく消え去っていたのですけども,最近仕事が暇なんでまたちょっと盛り返しつつあるのです。
まあ,そんなことはどうでもいいのですが,アクセスログを見ると,どのWebページ(さっき言ったことはどうなった?って感じだけれども,やはりホームページを構成する下位要素としてのページという意味が強い場合には,ホームページという表現は使いづらいのですよ。おれにとっては,Webサイト=ホームページはオッケーだけれども,Webページ=ホームページではないって感じですか)からのリンクを通してうちにやってきたかがわかるようになっています。要するに逆リンクチェックができるわけです。ほとんどがうちのリンクページの相互リンクのところに書かれているページか,日記猿人かさまざまな検索エンジンか,なのですが,いくつか見知らぬページがそこに並ぶことがあります。
そのほとんどは,Internet Explorerのバグによる誤ったREFERER処理(あるページをすでに開いているブラウザに,URLショートカットをドラッグ&ドロップで落として新しいページを表示させようとしたときなどに,そのとき開いていたページが誤ってREFERERに登録されてしまうようだ)のため,偶然的にリンク元として登録されてしまったページです。
ちなみにそのようなページの傾向を見ていると,読者が普段読んでいるほかのページの情報がほの見えて,なかなか面白いものがあります(もちろん,これは意図しないプライバシーの漏洩ですね。マイクロソフトはこのくらいのことはまったく気にしないだろうけれども。確かこのバグは結構昔からあったはずなのに,いまだに直っていないみたいだし)。たとえば,ここには直接リンクしていないドラマ系ページやF1系ページなどのURLが載っていると,どの辺の情報と一緒にうちのページを見ているのかが何となくわかりますし,一時期は日刊スポーツのニュース速報ページからのアクセスが多かったので,誰かのWeb巡回経路で日刊スポーツの次にうちのページが登録されているらしいこともわかりました。
で,その手の意図しない前回表示されていたページ情報の漏洩として,一番恥ずかしいのはやっぱりエロ系サイトでしょう。このパターンは少なからずあるもので,以前隠されていたエロページのURLが偶然判明したりして,嬉しかったりしたこともありました。ちなみにわたしはこのことを知って以来,そういう危険な事態が起こりうるようなIEの使い方はしないようにしています(うちの場合はアクセス一件一件に対してはチェックしていないので,誰(どのドメインの人)がどこからきたかまではわからないけれども,まめにログを取っている人ならば,誰がどこからきたかまでがばれてしまうかもしれないじゃないですか)。
さて,今回久しぶりにチェックしたところ,某海外エロページからのアクセスが3件あるという情報が表示されました。偶然的にREFERERにURLが登録される可能性は,世の中一般の人たちのWebブラウザの使い方からいって,さほど多いものではありません。たいていの場合は,ブックマーク(お気に入り)やページ内のリンクを使って,さまざまなページへ移動しますよね。そういう使い方では,REFERERに誤った情報が登録されることはないみたいです。ですから,そういう本来少ないはずの誤REFERER情報の中で,同じURLが3件登録されるというのは,非常に珍しいことです。その人はかなり頻繁にそのエロページを見てからうちのページへやってきているのでしょうか?
まあ,それだけのことだったら,大した問題ではないのです。エロページを見てからうちのページを見に来るという巡回経路を採用していたところで,それは個人の趣味の問題で終わってしまう話です。ただし,わたしならばジャンルごとに巡回していきますけどね。脳味噌のモードをいちいち切り替えながら見るよりも,似たようなジャンルごとに見ていったほうが楽なんで。
と考えたところで,一ついやな予想が成り立ってしまいました。
というのは,実はそのエロページというのが,どう見てもホモ系ホームページなのです。ばーんと男二人が裸で並んで寝ている画像がトップページに飾ってあるのです。もしかして,うちのページの読者にホモ系の方がいらっしゃっているのでしょうか? いや,それだけならば別に問題はないのですが,もしかしたらうちのページはその人の中で同じジャンルに属するからこそ,そのページの次にうちのページに読みにくるのでしょうか? もしかしたら,その人はわたしのことをホモ仲間,あるいはホモ行為のターゲットとして狙っていたりするのではないでしょうか?
