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2000年5月2日
■ ゴルウィー3日目
会社のみんなは静岡にイチゴ狩りに行っている月曜日。だけど俺は某社の仕事が5/1,5/2にかかってしまったため,仕方なくお仕事。
ただし,自分で作業するのではなく単に指示を出すだけだから,自分がやることは非常に少ない。しかし,待ち時間は長い。
それでも,一通りは29日の夜のうちに終わらせて,あとは向こうの反応待ちで済むはずだったのに,午前中に熟睡中を携帯でたたき起こされた。念のためもう1パターン作っておけ,とのこと。
仕方なくもう1パターンの指示を出し,それからせっかく早めに起きられたのだからと,近所の新しくできたユニクロに向かってみた。が,駐車場は混雑している模様。
そんなのの順番待ちをしているのはばからしいので,勢い余ってちょっと遠出してみることにした。ナビの目的地を「ブドウの里」に合わせてみる。所在地は山梨県勝沼市。所要時間は高速を使って1時間半ちょっと。
道は混んでいなかった。今日はゴールデンウィーク中でもそんなに混む日ではないのだろう。下道も高速もいい流れ。途中談合坂PAで紅イモソフトクリーム(って沖縄名産じゃん。確かあそこはゴマソフトクリームが名物じゃなかったっけ)を食べたりしつつ,16時前にはブドウの里に着いた。
が,ブドウの里はあんまり大したところではなかった。まあ,確かにこの時期にブドウでもあるまい。
仕方なくワイン蔵(無料)に入って,試飲カップ(有料1000円くらい)は使わずに,ボトルの積んである量からどのワインが人気があるのかを判断し,辛い白ワインと甘い白ワインを一本ずつ購入(1000円×2)。赤ワインは好かん。
それから,今度は近所のハーブ園に行ってみた。正式名称は「ハーブ庭園旅日記」とかいうところ。いったいなにが「旅日記」なのやら。それは結局中に入った後にも理解できなかった。
「ハーブ庭園」とは要するに,ハーブを中心としたガーデニング草木花々たちを売っているところだった。確かに庭園もなかなかきれいだったけれども。
そこで無料のハーブティーとかを飲みつつ,結局いくつかの花の種と苗を数個買ってきた。うちのベランダには芝生が生え損ねたスペースがちょっとあるんで,そこらに植えるなり置くなりしてみようかという魂胆。
ハーブ園を出たあたりでちょっと腹が減ってきたので,山梨といったらそれしかない「ほうとう」を食べることにする。が,甲府市内ならば結構みかけるほうとう屋も,勝沼あたりではいまいち見つからない。
国道20号を東京方面に向かっていく道沿いには,ほうとう屋どころかまともな食い物屋すら滅多にない。途中ようやく見つけた道の駅のほうとう食堂は,まだ閉店時間前なのに閉まっていて,もうだめかと思ったところで,ようやく開いているほうとう屋を見つけた。
結果からいうと,そこのほうとうは今まで食べたほうとう(といっても3軒くらいでしか食べたことがないけれど)の中では,一番おいしかった。というか,初めてほうとうをおいしいと思うことができた。
そこは,国道20号沿いで「しおつ」とかいう駅のそばの「あずま」という店だった。道路に面した部分がローソンになっている変わった作りの店。野菜ほうとうのみそスープがおいしかった。今度ほかのほうとうも食べてみたいもの。
食べ終わった頃には18時をすぎており,一日寝不足で運転し続けた疲れがそろそろ出そうだったので,あとは高速を使って一気に帰った。家についたのは21時前だったかな。
しかし,それで一日が終わったわけではなかった。家に帰ったら,午前中に発注していたもう1パターンができてきていたので,それをメールで向こうに送ったところで,いやなことに気づいてしまった。
会社のメールは家では使えないように設定されているので,家から仕事先へは個人メールアドレスで送っている。しかし,仕事のメールはやはり会社のメールで受け取りたいので,仕事先にメールを送るときにはin-reply-toに会社のメールアドレスを入れて送っていた。
ということは,もしも向こうから返事が送られてきたとしても,家のPCではチェックできない。今から送るぶんについては,「返事は個人メールアドレスの方に送ってくれ」と頼んでおけば済むだろうが,もしもすでに出したぶんについて向こうが返事を出しているとしたら,それはこちらでチェックせねばなるまい。
というわけで,今度は会社に向かって車を走らせることとなった。すでに時間は21時過ぎ。会社に着いたのは22時頃。会社のメールをチェックしたら,まだ何一つ返事は入っていなかった。徒労。とりあえず「今後の返事は個人メールアドレスにも同送してくれ」というお願いメールを打ってから家路についた。
そして,今度はそのまま家の近所のブックオフへと向かった。引っ越し以来紙袋などに満載して積んであった,不要な本たちを処分するためだ。
てんこ盛りの本は半分くらいは値が付かなかったが,それでも600冊くらいで6000円ちょっとということになった。一冊10円くらいってことか。まあ値段なんてどうでもいい。ゴミとして捨てずに本を処分することが目的だったのだから。
それから家にたどり着いたのがちょうど日付が変わる頃。一日動き回って重いもの(本)を運んだりしたけれども,全然背中は痛まなかった。逆療法的に治ってしまったかな。
ともかく今日は長い一日でした。ああ疲れた。
2000年5月4日
■ ゴルウィー4,5日目
まずは,前日車で行こうとしたら混んでいたので入るのをやめた,近所に新しくできたユニクロに歩いていった。徒歩10分弱といったところ。
246沿いの歩道は広くて人通りが少ない(車通りは多い)ので,なかなか快適な散歩コース。排ガスも思ったよりも全然ひどくない。
まずユニクロ前のマクドナルドで平日コースのハンバーガー+チーズバーガー+飲み物。連休中とはいえ平日だからちゃんと半額なんだよなー。しあわせ。
それからユニクロに入った。初ユニクロ。確かに安い。ふつうの安めの洋服屋よりも2,3割安いかな,という感じ。ただし,洋服の種類が思ったよりも多くない。
扱っている種類のものに関しては,その柄違いやサイズ違いがたくさん用意されているんだけれども,「そういうタイプの服が欲しいんじゃないんだよ」って人間には代替選択肢をあまり用意していない気がする。まあ,だからこそ量産効果が上がって安くなるんだろうけど。
ただ,ジーパンがウェストサイズだけでなく股下サイズとの組み合わせで選べるのは,裾上げの手間がいらなくて楽。あいにく俺の場合は,ウェストサイズで合わせて裾上げしなくていいほど足が長くはないし。33×29がちょうどくらいだった。昔はウェスト29でも余裕だったのになぁ。
というわけで,ジーパンとTシャツ3枚を購入。長袖シャツ系で俺好みのものが少なかったのがちょと残念。まあ時期が時期だけに,長袖系はそんなに扱っていないんだろうな。でもバイクに乗ることを考えると,暑い時期でも着られるような長袖が欲しいんだけど。
ユニクロを出てから,今度は帰り道の途中にあるレッドバロンに寄ってみた。壊(さ)れた原チャリの代わり,もしくは普通二輪免許を取ったときに買うバイクの値段をチェックするために。
が,レッドバロンは開店していなかった。定休日とかも書いていなかったけれども,まさかつぶれてるんじゃあるまいな。ともかく外から見えるだけのバイクの値段をチェックして,一番良さげだったのはDJEBEL200が14万円ちょっとってやつ。街乗り用にはちょうどいいと思うんだけど。じゃなかったら新車の250ccスクーターを買おう。
んで,今度はそのままいったん家を通り過ぎて,近所の安売りガーデニングショップ(植木屋さん)に向かった。前日行ったハーブ園でいろいろ買ったことを後悔するために。
しかし,残念ながら近所のお店は安いことは安かったんだけど,置いてある品目がハーブ園とは全然違っていた。そういうことなら,まあわざわざ遠出して買ってきた甲斐があったのかもしれぬ。
っていろいろ歩き回って疲れたので,今度こそ家に帰った。そして,前日から放置していた草花種たちを植えることにした。
1Fに住むものの特権である土のベランダ(っていわないのかな?)には一応芝生が植えてあるんだけど,芝生のブロックがベランダのサイズに合わなかったため,一番はしに10センチほどの何も植えられていない部分がある。そこがマイ家庭菜園。
4色のパンジーを固めて移植し,ハーブ系のローズなんちゃらをその隣に植え,あとは細い畝を掘ってそこに4種類くらいの種をまいて土をかぶせて,ちょっとだけ水をやって土を湿らせる。あとは芝生の隙間から生えている雑草を抜いて終了。
そういやそんなことをしている間にも,仕事のメールは何通か送った気がする。しかし,全然返事がなかった。5/1,5/2でけりをつけなければならないはずなのに。まあ一応こっちはやるべきことはやったので,あとは向こうが連休明けに対処するんでしょう。こっちで悩むのはもうやめよう。
で,夕方すぎたあたりで車のオイル交換をしようと晴海に向かった。が,246は混んでおり,フラストレーションがたまってきたので,三軒茶屋で引き返して近所のスーパーオートバックスに行くことにした。
しかし,スーパーオートバックスに到着したのは20:15頃。閉店は20:30だったため,もうピット作業の受付は終了していた。しかたなく,店内を一周して様子を眺めただけで終了。やっぱ暇つぶし場所がたくさんある晴海のオートウェーブの方が,ちょっと遠くても長い時間かかる作業を頼むにはいいみたいだな。
24:00まで営業している晴海のオートウェーブだったらまだ間に合う時間だったけれども,今更もう一度晴海に向かうのはイヤだったんで,あきらめて素直に家に帰った。ご飯を食べて風呂に入って就寝。明日は静岡方面にイチゴ狩りにでも出かけるか,などという計画を立てつつ。
しかーし,翌早朝ひどい腹痛で目が覚めた。あわててトイレに駆け込むと,水便大爆発。毛布一枚で寝ていたため,腹を冷やしてしまったのか。最近暖かくなってきていたので,それでも大丈夫だと思っていたのに。
そして,その後体中の力が入らなくなり,そして節々が痛くなり,熱が出てきた。明らかに風邪の症状。結局そのままゴルウィー5日目は一日寝込んだ。
一日ほとんどベッドから動かないでいたのに,夜になっても症状が軽くなる気配は見えない状態。体中痛くて動けないし,体の力が抜けてしまっているため,ペットボトルのふたさえ自力で開けられない。
もしかしてこのままゴルウィーは寝たきりで終わってしまうのか,といういやな予感とともに5日目は終了。
2000年5月5日
■ ゴルウィー6日目
そして翌朝目が覚めると,体調は9割方快復していた。上着を一枚重ねてから寝たのがよかったのかな? いくら暖かくなってきたとしても,やっぱり重ね着して暖かくしておいた方が風邪にはよろしいらしい。
でも,まだ腹の調子はいまいちだったし,体力的にはよろよろだったので,出かけるのはやめておいた。近所にくらい出かけようかとは思ったんだけど,結局それもなし。
で,何をやっていたのかというと,一日本を読んでネットで遊んでいた。ら,予定よりも三日遅れの仕事のメールの返事が来たので,そっちの対処をしたり。
手軽に読み返せるマンガのネタもつきてきたので,久しぶりに「敵は海賊」シリーズを読み返した。そうか,これがSFをだめにした超メタ言語難解小説@梅原克文なのか。
っていうか,確かにエンターテインメントというよりはSFだけれども,これが難解なのか? これが難解だっていう人間は,単なる科学的思考音痴なだけじゃないか? 歴史の知識を持たない人間が歴史を扱った小説を読んで「面白くない」と言うようなもの。
そのような読み手の素養に応じて「面白い」「面白くない」という判断が分けられる小説すべてを否定するとなると,後に残るのは「万人が面白いと思う」小説だろう(あるいは「万人が面白くないと思う小説」だったりして)。しかしそんなものはあり得ない。
現実的な落としどころとしては,「できるだけ多くの人が面白いと思う」になるのだろうけれども,「できるだけ多くの人」のラインはいったいどこに引くのだろう。作者が恣意的に決めていいものなのか? それは「読み手の素養によって対象読者を切る」作業とどれだけの違いがあるというのか?
また,もう一つの論点として「できるだけ多くの人に合わせた無難な面白さ」と「わかる人だけにはわかる濃い面白さ」では,本当に前者の方が優れた面白さなのか? 「オタクうけ」的なものを嫌うという考え方はまあ理解できるが,しかし本当に後者は切り捨ててもかまわない面白さなのだろうか?