いやー,怖い想像ですねー。でも,ちょっと嬉しかったりして(はぁと)。
というのは,もちろん大嘘です。わたしはノーマルです。ちんこよりもまんこのほうが好きです。って大きい声(字)で言う(書く)ことじゃないです。恥を知れ,恥を。と一応書いておかないと,わたしの想像が本当だったら怖いので。
あ,ここまで書いてよく考えたら,そこは女性向けエロサイトで……って話もありうるなー。そっちならばオッケーよ。←おい
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F1「ホンダ,エンジンのみ供給を決心」「訂正:ホンダF1参戦計画」。リンク「日記系サイト」。
トヨタから大規模なリコール(クラウンを始めとする数車種のサスペンションまわりを交換)が出て,それにかかる費用が140億円とかいう話を聞いたんだけども,ニュースサイトをチェックしてもそれっぽい話が見あたらないなー。どうなってるんだろう? まあ,トヨタだったらそれくらいのダメージにも耐えられるだろうけれど。
ところで,蒼天航路って原作者が死んじゃったの? だからストーリーの大山で突然連載がストップして,復活したと思ったら時間が思いっきり飛んじゃったの? それってもしかして,途中から原作者がいなくなった(おろされた?)あとにものすごいことになっていった,花の慶次の二の舞? まああそこまでひどい作(画)者ではないか。
それにしても,今日も仕事は暇ですね。あちこちうろついたり人とだべったりしつつ,何か新らしい企画でも考えてみましょうかね。
追記)トヨタのリコールは,トヨタのWebを見に行ったら載っていた。あんまり大々的には発表をしたくないのか,リコールについて書かれているページにたどり着くのが難しいね。まあ,持ち主には直接連絡が行くんだろうけれども。
あと,花の慶次の原作者ってのは,隆慶一郎のことを言っているのではなく(隆慶一郎はとっくに死んでいた),隆慶一郎の弟子という噂だった人の話です。確か1巻あたりには,脚本とかそういう立場の人の名前が併記されていたはず。
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「宇宙で戦争」と「全員偽物」と「向ヶ丘遊園周辺」と「ご教授? ご教示?」
金曜日にスターウォーズの1(4)と2(5)と3(6)と,宇宙戦艦ヤマトの映画版全作品5作(といっても,シド・ミードなやつは当然のぞく。さあ,全部のタイトルをあなたは言えるかな?)と,スターシップトゥルーパー(ズ?)を借りてきました。共通点は,宇宙で戦争ですか。そういえば,わたしの記憶の中では一時期「宇宙の戦士」と「エンダーのゲーム」のストーリーが混ざっていました。それはそれでなかなか面白いストーリーでしたよ。
ちなみにアニメ版の「宇宙の戦士」はかなりくそでしたが,スターシップトゥルーパー(ズ?)のほうは,どうなんでしょうねー。噂によると,「勝るとも劣らないほどでもないが,かなりくそ」という話でしたが。まあ,明日にでも見てみましょう。
で,土日かかって,スターウォーズの1(4)と2(5)と3(6)は見ました。あと,テレビでアダムス(ズ?)ファミリー2も見ました。映画をちゃんと見てみて,ようやくオデッセイのCMのアダムス(ズ?)ファミリーは全員偽物だということに納得がいきました。っていうか,メイク以外は全然別人じゃないですか。言われるまで気づかなかったおれって,かなり人物判別能力に不自由な人ですね。
そういえば,昨日の夜は川崎市多摩区付近のバッティングセンター巡りをしました。タウンページのバッティングセンターの項目を見ながら,順番に最寄りのお店を回ってみたのですが,どれも大した規模のところではありません。市川でいうところの大慶園クラスのでかいバッティングセンター(with
遊戯施設)はあの辺にはないんでしょうか? 向ヶ丘遊園から車で30分程度の距離までなら,わたし的には許容範囲なのですが。ジモターの方,よろしくご教授ください。
っていう表現は,「よろしくご教示ください」と同意ですか? わたしは前者(教授)は後者(教示)の間違った用法だと思っていたのですが,ネット上ではあまりにも前者の方が目に付く上,後者の方の数が少ない(というか見た記憶がない)ため,「1)両方とも可」「2)後者はおれの覚え違い」のどちらかなのではないかと,最近心が揺らぐ乙女心と梅雨の空なのですよ。でも「辟易する」を「へきへきする」と誤用している人もたくさんいるらしいし,ネット上で目に付く表記なんかで自分を揺るがしていちゃいけないのかもしれないなー。まあ,あとで調べてみるか。
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「スタシプトゥルパ」と「割愛の指針」と「B級SFドラマ」と「馬鹿と莫迦」
スターシップトゥルーパーズ(ズ付きであっていた)は,くそでした。が,それはあくまで原作をふまえた上での映画化としてくそだったのであって,単体の映画作品として見れば……やっぱりくそでした。テレビドラマレベルのできといった感じですか。だいたいスタートレック2.5話ぶん。あまりにもわたしの中の「宇宙の戦士」の評価を引き下げるようなできだったため,仕方なく原作の方を再読し始めました。こっちはやっぱり面白いです。戦争ばんざーいっ!←おい
それにしても,映画化した監督・脚本家はどういう考えの下に,ああいうふうな方向で作る気になったのでしょう? 映画化しようと思ったということは,少なくとも原作が面白いと思ったんでしょうけれども,「宇宙の戦士」の面白さはどの要素にあるのかってことを,十分に検討したとは思えないです。もちろん人によって,どこを面白がるかってのはある程度ズレがあるだろうけど,それにしたって“ある程度”くらいしかずれないと思う。映画スケール(金と時間)に収めなければならないという制約があるから,原作を丸ごともってくるわけにはいかないことはわかるんだけれども,それだからこそ割愛の指針がちゃんとしていないと原作の面白さが活きてこない。
なんていうほど,実際につまらなかったわけではないです。スタートレックみたいな,B級SFドラマは嫌いじゃないので,バカ映画としてそれなりに楽しめました。そういや,今度公開するスタートレックの映画も,なかなか見事なB級度らしいなー。一瞬見に行こうかと思っちゃったけど,あれをわざわざ見に行かなくても,普通のテレビシリーズを録画してみるだけで,SFバカドラマ欲は満たされることでしょう。
ちなみにこの場合のバカは,新井素子風にいうところの「馬鹿」ではなく「莫迦」の方です。っていう文脈であってたんだったかなー。何せ,10年以上前の記憶だから。
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……。
久しぶりに批判メールが来ました。この手のメールは,2年半ホームページを作っていて,まだ三通くらいしかもらったことがありません。日記猿人界でこの話題がタイムリーな時期にこんなレアなメールが来るなんて,誰かの陰謀かもしれません。あるいは,オカルトちっくな要因の方を考えておくべきなのでしょうか。
メールのタイトルは「お前だれ??」で,その内容を要約すると「『ニュースの女』ほどいいドラマの価値がわからないおまえには,ドラマを見る目がゼロだ。二度とあーゆーことすんな! このさいてーやろー」といった具合です。
この手のメールにはあまり返事を出す気にはなれないんですが,面白そうだったので試しに返事を書いてみました。その内容は,
「ニュースの女は,わたしのドラマページの中では5点満点で4点程度と比較的評価の高いドラマだったのに,そこまで激烈な反発が出てきたのは不思議です。あのドラマ放送時は,熱狂的ファンによる人気投票の妨害があったりと,外部的なマイナスイメージが強かったのですが,あのドラマのファンにはそういう共通点があるのではないかと,あなたのメールを読んで思いました。自分の好きなドラマを他人が嫌いだったり,自分が嫌いなドラマを他人が好きだったりする可能性が想像できませんか? 自分が好きなドラマを「好き」,嫌いなドラマを「嫌い」と言えない世の中というのは,かなり最低な世の中だと思うので,あなたの要求(命令?)には応えられません。こっちこそ「お前だれ??」といった感想を持ちました」