なんて論陣を張るほど,神林長平が好きなわけではない。昔はかなり好きだったはずで,だから引っ越しの際に数少ない「取っておく本」の中に入れておいた「敵は海賊」シリーズだったんだけど,久しぶりに読み返してみたらあんまり面白くなかったなー。
っていうのは語弊があるか。記憶では「すっごく面白い」と思っていたのに,読み返したら「普通に面白い」くらいにしか感じず,その落差が普通だったら「面白い」と「面白くない」を隔てるくらいの大きさだったため,「面白い」のに「面白くない」ように思えてしまった。というのが正確なところ。
ああ,思いっきり話が逸れた。しかも二段階に逸れている。
ともかくゴルウィー6日目はひたすら家でだらだらと過ごして,体力の回復につとめましたとさ。
で,風邪も背筋痛も治ったんだけど,夜には新たに肩の痛みという新しい症状におそわれてしまった。いわゆる肩こりとは違って(というか俺の今までの肩こりとは違って),黙っていても肩の奥でかなり激しい痛みが走るというもの。
どういう体勢をしても痛みが消えないため,なかなか寝付けなかった。これはいったいなんだろう? この間の背筋痛がもしかしたらどこかに飛び火したのか? あまりにもたちの悪い痛み方なので,休みがあけても痛むようだったら一度病院に行ってみよう。
それにしてももうすぐ30というところで,一気に体中にがたがきているみたいだなー。まじめに筋トレして体力回復でもはかるかね。
2000年5月8日
■ ゴルウィー7,8日目,そして最終日
ゴルウィー7日目は,またも寝て曜日。まだ体が本調子ではなかったという言い訳ができなくもないが,基本的には夜更かしして寝過ごして昼過ぎに起き出したため,どこかに出かけようにも時間がなかったというのが本当のところ。しかも居間でうたた寝したら腹を冷やしてしまうし。
それでも一応夜には近所まで出かけて,外で食事をして本を買って帰ってきた。それから今度こそ晴海のオートウェーブに行ってオイル交換等々をしてこようと思っていたのに,買ってきた本をだらだら読んでいるうちにタイムアップとなり,ゴルウィー7日目は終了。
8日目はがんばって朝6時に起きてご飯を食べた。快調な立ち上がり。今日こそはイチゴ狩りに行こうという気構えは見せたものの,やはり睡眠時間が不足気味でつらかったので,もうちょっとだけのつもりで二度寝。そして気がつくと14:30。ああ,もう,出かけても無駄だよね。
などとあきらめてごろごろしているところに友達から電話があった。そして,なぜかうちに集まってテレビ鑑賞会。3時間近くみんなでテレビを見ているというむなしい時間を過ごした後,腹が減ったので近所のびっくり寿司へ。初びっくり寿司。これで俺も246沿い川崎住人の仲間入りだろうか。
結構たくさん頼んで4人で8000円というのは,やっぱり安いんだろう。まあ酒を飲んでいないからってのもあるんだけど。それから家にいったん寄って奥さんを降ろしてから,遙か千葉の大慶園まで出発。久しぶりにバッティングセンターに行きたかっただけなんだけど,深夜もやっているバッティングセンター系大型アミューズメント施設は神奈川方面にあてがないんで。23時くらいまでやっているところならばいくつか見つけたんだけど。
んでもって,久しぶりにバッティングセンター7セット&ストラックアウト2セット。
バッティングは筋力が足りないものの目はそこそこついていける感じ。110km/hくらいまでならば球に当てる操作と強く振る動作を両立することができそう。でも120km/hになると強く振ったら当たらなくなってしまう。135km/hは単に当てるだけで前にはとばせない。
ストラックアウトはまあ枠の中には行くんだけど,どうも俺には的が遠すぎて(たぶん本来のマウンドの距離よりも若干遠目。あるいはマウンドの高さがないせいか?)高めの的にはほとんど当たらない。しかも久しぶりのピッチングだったのですぐに腕の筋肉が痛くなる。しかたなくカーブを投げたりしてごまかしてみる。
ちなみに俺の普通のカーブは70km/hくらいらしい。それよりすっごく遅いと思っていたぬいたカーブは65km/h程度と思ったよりも遅くなかった。そしてストレートは根性出しても1回95km/h出ただけだった。せめてああいうところでも110km/hくらいは楽に出せるくらいになっておきたいなー。
それからしばらくゴーカートレースの見物をしていたりしてから帰宅。家についたのは3時過ぎくらいだったかな。それからビデオに撮っておいたF1の予選を見たりして,結局5時頃に就寝。
しかし,ゴルウィー最終日は久しぶりに千葉マリンスタジアムでロッテ−オリックス戦を見るという約束をしていたので,10時に目覚ましで強制起床。しかも,その試合が終わってから晴海のオートウェーブに行こうという話をしていたので,3人が3人とも各自の車でマリンスタジアムへ向かうという効率の悪い話。
川崎に引っ越してから初めてマリンスタジアムに行ったけれども,高速が空いていたんで40分ちょっとで幕張メッセの駐車場までたどり着くことができた。11時に家を出て楽勝で12時くらいにたどり着けるんだったら,ちょっとまめに応援に行ってもいいかもしれない。
で,ロッテはもちろん勝ちました。俺が応援に行ったんだから当然。確か俺がマリンスタジアムに応援に行ったときはまだ負けなしのはず。ただし,東京ドームに見に行ったときにはぼろ負けしたけど。
先発の若い小野がコントロール重視の丁寧なピッチング+あまり守備がよろしそうではない選手たちのファインプレーに助けられ,初完封。打撃の方は,だめだめだったバリーがホームランを含む3安打+初めてみたキャッチャー(なんて名前だったかなー)も3安打+相手ピッチャーの乱調によって9点ゲット。圧勝すぎて途中で眠くなってくるほど。
そういや今年もロッテファンクラブに入ったんで,ホームとビジターの両方のユニフォームがそろった。ただし,ビジターユニフォームは在庫切れのため6月以降に取りに来いとか。まあいいけどね。
試合が終わった後は,幕張の砂浜に出て軽くキャッチボール。全身の筋力+体力がものすごいなまり具合だったけど,ある程度投げているうちにストレートはいい感じになってきたかな。結局50球も投げないうちにへばっちゃったけど。
それから海浜幕張の駅ビルで飯を食って,飯を食ったとたんに眠くなって,だるくなったんで晴海に行くのは取りやめ。帰りも高速を使って50分くらいで帰宅。金はかかるけれども,首都高をめいっぱい使い切る感じなんで割高な気もしないし,1時間以内で帰れるってのは気楽でいいなー。
そして家に帰り着いてから風呂に入り,ただいまF1決勝レースのテレビ放送を見ながらこの文章を書いているところ。もうめちゃめちゃ眠いんで,F1を最後まで見る自信はあまりない。この文章を読み返す根性もないんで,まあこんなところで。
2000年5月8日
■ 連休明けからつらそうだ
今週,来週とかなり仕事が詰まり気味の模様。キャパシティをあふれているかどうかは,現在のところ不明。まあ本格的にあふれそうなら密度を薄くして対処するだけだけど,でも見え見えに密度を薄くするのもなんなんで,あんまり薄くしていないように見せかけつつ薄くする,くらいの気は使わなきゃいけないんだろうな。ああだりぃ。
2000年5月8日
■ 「割に合わない」感が足りないんじゃなかろうか
ところでバスジャック事件。
ニュース番組でコメントしていた犯罪関連の専門家の誰だか(名前忘れた。っつーか覚えようとする努力もしていなかった)の,「バスのような乗り物で飛行機のような警備体制を敷くことなど出来はしないので,アメリカではそのような事件を起こした犯人はあっさりと射殺することによって,犯罪の抑止力としている」という話に同感。そこでバス会社の警備体制とかを責めてもなぁ。まあ警察への通報体勢は整えた方がいいと思うけどね(でも今回は通報後の警察の対処のほうに,より大きな問題があった気がする)。
それにしても,人質とされた女の子(とか)の名前や姿を大々的に報道したり,その家族や親戚や近所の人に人となりなどを尋ねたり,あまつさえ意味もなくその人達の自宅前からその人個人とはあまり関係ない(バスジャック事件一般に関する)ニュースを読み上げたりすることには,一体どれほどの意味があるんだろう。わたしが思いつくのは「その方が簡単にドラマチックなニュースが作れるから」くらいなんだけど。
ちなみにわたしはどちらかというと「少年法はいらない」派だけれども,別に少年法がなくならなくてもひとまず「少年のうちに犯したとしても犯罪は割に合わないことをわからせる」ことが出来れば十分なように思う。現時点では,小利口な未成年が「今のうちならば少年法に守られているから,大きい犯罪を犯しても大してひどい目に遭わないだろう」なんて理屈を考えたときに,「いや,そんなことはない」と簡単に否定できるほどの一般的な反論が明確に存在していないように思える。
もちろん犯罪を犯したらマイナスはマイナスなんだけど,青年になってから同じ犯罪を犯したときと比較してのメリットを考えると,わたしには一撃で反撃を封じるほどの有効な反論は思いつかない。
きっと少年法を廃止なり改善しなくても,青少年犯罪に対する抑止力を高める方法はいろいろあるだろう。たとえば,確かに少年のうちの犯罪ならば死刑になることはないのだろうけれども,だからといってそれからの日々が快適になるとは思えない。実際に青少年犯罪を犯した人間がその後どのような人生を歩んだかを,ちょっと悲惨目にアレンジして紹介するという情報を広めることによって,「青少年犯罪も割に合わない」感を高めて抑止力とすることは不可能ではないように思う。
ともかく現在は,「少年法による少年犯罪のメリット」ばかりが喧伝されすぎているように思える(「犯罪を犯すことは割に合わない」という(ごく当たり前の)情報と比較して)。確信犯の青少年大犯罪者たちの小理屈をあっさり粉砕する何かが必要だ。
「人を殺してみたかった」から人を殺すようなやつは「殺してもいいリスト」に登録されてしまい,そういう人を殺しても殺した人の罪を一等減じる(無罪まではちょっとやだ)なんてのでも可。そうすれば殺したいやつから集中して命を狙われるようになって,「殺されたくなければ,殺すな」という当たり前の理屈が身をもってわかるだろう。そして仇討ちが流行するようになり,仇討ち禁止に関する議論が復権するのです。
2000年5月9日
■ 原チャリ修理しないと
仕事が山ほどあるんでとっとと休みボケから復帰し,通常モードへ。とかいいつつ,早速15分ほど遅刻。
しかも目先のきつい仕事には,まだ本格的には取りかかってはいない。金曜日締め切りで,すでにスケジュール的には“厳しい”ゾーンを突破し,“かなり厳しい”ゾーンに突入しているんだけど,まだ全体像がきれいにまとまっていないため,それを整理して問い合わせている段階だったりする。
一番重い作業に取りかかる前に,締め切りぎりぎりでひっくり返されることがない状態を作り上げておかないと,やる気になれん。ただでさえひっくり返されることが多い仕事先だからなー。絶対に曲がらない締め切りが設定されているのに,いつものように半分以上話が進んでからひっくり返されるのはたまらん。今日も早速一個ひっくり返ったことがあったし。
という愚痴は,脊髄反射のように自動書記で書かれているだけのものであって,別に本格的に仕事に不満があるわけではなかったりする。駅に着いたらちょうど急行が出たタイミングだったぜちきしょー的な,日常生活のつまらない不満と同じレベル。
それよりも,そろそろ連休前に壊(さ)れた原チャリを復活させたい。やっぱ電車通勤は面倒くさいや。通勤時間にしてみればほんの10分ほどの差しかないんだろうけれども,出勤前の10分てのは密度が通常の数倍あるものだし,それに終電を気にしなきゃいけないとか,人混みを歩かなきゃいけないとか,痴漢脅迫(痴漢は被害者の申告だけで客観的な証拠なしに簡単に成立するため,適当な満員電車の客を捕まえて,「痴漢されたと訴えられたくなかったら金を出せ」と脅迫するやつがいるらしい)を警戒したりとか,いろいろ余計な心労(ってほどでもないけど)がかかる。
ただ,原チャリをどうやって修理するかはちょっと難しい。金さえかければ,どこかのバイク屋に軽トラかなんかで引き取りに来てもらって,それで修理するというのが一番簡単だろう。でも,原チャリを買った店は遠いんで頼みたくないし,それ以外の店には特にあてがない。じゃあ,今原チャリを停めている会社付近のバイク屋に頼もうかと思ったんだけど,会社の近所にはその店で買ったバイク以外の修理を扱っている店がない。
一番楽なのは,家の近所のバイク屋に頼むことだろう。家の近所のバイク屋ならば何軒かあてがある。しかし,家の近くまでどうやって原チャリを持って帰ろう。わざわざ軽トラとかを借りて持っていくべきか。それともチャレンジして,リアサスペンションがないバイクに乗って一度家まで帰ってみるべきか。今は背筋を痛めていないので,この間みたいな重症になることはないとは思うが,もしもまた立てなくなったらやばい。
今のところ,出来るだけのんびりと家まで原チャリに乗って帰ってみる説が有力なんだけど,やっぱやばいかなー。どうだろうなー。
2000年5月9日
■ ○○坂の○○の○
「暗闇坂の人喰いの木」(島田荘司)と「病院坂の首縊りの家」(横溝正史)とでは,どっちが怖いだろう。どっちかというと後者かな? ってなわけで,最近島田荘司を読み始めた。
最初に「龍臥亭事件」を読んだんだけれども,これがまたものすごくミステリーとしてはひどい話で,でも何ともいい雰囲気を持つ面白い話だった。ただこれは主人公が御手洗潔ではないので,島田荘司の本道ではないのだろう。
ということで,続いてはデビュー作らしい「占星術殺人事件」を読んでみた。これはクイーンのように「すべての推理材料は与えたので,読者のみなさんも犯人がわかるはず」形式をとっていたけれども,読み始めてすぐにオチがわかってしまい,なんで初めて読んだのにこんな簡単にオチがわかってしまったんだろうと不思議に思っていたら,どうやらこのトリックは「金田一少年の事件簿」のパクリ騒動で使われたネタだったためらしい(奥さんが「このネタ,金田一で見たことある」と気がついた)。そういやよく似たトリックの回を読んだ記憶があるな。○○方がちょっと違うけど。
続いて「御手洗潔のダンス」とかいう短編集を読んだ。これはまあごく普通の探偵ものだったな。そして今は,「暗闇坂の人喰いの木」に取りかかっているわけだ。このまま勢い余って一通り買おうかと一瞬思ったんだけど,すでに既刊分が多すぎるし,それに内容にもそろそろ飽きてきたかな。
ところで冒頭の「○○坂の○○の○」という形式。俺も何かいい感じの表現を作ってみようと思ったんだけど,なかなかいいものが思いつかなかった。何かいいものを思いついたら伝言板に書くなり,空メールのコメントで送るなりしてください。いいのが集まったら「○○坂の○○の○」コンテストでも開こう。
2000年5月10日
■ 背中から焦げたにおいが……
昨日は,根性を出してリアサスペンションがない原チャリで家に帰ってみた。
最初は出来るだけ負担がかからないようにゆっくり走って帰ろうと思っていたんだけど,停車していてもエンジンの振動が伝わってくることを考えると,多少振動が大きくなっても急いで帰って振動にさらされている時間を短くした方が良さそうな気がしたんで,結局は普段通りのスピードで帰った。
ただし,そうするとリアのタイヤとタイヤカバー(泥よけ)が振動でこすれてしまうらしい。常時こすれているわけではないけれども,さすがに60km/hくらいでこすれるとなるとかなりの摩擦力が加わってしまうようで,走っているうちに背中の方から微妙にゴムの焦げ臭いにおいが漂ってきて,ちょっといやだった。なんとなくかちかち山の気分。
できるだけ座席の前の方に座ってフロントサスペンションで衝撃を吸収しつつ,ステップと膝で挟んだタンクで出来るだけ体を浮かせるようにしつづけていたため,家に帰り着いたときにはかなり疲労していた。あと,特に背中には問題がないコンディションだったにも関わらず,家に帰ったときにはちょっと背筋が痛くなっていた気がしたけど,それは気のせいかもしれない。
あとは家の近所のバイク屋に修理に出すだけなんだけど,いったいいくらくらいかかるもんなんだろうなー。1,2万円以内で済むのならばいいけど,それ以上かかるんだったら適当な中古原チャリを買っちゃった方が早いような気がしてくるし。廃車バイク置き場とかがあったら,そこからストマジに合いそうな適当なサスペンションを拾ってきて自分でつけてしまいたいところ。
2000年5月10日
■ 妄想と宗教の違いとは?
妄想(フィクション)と宗教を隔てるのは,それに関わる人間の“意志”だけなのではないのだろうか。
ある妄想に対して,それを作る人間・それを消費する人間(のどちらか,あるいは両方とも)に「それは宗教である」とする意志があれば,それは宗教たりうるように思う。
だから,その妄想を文章に起こした人間が,宗教家本人であろうとも委託された職業文筆家であろうとも,それが宗教であるかどうかの判断には無関係だ。
その妄想を作り上げた人間・それを享受する人間が「それは宗教である」と考えるのならば,その文章自体が宗教的信念とは無関係に構築されたところで,それは宗教たりうる。
ちなみにわたしがここに書いている文章は,わたし自身は「宗教である」と考えていないため,ただの一個人の妄想に過ぎない。しかし,もしもそれを読んだ人間がそれを「宗教である」と考えたのならば,それはその人にとっての宗教たりうる。
作る人間と消費する人間がともに,それを宗教であると考えている状況下においては,宗教は幸福な共通幻想だろう。しかし,どちらかのそれを宗教とする意志が弱まったとき,共通幻想は崩壊する。
作り手が宗教と思っていない妄想を受け手が宗教と信じてしまうという不幸は,比較的あちらこちらで見受けられるように思う。
そして,本来自分の妄想は宗教だと思っていなかった作り手が,受け手の「宗教である」という信念が乗り移ったかのように,自らの妄想を宗教のように扱いはじめる例も,珍しくないような気がするが気のせいだろうか?
ちなみに「宗教である」とする意志とは,要は「信仰心」のことであり,つまりは「信じて疑わないこと」である。
わたしが自分の書いた文章を「宗教である」とは考えないということは,要はわたしはわたし自身の書いた文章を「信じず疑っている」わけである。
2000年5月11日
■ 追いつめられた
さて,久しぶりに締め切りが目前(明日)に迫っても,全然ちっともさっぱりいつこの仕事が終わるのかが予測つかない状況に陥ってしまいました。
なんとか昨日中に大物の発注は終わらせたんだけど,それが届かないと素材が揃わないんで本格的な実作業にかかれないってのが一つ。あと,実際にはじめてみると出てくる細かいデザイン要素たちをどう処理するかの方向性(誰に頼むか)が決まらないのが一つ。
こうなってくると,やっぱり自分でも最低限のデザイン仕事はこなせるようになった方がいいんだろうなー。いや,今だってやればなんとかできなくもない(最低限レベルでは)と思うんだけど,やっぱ効率が悪くて時間がかかるし,その割にはできがあまり良くならない。
別にデザイナー系クリエイターなんてものになろうとは思わないけれども,デザイン作業を一通りこなせるスキルは身につけておいた方が便利そうだなー。そうすれば細かいデザイン要素が必要な仕事ならば,一人で完結してやっていられる。
オリジナリティなんてものはほとんど出せなくてもかまわないから,基本的な色あわせパターンを思いつく知識と,思った図形を作り上げることができるドロー系ツールのテクニックの二つがあれば十分だ。どっちもある程度まじめにやれば,身につけるのはそう大変ではないだろう。
今度暇が出来たらお勉強しよう。
2000年5月11日
■ ジャンルはアトリビュートである
小説(フィクション)は,ジャンルユニークに分けられる(単一のジャンルに属する)ものではない。
だいたいミステリー(謎)なんてものは,あらゆる小説に必ず存在する要素だ。読者がすべてわかっている内容だけで構成されている小説なんてものはあり得ない。必ずなんらかの謎があり,それが時とともに解決していく。というか,それは小説に限らず現実もそうだ。“未来”という謎が時とともに解明されていく。
SFというのもそう。フィクションの中でなんらかの科学・疑似科学要素が使われているというのは,ごくごく当たり前のことだ。その要素の重要度がどのくらい以上はSFで,どれくらい以下がSFではないなどと,明確に切れるものではない。
ホラーという表現は,非常に広い意味を持つ。いわゆる恐怖小説的なホラー以外にも,未知のものへのワンダーと入り交じったようなホラー(どきどきわくわく),悪い出来事への忌避感というレベルのホラーなどがある。それらの要素が入っていない小説など珍しいだろう。
ということを考えると,ジャンルというのはどこに所属するかを考えるよりは,どのジャンルの要素がどのくらい濃いかを考えた方がいいようだ。
「キングのグリーンマイルはホラーに属する」というのではなく,「グリーンマイルはミステリー度70,SF度10,ホラー度30ってところかな」なんて扱いが,ジャンルってものの妥当な扱い方のように思う。
もちろんジャンルは,ミステリーとSFとホラーだけじゃないけどね。主役級に少年少女が使われていたらジュブナイル度が高かったり,歴史的知識が要素として使われていたら歴史もの度が高かったり,個人が剣で戦うシーンがあったら剣豪もの度が高かったりする。
ちなみに,小説に限らず世の中のたいていの物事はジャンルユニークに分けることは出来ない。
たとえばあなたのPCに保存されているデータを,フォルダ(ジャンル)に分けようとしてみればそれはすぐにわかる。どのフォルダにも入れにくいファイル,あるいはいろいろなフォルダに複製をおいておきたくなるファイルがたくさん出てくるはずだ。
世の中一般ではジャンルをディレクトリに近似して捉えていることが多いようだが,実際のところジャンルとはアトリビュート(属性)に近い存在なのだ。データを分類する入れ物ではなく,データに付随する付加情報なのだ。
ということを全面に押し出したファイルシステムがあると,データの管理が非常に楽になるのだが。
というか,自分用のファイル管理ツールとして,そういう管理システムをかぶせたプログラムを作ろうと思ったんだけど,なかなかうまくまとまらない。
2000年5月11日
■ Web日記の持つ意味合い
そういやこの間から意識して,買った本とか読んだ本のメモを書いておこうと思っていたのに,気がつくといつの間にか書き忘れがたまっている。
というわけで今日買った本は,島田荘司「御手洗潔の挨拶」「斜め屋敷の犯罪」,山口雅也「キッド・ピストルズの妄想」,栗本薫「グイン・サーガ72 パロの苦悶」,森博嗣「夢・出逢い・魔性」の5冊。
あとこの間,神林長平「言壺」も買ったけど,書いてなかったよな。そのほか書き忘れがまだありそうだけど,思い出したら書こう。
というのは,Web日記の持ついろいろな意味あいを以下のようにおおざっぱに分類したとして,そのうちの4とか5の意味を持たせようという話だ。
1.ほぼ初めて来る見知らぬ人たちの“読み物”
2.結構頻繁に来る見知らぬ人たちの“読み物”
3.知り合いに対する“近況報告”
4.自分自身の“覚え書き”
5.ロボット系検索エンジン経由で来る人たちのための“雑多な資料”
1と2に関しては,本来はわざわざ分類する必要はないものだけれど,Web日記ってのは連載小説みたいなものだから,ある程度は過去の内容に依存した話題ってのはありうる。だから一応分けてみた。
5に関しては,Web日記(というか個人Webページ)全体に対して,将来的にはそういう意味合いが強くなっていくことを個人的には望んでいる。ある検索キーワードで検索をかけたときに,そのキーワードに関する個々人の手による種々雑多な情報が山ほど出てくるという使い道。
そこで得られるのは,メーカーや公人の公式情報とは違った,さまざまな人がそのキーワードに関して持つ非公式な情報・個人的な感想などだ。その情報はろくに分類されておらず(検索エンジンによってある程度は分類されるが),その内容の信頼性も読む人間が判断しなければならないが,しかし有用なものが多数含まれている。
5のような目的としてのWeb日記というものを第一に考えた場合,そのような目的に適したWeb日記の作り方というものが考えられる。たとえば,
1.固有名詞を使う場合は,少なくとも1ページ中に1度は正確に書く。
2.固有名詞に一般的な複数の表記法(たとえばカナと欧文)などがある場合は,1ページ中に1度は両方を併記する。
3.1ページを,出来るだけ話題ごとにまとまった短いものにする。
なんて感じ。
しかし,1と2を各人に徹底させるのは非常に難しいだろうから,それは検索エンジンの側で対処するようにする方が現実的だろう。個人的には出来るだけ固有名詞は正確に書こうとしているけれども,欧文表記も併記するなんてところまで手間をかけるのは面倒だな。
3に関してはうちのページなんかは失格だ。うちのページの場合は検索性よりも一気読みし易さを重視しているから。だからキーワード検索でうちのページが引っかかったとしても,その話題がページ内のどのあたりで出てくるのかを探すのがかなり面倒くさい。
2000年5月13日
■ 「電車の揺れ」に抵抗しない人々
というわけで,休日出勤。
それにしても何度書いても「休日出勤」って「きゅうじゅつしゅっきん」と書きそうになってしまうなー。「手術」は「しゅじつ」と混ざったりはしないのに。
ちなみに一昨日の夜は,初めて新玉線(田園都市線に名前が変わる(統一される)のはいつからだったかな?)の終電に乗った。24:40過ぎくらいのやつ。思ったよりも全然混んでいなくって,二子玉あたりからは座れたりもした。一日中混んでいる路線ってイメージがあったんだけど,終電はそんなに混まないんだなぁ。
と思いつつ,昨日はなんとか金曜日までに間に合わせると言っておいたデータを,ぎりぎり23時過ぎにメールで送ってから,終電の一本前の電車に乗った。それはもうゲロ混み。久しぶりにあそこまで混んだ電車に乗ったな。井の頭線も終電間際はひどい混みようなんだけど,それを上回っていた。
多分,電車に乗っている人数(=一人あたりの割り当て面積)自体は,井の頭線の一番混んでいるときとそう大差ないと思う。ただ,電車の揺れ具合(加減速のラフさ)とそれに対する乗客一人一人の抵抗しなさ具合が,あまりにもひどい。
要するに,電車が揺れるとそのまま倒れ込む方向に体重を預けてしまう人間がやたらと多く,ごく少数の抵抗力のある人間が必死こいてその雪崩を食い止めなければならなくなるわけだ。
これは「新玉線沿線には根性がない人間が多く住む」ってんじゃなく,新玉線が「かなり揺れる路線の割につり革などの配置が効率よくない」って話だろう。特にドア付近にもうちょっと使いやすいつり革があれば,そこで多くの雪崩を初期状態で防止することが出来るだろうに。
ただ,そういう電車に日々乗っているうちに,沿線に住む人が「電車の揺れには抵抗せずなすがままに任せよう」って方向で学習していってしまう可能性は高いかな。悪い方向へ無限循環強化されるわけだ。
さて,今日は残った作業をとっとと終わらせて帰ろうかな。でも,俺の作業自体はすぐに終わると思うんだけど,細かい問い合わせが来るかもしれないから,ちょっと残っていた方がいいんだろうな。
ああそういえば,一週間くらい前に締め切りが切られていた原稿1ページは,まだ手つかずだったな。I LOVE YOUネタ一個だけで1ページ埋まるだろうか。
2000年5月14日
■ ツール系ソフトの文法
今日も楽しい休日失禁。じょろじょろじょろ〜。
出かける前に,今日はいい天気だから洗濯物を干してから出ようと思ったら,洗濯物を干し始める頃にはすでに曇り空が広がっていた。そういや今日予定されていた草野球の試合も,雨で流れてしまったようだ。グランドコンディションが悪すぎた模様。まあ,どうせ俺は仕事でいけなかったけどね。けっ。
仕事の方は,もはやデザイナーに頼むなんて余裕がちっともさっぱりなくなってしまったので,仕方なく自分でフォトレタッチしたり作図したりFlashムービーを作ったりしている。Flashなんて触ったのいつ以来だろうなー。Flashの文法がすっかりわからなくなってしまっていたよ。
ツール系ソフトってのは,文法がわかっていれば使い慣れていなくてもなんとなく使えるものだ。たとえばプログラミングツール系なんかはたいていは似たような文法で作られているから,同系統の文法で作られたツールはだいたい扱える。ときどき変なのもあるけど。
しかし,どうもベクトルデータを扱うツールってのは,俺にはどうにもその基本文法がわからない。一昔前のMicrosoft Draw(だったっけ?)とかCorel Drawとか花子とかだったら,なんとなくわからないでもなかったけれども,Illustratorなんかはさっぱりちっとも理解できないし,Flashもかなり理解不能だ。
まあその辺は,遊びでちょっと触ったくらいしか経験がないからなんだろうけれども,同じくらい遊びでちょろっとしか触ったことがない各種ツールたちの中でも,特にベクトルデータ系ツールってのは俺にとっての難度が高い。これは俺個人の資質の問題なのだろうか,それとも基本的にベクトルデータ系ツールの文法(ってのは,そのインターフェースのこなれ具合と限りなく等しいように思う)がいまいち難しめなものなんだろうか?