といった感じです。ちなみにもうちょっと丁寧な(慇懃無礼にならない程度に)表現で書きました。
実際,物事を斜めに見ている(ってのがおれの基本スタンスか)きらいはあるにしろ,ニュースの女の感想は悪口を書いているといったほどではないと思うんだけどなー。前回来た批判メール(というよりは,脅迫メールか)の場合は,あそこまでちゃかしているし,しかもその対象が狂信的ファンが多い代表格だから,ある意味納得できたんだけど。
で,昨日の夜にそのメールを出したわけですが,今朝見てみたら「User Unknown」となってわたしの出したメールが戻ってきていました。書かれていたアドレスは,実際にありそうなメールアドレスだったのですが,アドレス詐称だったのでしょうか? それとも単にメールソフトの設定(入力)ミスか? Miharu
Michishitaさんには,今度は正確なメールアドレス付きでメールを送ってきてもらいたいです。これじゃー,いろいろ考え込んだ自分がバカみたいじゃないですか。
本日の更新報告
……。
MP3ダウンロードページを作っていた子供(会社員だけど18歳)が,著作権法違反で摘発されちゃったんだってね。CD(LP)をMD(テープ)に落とす作業で慣れちゃってるから,音楽に関してはコピーすることに対する罪悪感という以前に,それが現実的に犯罪を構成するものだという実感をもっていない人が多そうだったもんな。
MP3の場合はネットで配ることができるから,配布する先がMDの場合と比べると圧倒的に多くなりがちだし,メディア代がただ同然であるという利点もあって,本人の意識以上に大きな犯罪(件数)と化してしまうだけ,という気がする。本人は友達に渡す,という感覚の延長でやってたんだろうけど。
前に見に行ったことがあるその手のページには,「次にどんな曲をアップして欲しいか,リクエストしてください。リクエストがないと,ページを閉鎖します!」なんてよくわからない強気な宣言が<FONT
SIZE=7 COLOR=RED>とかで書かれていたもんな。“おそるおそる”とか“ひっそりと”とか,そういった形容とは正反対のスタンスだったのは,何か根拠があってそうやっていたんではなく,単に無知(おそれを知らない)だったんだろうなー。
まあ,一人生け贄が捧げられたんで,無知の下に同様なことをやっていた人たちが引っ込んで,普通にアンダーグラウンドなページだけが生き残るんでしょう。おれはすでにMP3に対する積極的な興味は失ってるから,Web上でのMP3ページが減ったところで痛くもなんともないや。
いやーそれにしても,その存在自体が一番あざといページだなーと以前から感じていた日記に,単語レベルでのあざとさを云々されるとはねー。しかも,トラブルを売りにしている第一人者はどこのどいつやねん,って思うんだけど。ってな内容を一行コメントに反映させるという,あざとくてトラブルを匂わせるようなことはやめておこう。
ちなみに“あざとい”という言葉の意味は,現代新国語辞典によれば「1)あまり考えは深くないが,小利口である。 2)[やり方が]あくどい。どぎつい。」なんだってさ。念のため。
やっぱりよくわからないのです。プレステ2の売り文句の一つに,「プレステと下位互換」という表現があります。これはなぜ「プレステと上位互換」ではないのか。
いろいろな説を考えました。一つは,「上位互換」と「下位互換」は同じ意味を持つ。ただし,これでは使い分けする意味がありませんし,実際同じ意味では通じない場合があります。たとえば「プレステ2は,プレステの下位互換」って言い方はさすがに通じないでしょう。
別の説として,単に「下位互換」「上位互換」というのは正確な表現ではなく,その後ろに本来存在するべき「機能」という言葉が省略されている場合があるのでは,というのも考えました。「プレステ2は,プレステに対する下位互換機能をもつ」=「プレステ2は,プレステの上位互換(製品)である」というわけです。