なんて疑問には,もちろん答えなんてないだろう。ともかくこれ以上俺のデザインセンスを試すようなことはして欲しくないなー。論理デザインならばともかく,感性に訴えかけるようなデザインに関しては,基本的にあきらめが入っているんだから。
2000年5月14日
■ 「うまい=体にいい」のか?
一通り作業を終えてメールでデータを送ったら,思ったよりも早く返事が来た。曰く,「今日はもう終わりでいいよ〜ん」(意訳)。さあて,帰るか。
それにしても,久しぶりにタバコを吸いたくなったここ数日だったな。タバコを習慣化(日に1本以上を一週間以上にわたって吸い続ける)したことは今までないんだけど,大勢で酒を飲んでいるときと仕事が詰まっているときには,時々無性にタバコが吸いたくなることがある。それ以外のときには,タバコはそんなにうまいと思わない(もちろんまずいとも思わない。まずくても無理して吸うのは子供のうちだけだろう)けれども,そういうときにはかなりうまいと感じるようだ。
よく食べ物などについて,「おいしいと感じるのは,それを体がほしがっている(=健康にいい)からだ」的な考え方があるけれども,その理屈でいうと「タバコも健康にいい(ことがある)」のか? まあ,どっちかっていうと,「うまい=体にいい」なんて考え方が間違っていると捉える方がいいんだろう。ああ,もちろんタバコが習慣化(中毒化)している場合は,話が全然違ってくるからね。
結局うまいまずいなんてのは,ほとんどが脳(「大脳」かな? 本能とかじゃなくて,いわゆる精神の働きを司るところ)が決めることであって,体全体(の各部品。とくに内臓系か?)が決めるもんではないだろう。もちろんある程度はそういうこともあるだろうけど,基本的には「脳」の考えであり,趣味嗜好の話に過ぎないと思う。
ああそれにしても,タバコが吸いたい。
2000年5月15日
■ 犯罪被害者保護法って
「犯罪被害者保護法」ってのが成立したとかいうのを見かけて,ざっとどんなものか調べてみたら,どうやら「犯罪の被害者やその家族などに優先的に捜査状況や裁判などの情報を提供しよう」ってのがその主眼のようだった。あと,金銭的な救済に関する話もあったけど。
最初に「犯罪被害者保護法」って文字を見た段階では,てっきり「犯罪の被害者やその家族たちのプライバシーを守ろう」って話だと思ったんだけど,そういう話は全然出ていないらしい。俺個人としては,そっちの方がより重要だと思うんだけどなー。
ってのとはちょっと話が違うけれども,ちまたにありふれている犯罪(たとえば痴漢とか淫行条例違反とか)の加害者に関する報道ってのについても,そのような問題を考えた方がいいような気がするんだよな。
新聞とかニュースとか見ていると,その手のすごくありふれていそうな(件数が多そうな)犯罪のうち,なぜかいちいち職場+実名付きで報道されてしまう人たちがいる。
警察関係とか教師とかみたいなある種の公務員の人たちについては,まあ報道されてもしょうがないかなって気がするけど,どっちかっていうと市井の人たちの範疇にはいるような人たちに関しては,「なーんでこんな人のニュースがわざわざ報道されてるんだろう?」って思うときが多い。
今まで見たニュースの中で気になったのは,ちょっと有名な会社の関連会社に勤めている普通のサラリーマンの痴漢とか,テレビ局関連会社でADをやっている人の買春とか。
前者なんかは,なんでそんな普通の人の痴漢なんてニュースが全国に流されたのかさっぱりわからなかったし,後者も,いくらマスコミ関係者の犯罪が話題性が高いといっても,あまりにも末端の人の軽微な犯罪だよなー。その報道をしたマスコミ(スポーツ新聞系)がそのテレビ局に対して何か含みがあるんだろうな,としか思えなかった。
同じような犯罪を犯した人間全員について報道しているんならば,それはそれでいいんだけど,ほとんどの人については報道しないのに,ごく一部の人に関しては報道するってんだから,その選択にはきちんとした理由があるんだろうな。
市井の人たちの軽微な犯罪なんてものは,少年犯罪なんかよりもよっぽど更正の可能性が高いものだと思うんだけど,それをわざわざ報道するってのはある種マスコミによる私刑のようなもので,無意味に更正の可能性を低めてしまうような気がする。
ってのはどっちかっていうと「@ニュース」の方で扱った方がよかったな。あっちは最近更新してないし。
2000年5月15日
■ 味覚は本能なのか
『「うまい=体にいい」のか?』が,長谷川さんの「日記読み日記」(_00514)で取り上げられていて,そこで長谷川さんの食心理学講義のページが紹介されていた。
そのページは講義の内容を紹介するページではなく,講義をする立場からのメモ書きが主だったため,今ひとつ詳しい内容はわからなかったが,ひとまずそこから把握できた内容をまとめてみることにする。
基本は「学習心理学」においての「食」の話題のようだ。つまり「食に関する学習」の話なのだろう。
「レスポンデント条件づけ」と「オペラント条件づけ」の意味をネットでざっと調べてみたところ,前者は「動物が生まれながらに持っている反射行動(刺激→行動)に関するもの」,後者は「本来刺激なしに誘発されていた行動が,後付で刺激(強化子)と関連づけされるもの」,ということらしい。
「日常生活一般ではオペラント行動が重要な役割を果たしているが食物の好みや嫌悪形成過程ではレスポンデント条件づけが基本となっている」と書かれてあるのは,「食に関する学習」は基本的に人間の本能に近いところで行われている,と考えられているという話なのだろう。
そして第4〜6回あたりが,「おいしさ」というものに関して論じられている部分らしい。ただし,ここで具体的にどのような内容が論じられていたのかは,該当ページの記述からは不明だ。話題としては,
1.おいしさについての定義の多くは同義反復になっている
2.おいしさを決定する要因としては,選好(preference),食欲(appetite),強化力などの要素があり,特定行動指標によっては一義的には決まらない
3.どのような条件づけのプロセスによって個体別に形成されていくのか
4.社会的要因によってどのように影響を受けるか
5.甘味に対する好みが生得的であるのに対して、酸味や苦味に対する好みが習得的であり、かつ社会的影響の中で発達・変容していくものである
などが扱われている。
1はすなわち,おいしさというものは「おいしいからおいしい」的な表現でしかうまく表すことができないという話なのだろう。言葉という理屈ではなく,感覚的本能的な判断によって「おいしい」かどうかが決まっているわけだ。
2は,「おいしさ」というものの学習は,「特定の刺激→特定の嗜好の強化」などという単純なものではなく,環境・状況などの様々な要因によって影響を受けるものだ,という話だと思う。
3,4に関しては,まったく具体例が書かれていないのでよくわからない。実際に実験で得られたサンプルによる,条件付け具体例が示されているのだと思う。
5は,3,4における例の一つなのだろうか? それとも特殊な場合のサンプルなのだろうか?
「子供のうちは単純な甘さなどを好むが,年を取るにつれて苦みや酸っぱさをおいしく感じるようになる」という話を学問的に表現しているだけのような気もする。
ただ,もしもそういう話だとすると,わたし個人としては「苦さや酸っぱさなどを年を取るとおいしく感じるのは,子供の敏感な舌は苦みや酸っぱさなどのきつい味に過敏に反応するのに対し,年を取ると舌が鈍感になり苦みや酸っぱさなどのきつい味にも慣れてくるため,その奥に隠された味わいを楽しめるようになる」という肉体の機能・構造を主とした考え方の方に,より説得力を感じる。
まあ,「甘さなどの単純な味は小さい頃からたくさん経験するため,ある程度年を取ると飽きてしまい,それ以外の味を好むようになる」というのももっともらしい話だと思うし,そちらは「習得的であり、かつ社会的影響の中で発達・変容していくものである」という説に含まれるだろう。
ちなみにここでいくつかの参考文献が出てきたが,論文などは(わたしには)入手が困難だろう。『たべる:食行動の心理学』がもしも一般に販売された本ならば,図書館などで参照可能かもしれない。
第9,10回に関しては,もう一つの関連話題である「喫煙」について取り上げられているようだ。「肥満」,「食べ過ぎ」,「飲酒」などについてもここで取り上げられていることから察するに,異常食行動の一つとしての「喫煙」を論じているのだろう。
このあたりは学問的な話というよりは,「柔らかい話」で学生の興味を惹こうという考えの一環なのだろうか? 「喫煙の有害性」の話などは,本来のテーマとはずいぶんかけ離れた内容のように思われる。
ちなみに,ここでどのように「喫煙」ならびに「異常食行動」について論じられたのかは,該当ページの記述からは読みとれない。
とまとめたところで疲れてしまった。以上のまとめ方がどれだけ正しくどれだけピントがはずれているのかもよくわからない。
ただ,以上の内容と『雑食性の動物の場合は、遺伝的に規定された「うまい」物が食物環境の変化によって体によくない物を含むようになるのはよくあることだと思う』という話から察するに,この講義では「味覚というものは基本的に遺伝で規定されている」ということになっているんだろうなー。
確かに「甘い」「しょっぱい」レベルのごくごく基本的な味覚に関しては,遺伝レベルで規定されていてもおかしくない気がするけれど,その他大部分の味覚は「遺伝」といった感じはしない。その辺具体的な内容を見れば,納得できるようになっているんだろうか。
といったところからさらに話を展開させようかと思っていたのだけれども,いまいち新しい発想がわき起こらなかったので,しばらくこの話題は自分のなかで寝かせておいて,程良く発酵するのを待つことにしよう。そのまま腐ってしまわないといいのだけれど。
2000年5月15日
■ 味覚には2種類ある
さっきの味覚についての話。味覚には2種類あるってことをすっかり思いついていなかった。これを考えないで話を進めるのは問題が大きそうだな。
「味覚」というものを五感の一種と考えると,それは「味蕾が刺激を感知し,それを脳に伝える機能」のことを表すことになる。つまりは,「甘い」とか「しょっぱい」とか「辛い」とか「苦い」とか「酸っぱい」とか,非常に基本的な味を認識する機能。
しかし一般論的に「味覚」というと,それは「ある味をおいしいと思うかまずいと思うか」という脳の判断のことを表す。味蕾から伝わってきた刺激を脳が受けた結果として,それに対して持つ感想のこと。
前者の味覚を「味感覚」,後者の味覚を「味感想」とでも表すとわかりやすいかな。
そう分類すると,「味感覚」は遺伝的に伝わる本能に近い要素なのに対し,「味感想」は後天的に身につける知識に近い要素だと考えられる。
ってことを前提にもう一度考え直してみないとあかんな。
そういや人間の舌上の味蕾が,どの位置がどの味に対応しているって話は何度か見かけたことがあるんで,それなりに研究されているんだろうけれども,動物の味感覚についての研究ってのはなされているんだろうか? 動物に「甘い?」とか「しょっぱい?」とか聞けないから,ほとんど進んでいないのかな?
よく動物は本能が発達しているから,毒的要素のある食べ物は本能的に忌避するという話を聞くけれども,それって単に人間とは味感覚の分類が違っているというだけの話のような気がする。
人間は本能的には先ほど挙げたような基本的な味しか識別できないけれども,動物の味感覚も人間と同様とは限らない。っつーか,その他視覚や聴覚なんかは人間とは全然違う動物が多いってことは良く知られているんだから,味感覚についても同様に人間とはまったく異なると考える方が自然だろう。
そうなると,人間が単なる刺激反応レベルの味感覚しか身につけていないのに対し,動物は各種毒的要素のある食べ物の味を本能的なレベルで判断できる味感覚をあらかじめ身につけているため,人間が「しょっぱい」とか「甘い」とか判断するのと同じレベルで「これは毒がある」「これは毒がない」ということを判断出来るいう考え方が出来る。
まあそれを「本能が発達している」と捉えることも出来るけれども,どっちかっていうと「人間とは異なる本能を持っている」と解釈する方が自然な気がするな。
などと仮定の上に仮定を積み重ねてみるのもいとをかし。
2000年5月15日
■ OutlookとOutlook Expressは違う
う゛ー,眠い。昨日は4時頃まで起きていたのに,今朝勢い余って8時に起きだしてしまったからなー。
それもこれも休日出勤が悪い。土日のせめてどちらか一日でも休めていれば,生活のリズムもそれなりにまとまってくれただろう。でも土日の両方出勤してしまうと週末だったという気がせず,ただの平日を過ごしたような気分になってしまう。
そして,平日の夜ならば多少無理したところで,少なくとも4日間我慢すれば週末が来てゆっくり寝ていられる。ならば「多少夜更かししても大丈夫さ」などという無意識の計算が働いてしまい,夜更かししすぎたところで体が無理に寝ようとしてくれない。しかし現実にはまだまるまる一週間分の平日が目の前に立ちはだかっている。キビシーッ!
などとうだうだ理屈をこねてみたところで,今眠いことが解決されるわけではない。あ゛ー眠い。い゛ー眠い。う゛ー眠い。え゛ー眠い。お゛ー眠い。ちなみに母音+「゛」ってのは,扇風機に向かってしゃべる声に置き換えて読んでください。
さてと今日は,先々週当たりに締め切りだったはずの原稿1ページをとっとと仕上げて帰ろうかね。
ところで「ラブレター」を初めとするOutlookのアドレス帳を利用してメールを送信するウイルスたちなんだけど,あれのOutlookをOutlook Expressと混同している人ってどれだけいるんだろう?
あれってマイクロソフトの個人情報管理&グループウェアクライアントである市販品の「Outlook(97/98/2000など)」のアドレス帳を利用するんであって,Internet Explorer 4以降にくっついてくるインターネットメール&ニュースクライアントの「Outlook Express」は大丈夫だってこと,みんなきちんと認識してる? いや俺も一昨日までその辺はっきりしていなかったからさ。
2000年5月15日
■ 明日明後日の覚え書き
ふいー,原稿も書き終わったし,急ぎの修正依頼も舞い込んでくる気配はないし,今日はとっとと帰るかな。そろそろ雨はやんだかな? ところで久しぶりにリンガーハットでチャンポンを食ったら,なんだか吐き気がしてきたよ。
ちなみに明後日(水曜日)は昼の12時半に会社に保険屋さんが訪ねてくるのを忘れないように>俺。あと,そのときに銀行印とか最初の支払い分とかいろいろ用意しておくのも忘れないように>俺。
あと,明日はもしも晴れているようだったら午前中キャッチボールするかもしれないということを忘れないように>俺。でも,13:30田町15:00五反田打ち合わせで,しかもスーツを着ていかなきゃならないんだから,キャッチボールするならかなり早めに行動しないとだちかんぞ>俺。
あ,そういやスズキにストマジIIのリアサスペンションのパーツ代を問い合わせるのを忘れていた。明日あたりにでもとっとと問い合わせておけ>俺。
2000年5月16日
■ ようやくのんびり出来そうだ
昨日は早めに帰って21時半頃には飯も食わずに就寝。ちょっと寝るだけにしようかと思っていたのに,目を覚ますともう朝の6時過ぎ。それから朝飯を食ったらまた眠くなったので,ちょっとだけ横になろうと思ったら,次に気がついたのは10時半頃。約12時間睡眠。
10時半に目を覚ましたのは,昨日約束していたキャッチボールの相手から電話が来たためだった。近所にキャッチボールが出来る公園があるのをこの間遠目でチェックしていたので,そこでやろうと思っていたんだけど,実際に行ってみたら実はそこは基本はテニスコート(もしかしたら無料の早い者勝ち?)で,平日はテニスをする人が優先的に使えるようになっているらしかった。休日はキャッチボールとかしても良さそうだったけど。
そこにはすでにテニスをしている人がいたので,しかたなくキャッチボールにはあまり向いていない方の(要するに高い柵で囲まれていない)公園に移動した。ちょっと柵を越えると民家の窓ガラスがあったりするんで,あんまり無茶(全力投球とか投げ慣れない変化球とか)は出来ないのがつらい。それでもまあ,昔よりはずいぶんコントロールがついているので,そんなところでもそれなりにキャッチボールはできた。昔(高校生の頃)はちょっと力を入れて投げるとすぐに大荒れしていたからなー。
最近はかなり体力が落ちているらしく,軽めに二,三十球投げたところでずいぶん疲れてしまい,すぐにだらだらと投げるモードに切り替わってしまった。トータルで五十球ちょっと投げたところで疲労終了。まあ今日は仕事があるしね。それから家に戻ってシャワーを浴びたら,なんだか会社を休んで遊びに行きたい気分になってしまったので,これはあかんと強制的に出社。
それから久しぶりにスーツに着替えて,山手線半周打ち合わせの旅へGO! くそ暑いのにスーツなんかで出歩かせるんじゃねーよ。ワイシャツがしわくちゃだから上着も脱げねーし(っつーかちゃんとアイロンかけましょう)。でもまあ打ち合わせ自体はすんなり終わって17時前には帰社。なんだか思ったよりも今月の残りの期間は気楽に過ごせるのかも。
などと,連休前から連休中,連休後にかけて陥っていた地獄はようやく抜けだし,のんびり出来るムードが漂ってきたのはよかよか。あ,そういや今日もストマジのリアサスのパーツ代を問い合わせるのを忘れてしまったな。
2000年5月16日
■ 剣の極意に学ぶ生き方教本
最近興味の方向が凝り固まり気味な気がしてきたので,久しぶりに南條範夫「武道の系譜」なんかを読み返してみた。最近その手の本は全然読んでいなかったので,再々々読くらいなのにかなり新鮮。
その中で紹介されている沢庵禅師+柳生宗矩による「不動智神妙録」の一説が,なかなか含蓄があっていい。現代語に意訳すると,
「相手が斬りかかる太刀筋を見切りそれに合わせて斬ろうとすると,斬りかかってくる相手の刀に心を囚われすぎて,かえって自らの動きが制限されてしまい,相手に斬られてしまうことになる。これを『留まる』という。相手が斬りかかってくる刀を一応見つつもそこに意識を集中せず,相手の動きに合わせようとも考えず,相手が斬りかかってくる動きを見たら,何も考えずともそのままに反応して相手の刀に合わせると,斬りかかってくる刀を押しやって逆に相手を斬る刀となる」
「心の置き場所をどこにするべきだろうか。敵の体に意識を集中すると,敵の刀や体の動きに気をとられてしまう。敵を斬ろうと考えすぎると,敵を斬ろうとする考え自体に気をとられてしまう。自分の刀に意識を集中すると,自分の刀ばかりが気になってしまう。そのようにどこにも心の置き場所はない。(略)わたしの答えは,どこにも心を置くな,ということになる。どこにも意識を集中しなければ,その心は体全体に行き渡り『大心』となる」
ちなみに「相手が斬りかかる太刀筋を見切りそれに合わせて斬ろうとする」ってのは柳生の「活人刀」といわれる戦い方だったはず。「後の先をとる」とも言うんだったかな。逆に「相手の動きを封じて強引に叩き斬る」のは「殺人刀」というんだったと思う。その辺の記憶はもうずいぶんと曖昧なんで,「事実」と「フィクション」がごちゃ混ぜになっている可能性はあるけど。
ひとまず俺的にこの考えを適用するとなると,やっぱりバッティングの心構えとしてかな。球に意識を集中しすぎても,ピッチャーの動きに意識を集中しすぎても,構えたバットに意識を集中しすぎてもいけない。全体を見るとはなしに見つつ,来た球に自然に反応する。
なーんて,多分俺にはそんなの無理だろうなー。でも,何か一点に意識を集中しすぎるとあんまりいいことはないってのは,経験上理解できる。「ボールをよく見て打て」なんてよく言われるけれども,確かにボールをよく見ているとボールとバットがどう当たったのかがわかる(見える)けど,わかったからと言っていい当たりをするというわけでもない。無心でバットを振った方がいい当たりをすることは多いように思う。本番に向けてのチェックのために,練習のときに「よくボールを見ておく」ってのが一番いいんじゃないかな。
なんてネタを10個くらい拾い集めてもうちょっと蘊蓄度を高めて文章量を増やせば,「剣の極意に学ぶ生き方教本」なんていうサラリーマン向け処世訓本が出来そうだな。PHPあたりからすでに出ていたりして。
2000年5月17日
■ 被保険者のおじちゃん
さっき会社に保険のおばちゃん(というある種差別的な表現は,自分が子供の頃ならば社会的にも個人的にもそれなりに納得のいく言い方だったけれども,自分自身が「保険のおばちゃん」と同年代になりつつある今となっては,自分自身を「被保険者のおじちゃん」と呼ばれる覚悟とともに使わざるを得ないだろう)がやってきて,いろいろ署名捺印させられた。
この保険は奥さんに勧められたもの。きっと1年後にはわたしは殺されてお金に変えられてしまっているに違いない。いや,1年半だったかな?