まだあります。「ある製品が古い製品を拡張した形で作られた場合,それを上位互換という。まったく新しい製品として作られたものに,古い部品を追加して互換性をもたせた場合,それを下位互換という」という説です。要するに,プレステ2は後者なので下位互換になる,という考え方です。これはあまりにもプレステ2を中心にしすぎた考え方のような気もします。
また上記と少し似ている考え方として,「機能拡張した製品が,結果として従来製品との互換性を保っている場合に上位互換と呼び,本来従来製品との互換性をもたない製品に,無理矢理従来製品との互換性をもたせた場合に,下位互換と呼ぶ」,という考え方も浮かびました。
さらに具体的な使い分けの例を調べてみると,ある製品の機能の一部を実現しているものを,「下位互換である」と称している場合も見受けられました。要するに,「ほとんど互換性がある」とか「主要な機能については互換性がある」という場合は,「下位互換」であるという説です。
以上の説を元に,Webで「上位互換」「下位互換」をキーワードとして検索をかけ,メーカーのリリースなどを分析した結果,結局次のような結論が出ました。
さっぱりわからん。
あるいは,「上位互換」「下位互換」という言葉の使い分けを厳密に考えてやっている人間はおらず,その文章を書く人が勝手な判断で適当に使い分けているんじゃないか。
どこかに,この件に関するもっと深い考察なり結論なりは存在しないものですかのー。
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ここに,「キャラ・物語構成・文章力と来ると、あとはテーマ、なんですが、これは渡辺美里の歌詞の模倣と引用で十分でしょう(小室哲哉だって同じことやってます)。」とあるのですが,これってもしかして周知の事実だったりしますか? もしそうだとすると,昔感じた違和感がすっきり解消するんですけども。
確かまだ,小室哲哉が自分で詞も書き始めたばかりの頃の話だったと思います。ぼーっと聞いていたFMラジオ(だったと思う)は,渡辺美里がパーソナリティをやっている音楽番組を放送していました。ゲストは小室哲哉で,まあもともと渡辺美里の曲をたくさん書いているという関係があるので,結構親しげな感じで話が進んでいくのを聞くとはなしに聞いていました(って書いているうちに,TKほにゃらら系の深夜音楽番組に,渡辺美里がゲストで出たときの話だったかもという気がしてきてしまった。記憶が曖昧すぎる)。
んで,小室哲哉の曲(本人の曲じゃなくて,誰かに提供した曲
with 作詞だった気がする。華原朋美のデビュー曲だったような気もするんだけど,それじゃー時代が新しすぎるよなー。FMを聞いていたのなんて10年くらい前の話だし。やっぱ,記憶がどこかで混ざっちゃってるのかも)を流すことになり,その曲について渡辺美里がコメントしたわけですが,その内容が確か「小室さんも最近ようやく(内容的に)いい詞を書くようになりましたね」といった感じだったのです。
聞いた瞬間,「どの口が言うかー!」と思いつつも,「作詞に関しては渡辺美里の方が先輩だから,そういう物言いもオッケーなのか?」とも考えました。ただ,それにしたって音楽業界的立場としては小室哲哉の方が上だろうし,作詞に関しては多少渡辺美里の評価が高かったからといって,それだけの理由であそこまで上の立場からのコメントをつける理由にはならない気がしました。
が,小室哲哉の作詞は渡辺美里の模倣と引用から成立している,ということが周知の事実であり,しかもそれを本人たちも承知している(要するに,渡辺美里は小室哲哉の作詞の師匠である)のだったら,渡辺美里がああいうコメントをつけたことも納得いきます。
笑い話の一つとして記憶しておいた(のわりにはあまりに曖昧な記憶だ)んだけど,別に笑い話でもなんでもなかったのかな。