例の八木容疑者の保険金殺人に関する報道で,現在の保険会社の内部制度において,「いくらまでの保険」ならば「契約後どのくらい経っていれば」調査が入らないという情報が提供されていたはずなのに,興味がないから細かい数字を記憶し忘れてしまった。
きっとこれから保険金殺人をしようと思っている人たちは,いいことを聞いたとばかりにメモっておいたに違いない。ああ,もったいないことをした。
話が逸れすぎた。署名捺印してから,今度は近所の病院に行って簡単な健康診断を受けた。といっても,尿検査と血圧測定と問診だけ。「いいえ」「いいえ」「いいえ」「はい」と答えているうちにあっさり終了。
結局こんなのは「保険のリスクを測定する」という本来の意義よりも,「保険加入者を増やす」という目先のお金の方が重要なんだろうね。まあ入る方としてはどうでもいい話なんだけど。
2000年5月18日
■ 個人Webページを評価する
「個人Webページを評価する」という行為の裏には,「評者の個人的な趣味嗜好を他者に伝えたい」という欲求がある。
「他者を評価する」という形式をとっているが,実際には「評価したWebページが面白いか面白くないか」ではなく,「評者はどのようなコンテンツを面白い/面白くないと思うか」という「自分自身の趣味嗜好を他者の評価にさらしている」のが,「個人Webページを評価する」ことの真の意味なのだ。
あらゆる人間が納得できる客観的な評価などというものは,存在しない。それは大前提である。
誰かが行った評価に対して,「その内容が自分とは異なる」というだけの理由で評者を批判するのは,愚かな行為だ。他人の評価が自分の評価と一致することの方が珍しいのだから。
評者を批判するのならば,「その評価内容が自分とは異なるから」以上の客観的な理由が必要だ。しかし真に客観的な理由などというものは希である。
結局評価に対する批判というものは,「評者の趣味嗜好に対して,自分自身の趣味嗜好をぶつける」以上の意味は持ちにくいだろう。
評者および被評者がともに上記の真理を理解していれば,「評価」に関するくだらないトラブルなど起こらないのではないだろうか。
2000年5月19日
■ 無念
昨夕近所に住む朋友から電子郵便が入りて曰く,「近郊に明日開店の大型家電店にて,開店記念販売と称して約四千円の電脳一式を販売する」とのこと。「先ずは敵情を視察してみん」と返信を打ち,二十三時過ぎに帰宅し,即ち車にて現地へと向かふ。車自動誘導装置の儘に辿り着きし家電店の入口には,人っ子一人見当たらず。「もしや大穴場では」との淡い期待は,地下入口を覗き見た瞬間粉微塵に粉砕されぬ。既に限定十式分の待人有り。他には欲する限定品なく,諦めて帰宅す。しかし明朝の再来訪を期す。すなわち非限定品液晶画面付き電脳金五万円成を求めん。而るに今朝起床せし時間は午前十時を回りぬ。慌てて現地に向かいしがすでに遅し。数百人規模の行列を横目に肩を落し帰宅。未だ落した右肩と左肩が見つからぬ。無念。
2000年5月19日
■ ワイアレスLAN体験記
ヤマダ電器襲撃計画の間隙をぬって,友達の家でワイアレスLANの実験をしてきた。
結構でかい一軒家(自営会社兼用)にメルコの11MbpsワイアレスLANを導入しようと一式買ったはいいが,無線到達範囲が意外に厳しい模様。しかしノートPCの手持ちがないため,手軽に屋内各所の電波状況チェックができず,うちのノートPCを電波状況チェックに使わせて欲しいとのことだったのだ。
早速いろいろためしてみたのだが,思いのほか電波の到達範囲は狭かった。カタログスペックでは「屋内50m、屋外115m、11Mbps時:屋内25m、屋外50m(周囲条件による)」という通信距離が表示されているのだが,反射・回り込み・透過による減衰は思いのほか激しい様子。
仕方がないことなのかもしれないが,ある程度以上厚いコンクリートの壁は,非常に強力な電波遮蔽物となるようだ。具体的にはその壁の陰に少しでも隠れた瞬間に,電波がまったく届かなくなるくらい。ほんの数センチずらすと問題なく通信できるのに。
結局屋内での使用においては絶対的な距離ではなく,効率よくアクセスポイントからの電波を反射・回り込み・透過させて,PCを利用する可能性がある場所に到達させることが重要なようだ。
まあ当たり前といえば当たり前の結論なのだが,実際に使う前まではもっと強力に電波が反射・回り込み・透過して,普通の屋内ではたいていの場所に電波が到達すると思っていたもんだから。
でも多分,うちみたいな狭い家だったらどこに置いても楽勝だと思う。
2000年5月22日
■ おばちゃんの正義
この間近所のスポーツ公園に行ったとき,歩道の脇に使い方の説明が書かれた看板が立てられていたので,それを読もうと歩道で立ち止まった。すると,背後からキキキキキィッ!という自転車のブレーキ音が聞こえた。
振り向くと,子供を専用椅子に載せ,買い物袋を片手にぶら下げた自転車のおばちゃんが,すごい形相で俺をにらんでいた。俺が視線を合わせても目を逸らそうとせず,にらみ続けている。
「失礼」と俺がどけてあげると,睨みながら目の前を通り過ぎて去っていった。その背後から聞こえるように「でも,歩道は歩行者が優先なんだよ,バーカ」と言ってあげたんだけど,なかなかいい加速をしていたんできっと聞こえなかったろうな。
そして,あのおばちゃんの中では「ねえねえ聞いてよ奥さん,この間自転車に子供を乗せて買い物に行った帰りに,歩道で急に立ち止まる非常識な男がいて,危なくぶつかりそうになったのよ。あたしが急ブレーキをかけたから何とかぶつからずに済んだけど,あたしがにらみつけてもそいつがまたしれーっとした顔しててねー。もうああいう非常識な若者には困ったものだわ」って正義が,疑うこともなく確立していることに違いない。
まあ子供連れで買い物袋をぶら下げるという,非常に自転車に乗りづらい状況下において,ただの歩行者よりも自分を優先して欲しいと思う気持ちは理解できる。いろいろ事情はあるだろうから,そんな不安定な格好で自転車に乗るな,なんてことまでは言わない。もしも対向側からやってきたのだったら,きっと俺は素直に道を譲ってあげたことだろう。
でも,特別変な行動をしているわけでもない一般歩行者よりも,自分が優先されてしかるべきだと考えるのは,いくら何でも行き過ぎだ。別に走っている途中で急に立ち止まったわけではない。ゆっくり歩きながら看板を見ていて,看板の前まで来て立ち止まっただけだというのに。
自転車って乗り物は誰でも乗れて免許がいらない(交通法規を知らなくてもいい)だけに,自分では常識的な行動をしていると勘違いして乗り続けている非常識な人間がたくさんいる。歩道を歩いている歩行者をベルで蹴散らしてかっとぶバカとか。
しかし,自転車の問題は個人の意識改革で改善できるレベルを超えているので,法律レベルで大幅に改革しない限りはどうともならないだろう。現行の自転車関連法律が有名無実になって
2000年5月22日
■ 土曜日
土曜日は一日雨。すでにその段階で日曜日の野球が中止になるだろうことを予想。
というわけで,まずは駅前までLANケーブルを買いにいった。15mのケーブルと床をはわせるときに邪魔にならないようにするカバー。寝室までLANケーブルを引き込んで,枕元でインターネット接続を実現するためのものだ。
ぎりぎりまでワイアレスLAN導入と両天秤にかけていたんだけど,やっぱり現状でワイアレスLANに7万円かけるのはもったいないという結論に達した。来年あたりにはきっと半分くらいまでは値が下がってくるだろうし。それまでは3000円くらいの有線LANで我慢しよう。
で,LANケーブルを引き回して枕元でネットに接続できることを確認した後に,キャッチボールに向かった。実は近所の公園は246高架下なもんで,雨だろうと関係なくキャッチボールが出来るのだ。ただし,いつも薄暗くてボールが見にくいという欠点があるのだが,雨の日はそれがさらに強調されてしまい,速球や変化球はかなり怖い。
そして,いつものように50球くらいでわたしがへばって終了。金網を越えたボールを拾うために,久しぶりに身長以上の高さがある金網を乗り越えたんだけど,それがまたすごい大変だった。体が重い。そして基本的な運動能力に信頼がおけないため,乱雑な動きが出来ない。
高校生くらいまでの頃だったら,金網にほとんど足など引っかけず,腕力とジャンプ力で一気に金網の上まで上り,あとはひょいっと飛び降りるだけで済んだだろう。しかし,今は一歩一歩金網に足を引っかけて上っていかなければならないし,降りるときも50cmくらいの高さまで一歩一歩金網に足を引っかけて降りていかなければならない。非常にしんどい。
キャッチボールをした後は,シャワーを浴びてから港北ニュータウン巡りの旅に出た。まずはヤマダ電器に向かったのだが,開店二日目の閉店時間近くに行ったにもかかわらず,いまだに駐車場は長蛇の列だった。とっとと諦めて次はオリンピックに向かう。
オリンピックはでかかった。しかも駐車場もそれほど混んでいなかった。なかなか使えそうな予感。そこでちょっっとだけ買い物してから,「腹減った」の合唱をしつつ焼き肉屋を探す旅に出た。
近所に「びっくり寿司」系列の「やきにく村」を見かけたのでそこに向かってみたのだけれども,ゲロ混み。仕方なく近所をうろうろしたんだけど,他のいい候補が見つからなかったので,仕方なくいつも混んでいる246沿いのやきにく村に向かう。
が,実はそこはそんなに混んでいるわけでもないらしかった。要は店内席数に比べて駐車可能台数が少ないというだけのところだったらしい。待たずに入れたので素早く大量に注文。ばくばく食う。
初やきにく村だったんだけど,確かにここは安かった。が,カルビとハラミ以外の肉の質はあんまりよろしくなさそう。野菜とかもかなりダメだった。ここに来るんならば,ひたすらカルビとハラミを頼んで食べるのが良さそう。
それからいったん家に帰り軽く寝てから,月曜日には九州へと旅立ってしまう友達と最後のお別れ。っつーか,ただのアッシーか。遠く埼玉の北端まで行って,帰りは高速で一気に帰宅。
自分の車ではなく,最近ニューカーナビを買った別の友達の車で行ったんだけど,そのカーナビがかなりダメだった。基本性能は最新機種だけに,うちのやつなんかよりも圧倒的に上なんだけど,どうも初期不良かあるいは初期ロット不良品かのどちらかの模様。
走っている途中に,特に何も原因が思い当たらないタイミングで突然リセットがかかる。そして,そのまま再起動すればまあいいんだけど,そのまま完全に死んでしまうこともある。そうなった場合,いったんエンジンを切って完全リセットをかけないと再起動しない。
4時間くらい乗っている間に3回リセットがかかって,そのうち2回はハードリセットしないと復帰しなかったというのはかなり重症だろう。
そういえば埼玉に向かう途中に車でテレビを見ていたんだけど,相変わらずフジテレビはいやなやつだった。
プロ野球ニュースの中で「次はF1です」というので「もしかして予選の結果を言っちゃうのでは」という話題になり,俺が「いや最近フジテレビは改心したみたいで結果は言わなくなったよ」と言ったとたんに,見事に結果を言いやがった。
その後F1の予選放送の途中で,「さてこれで展開がわからなくなってきました」みたいなあおりをアナウンサーが言ったときに,「そのままクルサードがトップで終了だってみんな知ってるよ,バーカ」とツッコミを入れた人間は世の中に何人いたことだろう。
2000年5月22日
■ 日曜日
そして日曜日。予想通り「野球は中止」という電話で起きる。
その時間がぎりぎりヤマダ電器の開店に間に合いそうだったので,急いでヤマダ電器に向かった。しかし,すでに駐車場は行列が出来ていた。まあ15分くらいで入れるとのことだったので列の後尾につく。結局30分くらいかかって入店。
やはりおいしい限定商品はほとんど売り切れていた。唯一10万円くらいのセットPCが8万円くらいで売られているだけだった。それもそんなにお買い得ってほどでもなかったので却下。いろいろ見たけれども,結局特に惹きの強いものはなかったので,何も買わずに店を出た。
んで家に帰ってから寝ていたら,奥さんの友達がわらわらやってきた。ああそういえば土曜日にも奥さんの友達一家が遊びに来たんだった。
という話をする前に書いておかないといけないことがあった。実は奥さんは妊娠していて7月が予定日だったりする。んで,乳児グッズを奥さんの友達からいろいろ貸してもらうことになっていて,その第一段が土曜日だったのだ。
ベビーベッドとかチャイルドシートとか,買うと結構かかりそうなものをみんな貸してもらったので,多分初期投資はそんなにかからなくて済むだろうな。全部買っていたら10万円単位で金が飛んでいってしまいそうだし。
奥さんの友達たちと夕方くらいまでだべってから,土曜日に引き続いて港北ニュータウン巡りに出かけた。昨日通りすがりに見かけたよさげな店をチェックしに行こうと思っていたんだけど,結局スーパーキッズワールドという巨大な子供用品専門店に行っただけで終了。
ちなみにその店は,専門店だけあってなかなか品揃えも良く,値段もかなり安かった模様。ただし,外見から想像するほどの巨大店舗というわけでもなかった。まあ無理矢理商品を詰め込んでいない,と好意的な評価をした方がいいだろう。
それから今度は晴海のオートウェーブまで洗車とオイル交換に向かった。
ただの洗車にしようかと思っていたんだけど,勢い余ってポリマーコーティングにしてみた。確か新車当時に一度やったんだけど,その効果が切れる半年を過ぎて以降はただの洗車で済ませていた。
結局コーティングして半年,コーティングしないで半年くらいの車の汚れ具合を比較してみると,やっぱりコーティングしておいた方が圧倒的に車が汚れないようだ。
俺はほとんど洗車をしないんだけど,そうするとコーティングしない車は埃が表面にこびりついてしまい,ちょっとやそっとでは落ちない汚れになってしまう。一方コーティングした場合は,軽く水洗いしただけですぐに汚れが落ちるんで,まめに拭いてあげる気にもなる。
効果は半年近く持つみたいなんで,半年に一度1万円ちょっと使ってコーティングしてあげた方がいいんだろう,という結論。
それから家に帰ってF1を見て就寝。その間にタイムプラス絡みの問題もあったんだけど,NTTに問い合わせてみた結果,結局俺の勘違いってことらしい。ただINS64の基本サービスである料金通知というものが,一体どういう仕様になっているのかを後で調べてみないと。
2000年5月22日
■ おしゃれな観光スッポト
いや,ほんとくだらない話なんだけどね。ちょっと港北ニュータウンのタウン情報を紹介しているWebがないかと検索かけていたら,とあるページで「おしゃれな観光スッポト」みたいな誤表記をみかけたのよ。
んで,「あんまり打ち間違いそうもないと思うんだけどなー」なんて思いつつ,ちょっとInfoseekで検索かけてみたら,結構この誤表記は珍しくないみたいなんだよね。
それにしても,この「スッポト」って響きはいいよね。なんとなく「すっとこどっこい」的楽しい語感がある上,「観光スッポト」「人気のスッポト」「スッポトをあててみました」「スッポト溶接」「スッポト広告」「スポット戦」「科学スッポトガイド」「おしゃれスッポト」などなど,他の語との合成語となってさらに効果(何の?)を高めている場合が多い。
どうやら一番多いのは「観光スッポト」と「夜景スッポト」の二つらしいけど,「今回は花子さんにスッポトを当ててみました」なんていわれると「おいおい花子さんに何ぶつけてんだよ」ってツッコミを入れたくなるし,「おしゃれスッポト」なんて「どんなにおしゃれなスッポトだろう?(俺的にはひょっとこ風の何か(お面?)がお洒落しているイメージ)」と想像力をかき立てられる。
ちなみに肝心の港北ニュータウンのタウン情報ページは,あんまり使えるところがなかったよ。せっかくだから自分で作っちまおうかと考え中です(←小学校の学級会風味)。
2000年5月23日
■ 手ぶら主義/ストマジ修理/度胸星
くそ暑くて上着が邪魔な時期がやってくると,基本的に手ぶら主義のわたしとしては,携帯電話や財布やメモ帳やらを収納する場所に困ってしまうのです。かといって,釣り吉系多数ポケット付きベストは好きじゃないしなー。