えっと,「インタラクティブ性があるから,ゲームソフトは映画の著作物ではない」という主張と「ゲームは,プレイの過程が動的に影像化され,音楽ともシンクロナイズしている点で映画の著作物」であるという主張の戦いは,結局ゲームは『映画に類似した視覚的効果で表現され,連続影像が一定の内容および順序で表示される「映画の著作物」(著作権法2条3項)』の後ろの部分に合致していないから「映画の著作物」ではない,という結論に(ひとまず)終わったわけだけれども,その結論だとすでに発売されている登場人物紹介メニュー(キャラクターを選択すると,その人物の写真と紹介文章が表示されたりする)などをもつDVD映画ソフトをグレーゾーンにおいてしまうわけで,それを回避するためにたとえばコンテンツの90%以上は一定の内容及び順序で連続して表示されていなければならないなどと制限を付けてみると,プレイ方法によってはファイナルファンタジーシリーズのようなイベントムービーの時間が長いゲームはその範疇に収まってしまったりして,なんだかややこしい事態になりそうだなーと思ったりしつつも,この判決関
連のニュースでDVDムービーの将来像(ザッピングのようなインタラクティブ性のあるソフトを作ろうという話のこと。ちなみにその手のソフトはゲーム扱いでもいい気がするよね。しょせん色物で終わりそう。もっとも成功しても,せいぜい映像の質が高いタイムギャル程度かな? って,それはもしかしてシェンムーのこと?)との矛盾について言及する記事はあったのに,とっくに規格が確定していて同様の機能を持つVideo
CD Ver.2.0について言及する記事がなかったという状況を鑑みると,昔ビデオCDの規格が策定され始めた頃に次世代映像メディアとしての将来性を高く買いすぎて,それで商売しようとしてアダルトビデオ業界に営業に回った経験をもつわたしとしては,自分の先見の明の的外れぶりを再実感するとともに,少しく悲しい思い出に浸ったのでした。などと,久しぶりにながーい複複重重文を書いてみたのです。
参考リンク:「エニックス敗訴。ゲーム開発会社に頒布権はなし」。
本日の更新報告
通信傍受法案を通した人たちは,権力の側にいる限りは自分がその対象になることはないと思って,それに賛成しているのだろうか。それとも,その法案は権力をもたない人にとってでも,絶対にマイナスたり得ないものだと考えているのだろうか。もしくは,その結果が引き起こすであろう具体的事象をいっさい考慮せず,目先の政治活動における自分の立場だけを考えているのだろうか。あるいは,その程度のデメリットの可能性は,政治的な立場をまずくしない(あるいは強くする)ことと,トレードできる程度のものだという計算が立ったのだろうか。
などと,考えたところで結論が出ないどころか,結論に近づいたかどうかの判断すら付きかねるので,むなしいからやめておこう。どうせならば,盗聴される可能性を排除したい人向けの通信方式を提供する,商売の可能性について考えてみた方が,現実的で前向きなのかもしれない。
現在通信事業者が提供する通常の通信は軒並み全滅だろうけれども,その上に個人レベルでの暗号化装置をかぶせる方法によって,盗聴した内容を簡単には解読できないようにするという方法は,簡単で有効な方法のように思える。特にデジタル通信の分野ならば,恒久的に破られない暗号化などはそうは見つからないかもしれないが,暗号解読に十分コストがかかるような暗号装置を安価に用意することによって,たとえ暗号化された通信内容を盗聴されたとしても,その内容を知られる可能性が十分小さくなるようにはできそうだ。
そのような暗号化装置を端末に組み込んで発売することは,法律で禁じられてしまうかもしれない。しかし,個人レベルでたとえば携帯電話のデジタル通信コネクタに接続して使うような暗号化装置を使用することまで,完全に制限することは非常に難しいように思える。そのほかにも,個人レベルで盗聴を妨害するようなさまざまな方法があり得るだろう。通信傍受法案が成立した今は,個人向け暗号化グッズの開発・販売の大きなビジネスチャンスなのかもしれない。
わたし個人は多分盗聴されても大して困らないので気にしないし,そのようなグッズが出ても買う気にはなれないと思うが,その辺はマスコミを利用した広告戦略でなんとでもなることだろう。盗聴を妨害するグッズには,十分に一般化できる目的と社会的な正論が背景にあるため,広告戦略も立てやすいはずだ。ネタに困っているベンチャー企業なんかは,チャレンジしてはどうだろう?