そういえば今日はようやくストマジを修理に出してきましたよ。近所のちっちゃいバイク屋にするか,ちょっと離れているけどでかいレッドバロンにするか迷ったんだけど,結局近所のバイク屋の方に出してきました。修理代は,まあ30000円以内では済むでしょう。そのうち部品代が18800円。ああ高い。
で,社長から借りた山田芳裕の「度胸星」1巻(ヤングサンデー連載)を読んでいるわけですが,いやーこれは本当に面白い。ただこの人って「デカスロン」も出だしは面白かったんだよな。そしてネタが尽きると話がすぐにループしはじめる。潔く終わらせてしまうことが出来ない。そうならずにちゃんと続けてくれるといいな。まあ今回はきちんとしたストーリーがあるから,デカスロンみたいなひどいことにはならないと思うけど。
というついでに,二,三日前に購入した本の覚え書き。島田荘司「異邦の騎士」,綾辻行人「十角館の殺人」,鯨統一郎「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室」の三冊。最近日本のミステリーは決まった作者のもの以外はほとんど読まなくなっていたんだけど,島田荘司にチャレンジしたら思いのほか面白かったんで,今度は綾辻行人にもチャレンジ。
2000年5月24日
■ じたじたばたばた
なんとか当初の予定に間に合わせて進行していたはずの仕事が,ぎりぎりのぎりぎりになって突然根本からひっくり返され,ばたばたじたばたと連絡の付かないデザイナーを捜して,結局なんとか間に合わせてデータを送ったつもりだけれども,でもまだまだ危険が残っているようないないような。
なんて,繰り返し語系擬態語風味の文章は,なんとなく懐かしい絵本のかほり。
ところで「じたばた」の語源ってなんなんだろう? 単なる擬態語「じた」「ばた」なんだろうか? 「ばた」はともかく「じた」ってのがどういう様を表すのか,いまいち想像つかないんだけど。なんとなく「地団駄」と似ているけれども単なる偶然か。
2000年5月24日
■ 日記データベース化
この間のWeb日記の分類絡みの思考に端を発して,「いしなお@日記」も細分化する方がいいのかもしれないなどと考えはじめた。少なくとも思索の記録と日常雑記とは分割した方がいいような気がする。
俺の中ではその両者の違いをいちいち意識して書き分けるのは面倒くさいし,だいたい日常生活に端を発した思考なんかはどちらにも分類しがたいものになってしまうことは予想がつくのだが,何せ俺の場合は文章量が多すぎる。
もうちょっと細かく分割した方が,俺にとっても読者にとっても管理しやすい/読みやすいものになるに違いない。
実はこういうものは,属性によるジャンル分けを実践する格好の素材だったりするんだけど,今のハードウエア的キャパシティが低いWebにおいて,これ以上負荷を大きくするような仕様は採用したくないからなー。インデックスをいちいちCGIで属性検索かけて吐き出すのはかなり重いだろう。
まあ,比較的よく使われるだろうと思われる検索パターンに関しては,デフォルトでインデックスをHTML化して吐き出しておけば,負荷もそんなにかからないだろうけど。でもそんなことをはじめたら,過去ログをすべて同フォーマットに変換してしまいたくなりそうで,その作業量が怖い。
とかいいつつ,知らず知らずに思考はその実現をリアルに考えはじめていたりして。Web上の文章に限定してしまえば,そういう仕組みを持つプログラムを作ること自体はそんなに難しくないだろうけどなー。うーむ。
2000年5月24日
■ 批判についていろいろ
名指しの批判と相手を特定しない批判では,その目的が違う。
名指しの批判は,その人個人に限定した問題を批判するために行われる。一方,相手を特定しない批判は,似たような問題を持つ人が複数存在するときに,その問題を一般化して批判するために行われる。
その人個人に限定した問題を批判しているにも関わらず相手を名指ししないのは,単なる“逃げ”だろう。
名指しの批判において,ともかくその批判対象の人間について,すべてを批判してしまう人がいる。
そのような批判を行う人は,単にその批判対象の人が嫌いなだけであって,そこで行われているのは批判ではなく,単なる悪口であろう。
「批判」などとまるで客観性があるかのような言葉でごまかさず,素直に「俺はあいつが嫌いだから悪口を言っているのだ」といって欲しいものだ。
相手を特定しない批判を読んだときに,それを特定の誰か(主に自分)に当てはめて読みたがる人がいる。実際一般的な問題に対する批判では,その批判対象として当てはまる個人は多数いるだろう。
そして世の中には,「批判された」というだけで無条件でそれに「反発する」人も多いようだ。
相手を特定しない批判は,そのような人たちに無条件に反発されるリスクを負うことになる。特定の個人を名指しせずにごまかす“逃げ”と,どちらがリスクが大きいだろう?
ネットワークにおける議論が多くの場合不毛であることは,多少経験を積めば誰でも理解できるだろう。いくら当人が議論が得意だ(と思いこんでいた)としても,多くの場合不毛な結果に終わる。
名指しの批判を行うということは,ほぼ直接的に批判対象者との議論へと結びつけられる。つまり名指しの批判を行う人間は,そこから始まる(多くの場合不毛な)議論で消耗することを覚悟しなければならない。
その覚悟がないのならば,名指しの批判など行わない方がいいだろう。
2000年5月25日
■ ヤマダ電機リベンジ編序章
川崎は溝の口周辺から横浜方面へと下道で向かうのは無駄が多すぎるらしい。
ナビを下道設定にしておいたら,とんでもない回り道のルートを設定しやがったもんだから,高速設定に切り替えてみたところ,第三京浜を使ったほぼ直線のルートが指示された。あんまり横浜に行く用事はないんだけど,もし行くんだったら絶対高速を使った方がいいんだね。料金も100円程度だし。
目的地であるヤマダ電機横浜本店とやらは,うちのナビには載っていなかった。明日開店なのだから当たり前なのだが,恐ろしいことに該当の住所すら載っていなかった。どうやら区画整理で新しくできた丁目にあるらしい。
仕方なく最寄りの丁目を車でうろうろしてみたのだが,結局見つけることが出来ず,コンビニで地図を立ち読みしてようやくたどり着くことが出来た。恐ろしいことにまだ駐車場周りの工事をやってやんの。しかも周辺のメインストリートがナビに載ってないし。
で,明日のためにチラシをチェックするのが目的だったんだけど,現地に行ってもまだチラシは用意されていなかった。仕方なく周囲の様子だけをチェックして帰宅。
さて今晩はどういう行動に出ようかな。早めにいったん様子を見に行って,そんなに混んでいないようならば家で寝てから朝方出直すというのが理想なんだけど,やっぱ一晩現地で待った方がいいのかな。
どっちにしろ4000円PC一式は無理だと思う(っつーか絶対無理。今朝9時から並んでいるらしいし)んだけど,他の何かおいしいものが買えるといいね。
ちなみに明日と月曜日は休みを取ったんで4連休さ。ろくに何も出来なかったゴールデンウィークの代わりにどこかに行こうかな。
2000年5月25日
■ 面白さの客観性
Web日記(あるいは個人ホームページ)を面白い/面白くないと判断するときの要素を考えてみることにする。
●思想
ページ制作者の考えている思想についての評価。
同じことに関しての“自分の思想と対比”させた結果として,「似ている」「相反する」「異質である(自分では思いもつかない)」など。ちなみに「自分と似ている」=「面白い」というわけではない。どのようなタイプを高く評価するかは読者によって異なる。
そして思想の“考えの深さ”に関して,「熟考してある」「考えが浅い」「破綻がある」などの評価がある。こちらはある程度客観的な評価として成立しうるだろう。
●情報
そのページで提供されている情報についての評価。
まずその情報のジャンルについて,「興味がある」「興味がない」かどうか。もちろんその人が「興味がある」話題を「面白い」と思うことが多いだろう。それは読者側の素養の問題であって,ページ制作者側の問題ではない。
また情報そのものの質について,「どうでもいい」「重要だ」「珍しい」「ありきたり」などという評価がある。こちらに関しては,ある程度客観的な評価が可能だろう。
●属性
単純に「作者がどのような属性を持つ人物か」という評価もある。
「自分と似通った生活環境・職業」「世間的に珍しい生活環境・職業」を持つ人物については,それだけで“面白い”と判断する読者が多いだろう。逆に「どこにでもいそうな生活環境・職業」の人物は,それだけでマイナス評価する読者もいる。
●慣れ
そのページ/作者についての読者の認知度(慣れ)に関する評価。
知り合いのページやよく見るページについては,「認知度が高い=面白い」という評価がありうる。たとえばシリーズものの本はその巻自体は面白くなくても,通して読んだ経験を通して面白いと感じるようなもの。逆に目新しいというだけで「面白い」と感じる場合もある。どちらの場合にしろ,これは読者の素養によって異なる評価だろう。
他にもあるかもしれないがひとまずここまで。
自分が,あるページを面白い/面白くないと感じたときに,以上の各要素のどの部分について面白い/面白くないとしたのかを考えてみるのもいいだろう。「その判断にどれだけの客観性があるのか」が自分自身で把握できるかもしれない。
2000年5月28日
■ ヤマダ電機リベンジ編ちょっと手遅れで章
で,木曜日の夜はヤマダ電機横浜本店に向かったわけだ。早めに並ぼうかと思っていたんだけど,結局現地到着は23時過ぎくらい。すでに100人くらい並んでいた。
特価品の数を考えると,結構微妙な人数。PC本体はきわどいが周辺機器系の特価品なら何とかなるかもしれない。それに朝までにリタイアする人が増えたら,PCもなんとかなるかも。
というわけで,列の最後尾につけたのだがそれから朝までは結構つらかった。
最初のうちは本を読んでいたんだけれども,本を2冊読み終わったあたりから眠気が差してきた。んでそのままコンクリートの上に横になったんだけど,じわじわと冷気が伝わってくる。
結局車から寝袋とクッションを持ってきたんだけど,それでもまだちょっと寒いくらいだった。んで1時間くらい寝たところで寝るのもつらくなったんで,後はひたすらぼーっと待ち続けていた。
朝の9時くらいになって,最初に並んでいた屋内駐車場から表の玄関前に移動することになったんだけど,そっちはやけに風が強くて日陰の寒い場所。そんなところで1時間くらい待たされている間が一番つらかったかな。
フジテレビ系のテレビ局から安そうなタレントのにーちゃんとねーちゃんが開店行列のレポートに来ていたんだけど,列に並んでいる人たちの中にやたらとテレビカメラに顔が映らないように隠している人たちがいたのがおかしかった。
本当に隠さなければならない理由があるのか,それとも単なる自意識過剰なのか。まあ後者の方だべな。
そういや後で聞いた話だけれども,列の最初の方に並んでいた80人くらいまでは前の日の朝9時からいる人たちだったんだそうな。その時間までに来た人たちで抽選して並び順を決めたんだと。
俺は100番目くらいだったってことは,そう言う人たちを除けばかなり早いほうだったんだろうな。
ちなみに開店時間がやってくる頃には,行列は500人くらいまで延長されていた模様。
限定商品に関しては,てっきり店に入ったらダッシュで売り場に買いに行った者勝ちなのかと思っていたら,そうではなかった。
入り口に並んでいる順番に限定商品を1個ずつ選んで買うようになっていた。PC関連の限定商品だけが人気が高いからそういう仕組みにしてあるらしい。
前から順番にノートパソコン,デスクトップパソコン,Windows CEマシンなどが売れていき,結局俺の順番が来たときにはPC本体は一個も残っていなかった。
仕方なく2番手候補に挙げていた1万円の17インチディスプレイを選んでおいた。5000円くらいのスキャナとどっちにするか迷ったんだけど。
んで店内に入ったら,7000円の14インチテレビが置いてあったんで,それを寝室用テレビとして購入。1万円くらいの子機2台付きコードレス電話は,結局買うのはやめた。
一晩徹夜で並んだ成果としてはいまいちだったけれども,まあこういう体験も一度くらいしておくのは悪くなかったかも。路上生活者の疑似体験という意味もありそうだし。
2000年5月28日
■ 秋葉原は1年以上ぶりでした
ヤマダ電機を出たのはまだお昼前だった。せっかく17インチディスプレイを手に入れたのに,それにつなぐPCがないので,どうせなら安物PCを1台ゲットしようと考えた。
ヤマダ電機で8万円くらいまでのセットPCを買うつもりでいたんだから,5,6万円の適当なPCを買えば,ほぼ予定通りの買い物ということになる。秋葉原をうろつけば,適当な5,6万円のCeleronマシンがあるだろう。
というわけで,横浜から秋葉原へと向かったのだが,徹夜明けの眠たい頭で渋滞がちな都心への道を運転するのはかなりつらかった。
途中で何度か危ない目に遭いながら,なんとか13時過ぎくらいに秋葉原にたどり着いた。さすがに平日だけあって駐車場行列なしで停まれた。
それから安いPCを探す旅に出たのだが,あまりに久しぶりの秋葉原だったんで,いったいどこに行けばいいのかさっぱりわからなくなっていた。
昔行っていたような互換機ショップはほとんどつぶれているか移転しているし,しかもパーツ系の値段をチェックしなくなって久しいから,だいたいの相場はわかるものの,そこそこの値段から先の相場がよくわからない。
結局秋葉原の主要通りを一応通ってみただけで,細かい値段チェックをするのはあきらめ,駐車場そばのいくつかの店の中から選択することにした。
そういやその前に,久しぶりにがんこラーメンに行ったら開いていたんで,こってり+チャーシュー+卵を食べた。相変わらず頭痛がするくらい濃いスープだった。うまいけど。
で,選択肢に残ったのは以下の数パターン。
・5万円以下のK6-2/64M/4G BOOK-PC
・6万円くらいのCeleron-500MHz/64M/6G/i810 BOOK-PC
・6万円くらいのCeleron-500MHz/64M/6G/i810 ミニタワーPC
このあたりが安物PCでよくあるパターンの模様。っつーか,思ったよりも安物PCを扱っている店が少ないんで,上記もパターンというほどあちこちで見かけたわけではないけど。
ちなみにi810系以外のマザーボードを使っているPC(要するにビデオカードなどは別途必要ってやつ)は,いくら俺でも我慢ならないスペックか,あるいは8万円以上するかのどちらかだった。
しばらくの間,BOOK-PCの省スペース性とミニタワーPCの拡張性との狭間で悩んでいたんだけど,結局寝不足の頭で衝動買いしてもいいことはないだろうということで,いったん家に帰って翌日買いに来ることにした。
帰り道は首都高速の入り口が封鎖されていたせいでちょっと時間がかかって,視界が通常の半分くらいまで狭まったところで何とか家に到着。そのまま爆睡。
2000年5月28日
■ 結局じゃんぱらで買いました
翌日は早めに秋葉原に行くつもりが,起きたらもう10時過ぎ。それから首都高を使って急いでいったけれども,もう駐車場待ちの行列はひどいことになっていた。仕方なく,駐車場そばに路駐してお目当ての店に向かう。
一晩考えた結果,じゃんぱら2号店でデモ機処分価格で売っていた,中古のCeleron-500MHzマシンがいいのではという結論に達していた。
結局拡張性ということを考えはじめるのならば,i810系もBOOK-PC筐体もどっちもやめておいたほうがいい。ノートPCでは満足できていないんだから,あきらめてごくごく普通のミニタワーPCにしておいた方が無難だろう。
というわけで購入したマシンは,以下のスペック。一応細かい型番とかも書いておくけれども,もはや俺にはその型番の意味するところは,よくわかっていない。あとでドライバーなどの入手をするときに使えるかな。
・MB EPoX EP-V370Y(YMF740/PCIx3/ISAx1)
・VIDEO Diamond Viper V770(16MB)
・RAM 128MB(PC100/CL2)
・HDD 13G(IBM DJNA-371350)
・DVD-ROM Pioneer DVD-104(10x)
キーボード,マウス,OSなんかはなしで62000円くらい。秋葉原をぶらっと見て回った限りは,結構お買い得っぽく見えたんだけど,どうだろう?