本日の更新報告
着々と進んでいるバッティングセンター調査。川崎,横浜,相模原,多摩と回って,今のところそこそこましな規模だったのは,下の3店舗。
・新横浜バッティングセンター……かなり大きな立体駐車場がつき,深夜2時までやっているカラオケ屋やゲームセンターが複合している。が,バッティングセンターは11時までで,到着したのが12時頃だったため中を見ることができなかった。回った中では一番新しくてきれいで大きそうなバッティングセンター。営業時間が短いのが問題。
・相模原バッティングセンター……遠すぎ。うちからだと2時間くらいかかるんじゃないか。しかも照明が暗くて夜だと球が見にくすぎ。ピッチング系機械が,最近メジャーなストラックアウトではなく,球速測定×8球だったのはちょっと珍しかった。ビリヤード台が2台。隣接したラーメン屋は結構うまかった。営業時間は11時までだったかな。
・多摩バッティングセンター……きれいなビリヤード台がたくさん。バッティングセンターの方は,比較的機械は古そうなんだけども,広々としているし照明も明るくて実用上はかなりよくできている部類。ストラックアウトはパーフェクトで1000円プレゼントだそうだ。うちからだと1時間弱くらいの距離かな。駐車場が狭いのが難点ではある。
そのほかは,どこも小さくて大したことないバッティングセンターばかりでした。今後は多摩方面をもうちょっと開拓しつつ,横浜のもっと下の方や武蔵野方面などにも進出してみようかと思っています。その辺にある大きなバッティングセンターについての情報がある方は教えてください。
というわけで,ほとんどだれも興味がないであろう,杉並から車で行きやすそうなバッティングセンター調査の途中経過報告でした。
「語り手の違いは,物語の価値さえも変える」(@北村薫)というのが,昨日の夜から今日にかけてのわたしの思考のテーマです。でも,なんだかわけのわからないモーションキャプチャーおもちゃの発掘やら,いまいちやる気が出ないプログラム系企画案の詰めが邪魔をして,どうにも思考がはかどりません。っていうか,逆です。仕事中はその邪魔ものが本線となるべきもののはずです。わかってますか,おれ? 仕事する気ありますか,おれ?
Web日記は日記なのか? Web日記には「日記」という言葉が付いてはいるけれども,それは単なる「Web上に発表する私的文章」というだけのものであり,それに対する適当な呼称がなかったため便宜的に「日記」という言葉を使ってみただけのものだと考えます。本来,それを表す一番近い単語としては「エッセイ」が思い浮かびますが,「エッセイ」と名乗ることを感覚的に拒否した結果として,それよりもプライベートな語感がある「日記」が選ばれたのではないでしょうか。「エッセイ」という語感がもつ大げささ(商業性とか)をもっと薄くした適当な言葉があれば,おそらく「日記」ではなくその言葉が使われたような気がします。というわけで,たまたま同じ「日記」という言葉を使っていても,Web日記と日記は基本的には別物だと思います。ポジション的には,エッセイ>Web日記>日記といった感じでしょうか(もちろん,日記風エッセイとか,エッセイのような日記とか,そういう使い方での「日記」や「エッセイ」という言葉を考えると,これらの言葉を(ニア)イコールで結ぶことも可能です。言葉の定義を厳密にすることは不可能なので,
その程度の揺らぎは常識的に許容します)。
ちなみに現代新国語辞典では,日記とは「1)[個人の生活の]毎日の出来事や感想などを書き記した記録」,エッセイ(随筆・随想)とは「随筆)体験,感想,意見などを思いつくままに自由な気持ちで書いたもの 随想)おりにふれて心に浮かぶ思い。またそれを書き記した文章」です。残念ながらWeb日記は(まだ)載っていませんでした。
そういえば,Web上での敬称の使い方については,なかなか悩むところがあります。知り合いには日常と同じ対応をし,見知らぬ個人には敬称をつけ,有名人など直接対話が発生しないであろう人物は呼び捨て(名前を記号として扱う)というのを基本にしようかと思ったのですが,Web上の文章は,直接対話が発生しないと思っていた有名人の目にも触れる可能性があり得るわけです。そうなった場合の失礼さを回避しようとすると,いちいち有名人の名前にも敬称(無難なところでは,「氏」か)をつけておく必要が出てきます。しかし,有名人の名前にいちいち敬称をつけていては,おそらくかなりくどい文章となってしまうでしょう(あと,わたしは有名人に敬称(というか「〜ちゃん」とか「〜さん」とか)をつける物言いは,中途半端に業界っぽくてものすごくきらいだというのもあります)。「有名人に敬称をつけないことは,逆に尊敬的な意味をもつ」という常識が一般化してくれれば楽なんですが。