あとでそれに追加して,10Base-T/PCI LANとマウスを各1000円で購入したんで,セット価格でいうと75000円+消費税といったところか。本当はトータル5万円くらいで揃えたかったんだけど。
ただ,二日間ほど使ってみた限りでは,どうもいまいち安定感に欠けるマシンの模様。せっかくDVD-ROMがついているからってんで,MATRIX/DVDビデオを借りて再生してみたんだけど,一本見終わるまでに10回くらいフリーズしやがった。
これがDVD-ROMドライブに原因があるのか,ソフトウエアDVDプレイヤーに原因があるのか,その他マシン本体のどこかに原因があるのかが,まだ判明していない。
もうちょっといじってみて根本的にだめそうだったら,月曜日にでもクレームを付けに持っていこう。DVDビデオを再生すると15分くらいで確実にフリーズするから再現性は非常に高い。
2000年5月28日
■ ストマジのリアサスは狙われているらしい
そういや修理に出していたストマジがようやく戻ってきた。結局修理代は25000円ちょっと。ほとんどがパーツ代。
んで店の人に話を聞いたところ,最近ストマジのリアサスは非常によく盗まれているそうな。近所のちっちゃいバイク屋ですら,すでに7件もストマジのリアサス修理の仕事があったそうで,おそらくモンキーやゴリラなどの改造用に使われているのだろう,とのこと。
ちなみに俺がストマジを受け取りにいったときにも,新しいストマジがリアサスを盗まれて修理に持ち込まれていた。
うちのストマジのリアサスは,ボルトを特殊工具で締め付けておいたんで,もしもこれで盗まれたらプロの仕業だろう,だとか。
2000年5月30日
■ 4連休明け
さすがに4連休すると,会社に行くのがだるい。結局どこにも遠出をしない4連休だったし,前の日も14時間くらい寝ていたりするんだけど,それでもだるい。単なる寝過ぎだけど。
で,久しぶりに修理なったストマジで出社。やっぱ原チャリだと楽でいいねー。
しかし,一ヶ月ぶりくらいに原チャリ通勤してみたところ,いつもの駐輪場所はひどい混み具合だった。結局ずいぶん離れたところに無理矢理停めてみたけれども,こんな調子じゃ別の駐輪場所を探した方がいいんだろうなー。
で,4日間も休んだんだから山のように仕事が積まれているに違いないと思いきや,実は全然ちっとも仕事はなかった。せっかくちょっと早めに会社に来てみたのに。
そういや昼に,会社の引っ越し先を見物に行ってきた。駅の反対側ってほどでもないか,四分の一向こう側といったあたり。今のところから歩いて10分くらい。ただし,歩道橋の効率がよくないんであんまり近いって気がしない。
原チャリ通勤のし易さからいうと,今のところみたいに近所に学校がないぶんだけ,バイク通勤・通学のライバルが減るんで,駐輪スペースには余裕がある。ただし,警察署&駅が近いんで取り締まりの可能性は多少高まるかな。あと,でかい道路ばっかりなんでUターンするのが難しい。
で,部屋自体は今のところよりもかなり広め。同じ2フロア構成だけれども,広さ自体は1.5倍以上あるのかな? しかも今のところとは違って会社用の作りになっているから,机とかを入れるときの効率もいいだろう。一応床下に配線も通せるみたいだし,コンセントも山ほどある。早めに配置とかを決めてしまわないとな。
さてと,今日はひたすら引っ越し準備も兼ねた机周りの片づけでもしてましょうかね。ここ数ヶ月たまっていた紙資料も,今ならばほとんど一気に処分してしまえそうだし。
ついでにもう数ヶ月マシン不調で止まっているマイサーバーマシンも復活させよう。いや,多分いくつか部品がいかれているはずだから,復活させるのは無理か。復活させる準備だけしておこう。
2000年5月31日
■ サスペンドからの復帰中
せっかく原チャリ復活したのに,今日はどうやら雨の模様。行きだけ原チャリにして,帰りは電車で帰ろうかと思ったんだけど,結局素直に行きから電車通勤。
そういや昨日別のソフトウエアDVDプレイヤーを試してみたんだけど,結局それでもある程度再生しているとフリーズしてしまうことが判明。しかし,MP3プレイヤーで音楽を再生し続けていても特に落ちる気配はない。
ということは,DVD-ROMドライブの問題か,それともUDMAドライバの問題か。ネットで拾ってきた新しいドライバに入れ替えても特に改善される気配はなかったんで,後はOSごと別のものを試してみるしかないかなー。
ちなみに借りていたMATRIX/DVDビデオは期限が来て昨日返却してしまったんで,チェック用の適当なDVDビデオを入手しないとならない。でも映画なんかで4000円も出して買って家に置いておきたいものはないんだけどなー。スターウォーズ旧シリーズって,まだDVD化されていないんだっけ? エヴァ映画版もまだ見ていない(っつーか今更見る気あるのか?)けど,買うほどのもんじゃないしなー。
ともかく保証期間が一週間――ということは今週末土曜日までなんだから,それまでにハードウエアに原因があるのかどうかを究明してクレームつけるならつけておかなければならないわけだ。はよせんと。
というわけで,今日もまたどうやら俺の仕事はない模様。
いやー,ときどき無理矢理連休とるってのもいいもんだね。いったん仕事が入り続ける流れを止めてしまうと,休みが明けてもそう簡単には元のペースに復帰しないらしい。中途半端にサスペンドしてしまった仕事は,再起動するのに時間がかかるのか。
昨日はゴミを捨てた段階で力つきてしまった机周りのお片づけを,今日は完遂することを目標にしましょうかね。マイサーバーマシンにぶら下げたまま一緒に死んでいるSCSIカードとかCD-RドライブとかスキャナとかMOドライブとかMIDI音源とかジョイスティックとかをつなぎ直そう。
2000年5月31日
■ 旧型マシンに見る拡張の痕跡
ここ数ヶ月の間死んでいたマイサーバーマシンを引っ張り出して電源を入れてみたところ,予想外にきちんと起動した。問題なくOSも立ち上がる。
が,よく見てみると起動時のメッセージに,「80486DX 66MHz」などという見慣れない文字があった。確かこのマシンにはIDTの200MHzくらいのCPUがささっていたはずだ。見る限りディップスイッチも正常に設定されている。
おそらくマザーボードがいかれてしまったんだろう。今更ATマザーを新しいのに入れ替えて使うってこともないだろうし,これは筐体ごと引退かな。
というわけで,再利用できそうな各種ボードとドライブたちを引っこ抜く作業を始めた。が,古いPCにありがちな,焦げた真っ黒な埃がひどい。まっくろくろすけ並。
それにしても,現在のメインマシンに1年ちょっと前に乗り換えるまで2年くらいメインで使ってきたマシンなだけに,拡張の痕跡がなんともぐちゃぐちゃだった。
接続されていた周辺機器関係は,ハードディスク×4(IDE×2,SCSI×2),MO×2,フロッピー,PCカードスロット,CD-Rドライブ,スキャナ,MIDI音源,ジョイスティック,ISAサウンドカード,SCSIカード,LANカードって感じ。ビデオカードは初代Matrox Millennium/8Mバイトだし。
もちろんハードディスクなんかは,4台全部合わせても今のメインマシンのプライマリーマスター1台に及ばない容量。MOも230Mバイトの方はすぐに読み込みエラーを起こすような代物だし。
一応一通り部品を外してみたけれども,全部のパーツを復活させるのはかなり辛そうなんで,CD-RドライブとMOドライブだけを接続して,残りはまたの機会になんとかすることにした。といいつつ,多分またの機会はないと思うけれども。
で,使い回しの部品たちをメインマシンに接続したところ,MOドライブは素直に使えたんだけれども,CD-Rドライブに関してはWindows 2000での使用は結構面倒くさかった。
どうも各種CD-Rライティングソフトは,Windows 2000への対応状況がそんなによくないみたい。っつーか,会社にある各種CD-Rライティングソフトがみんな,ちょっと古いバージョンなのが問題なのか。
ネットからバージョンアップ差分を落とせばWindows 2000でも動作すると書かれているのにうまく動かなかったり,最悪のやつはバージョンアップ差分を当てる前に再起動するとOSがブートしなくなったりした。
結局まともにCD-Rが焼けるようになるまでには2時間くらいかかってしまった。
そういやマシンを分解したついでに,スクロールボタンが回転しなくなってしまったIntelliMouseも分解掃除してみた。
多分指の脂が詰まって回転しなくなったんだと予想していたんだけど,ばらして石鹸で洗ってみたにもかかわらず,スムーズに回るようにならない。
どうやらスクロール部分をぐりぐり力を入れて回しすぎたせいで,スクロールボタンのゴムが変形してしまい,きれいに回らなくなってしまったというのが真相の模様。となるといくら洗ってもなおんねーよな。
みなさん,スクロールボタンを回すときには,あんまり力入れちゃダメよ。
2000年6月1日
■ エアコンチャレンジ
うー,あぢい。
先週あたりからそろそろ夏っぽい季節になってきて,今日なんかはTシャツ1枚でいてもじんわり汗をかく。一応窓を開けていて,それなりに風が入ってきているのに。
というわけで,ついに今年初エアコンを入れてみた。つっても,家じゃなくて会社ね。
うちの会社の電源事情はあんまりよくなくって,トータルでは一部屋60Aくらいあるのにブレーカーが小分けして設定されているため,いい加減にコンセントを使うとすぐに許容量オーバーになる。
一応それなりに分配して,そう簡単には落ちないようにしてあるんだけれども,子ブレーカー,親ブレーカー,そのまた親ブレーカーと何段階かになっているうちのどこがが突然落ちることは珍しくない。
さらに厳しいのは,部屋ごとに用意されているブレーカーではなく,管理人室にスイッチがある謎のブレーカーが落ちた場合。
どういう理由でかは知らないが,何段階めかのブレーカーのスイッチが管理人室に用意されており,それが落ちると管理人に頼まないと電源が復活しない。
というリスクを負ってでもエアコンを入れたくなる時期が,ついにやってきてしまったわけだ。
ちなみに現在エアコンを入れて10分ほど経つけれども,今のところは大丈夫そう。ただし,レーザープリンターが2台ほど転がっているんで,そいつらの電源が同時に入ったらやばいかも。
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