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2000年10月1日
■ らるるらるすさすしむ
ふと通勤途中に脈絡もなく浮かび上がった呪文たち。
「るらるるらるすさすしむきけりつぬたりりまほしたしなりたりごとし」
「ありおりはべりいまそがり」
「こきくるくるくれこい」
この辺はまあ,なんとなく耳に覚えがある人も多いんではなかろうか。ただ最後のカ変の古文バージョンがいまいち思い出せなくて悔しい。
「こきくくくれこ」
でいいんだったっけ?
「あんしゃんぱおとううーはん」
なぜかこれだけ覚えている地理関連の呪文。ただ,鉄鉱石と石炭どちらの産地だったかは覚えていない。
北海道で小学生だった俺は,北海道十四支庁名なんかも覚えされられたはずだったのだが,今では地元の天気予報で読み上げられていた,十勝・釧路・根室くらいしか覚えていない。
「さいたこすもすこすもすさいた」
「こすもすこすもすさいたさいた」
これは数学関係ではかなり有名だったと思う。高校の数学の先生が自分のオリジナルだと言っていたが,まったく別の地方出身のやつも知っていたから,あの先生はうそつきだったということに決定。
「ほうしんいちにちえいどう」
「じょうじょうじにちりんそう」
これは多分誰も知るまい。っつーか,別に語呂合わせでもなんでもない。単に俺がそうやって覚えただけのもの。鎌倉仏教の宗派と開祖名。
「すいへーりーべぼくのふねそーまがるしっぷすくらーく」
この覚え方の「そー」がものすごく納得いかなかった。っつーか「そー」→「ソーダ」→「ナトリウム」と連想しろというのは,かなり無理があるんじゃなかろうか。「ソーダ」=「ナトリウム」とわかる人間はどれだけいるんだ?
ちなみにこの「そー」は何かと訪ねたら,船乗りのかけ声だと聞かされた。そこでなるほどかけ声かと覚え込んでいたのだが,実際のテストのときに「えーっと,かけ声だから……“やー”だったかな? ってことはYa? そんな元素あったっけ?」などと役に立たなかった記憶がある。
あと縦方向の覚え方としては,
「へんなねえちゃんあるくらやみでせっくすらんぱつ」
なんてのもあったね。ものすごく絵づらが鮮明に思い浮かぶ文章なんだけど,「せっくすらんぱつ」ってところがある意味こどもっぽいかも。
なーんて,休日出勤のうさをはらすために現実逃避しているのでした。
ちなみに今日俺が行けなかったうちのチームの今シーズン初戦は,劇的なサヨナラ勝ちをおさめたそうな。で,俺はそのころ何もすることはなく,ただただ仕事先からの連絡をまってぼーっとしていたそうな。
結局今日初めての連絡が来たのは夕方。こんなことなら,野球に行っても大丈夫だったのに。いらいらいらいら……。
2000年10月2日
■ どかんと延期してくれ
どうせ延期するならどかんと延期してくれればいいのに。小刻みに数時間ずつ延期していったんじゃ,
帰れんじゃないかぁぁぁぁぁっ!
寝れんじゃないかぁぁぁぁぁっ!
まあそういうわけで,最近どんなにやばそうな状況でも一応朝には家に帰っていたのだけれども,さすがに今日は帰っている暇はなかったのでした。
でも相変わらず俺はひたすら待ち続けるしかない状況にあるので,1時間に数本ずつやってくるメールに返事を書く以外の時間は,特にすることがなかったりする。
暇だ暇だっつーことで,昨夜はひたすら「からくりサーカス」を読み,「主婦、日常を振り返る。」の過去ログを読み,その途中で力つきて床に転がって寝たのでした。
そういや,寝る前にそこらへんに転がっていた短パンに着替えて寝たら,床寝とは思えないほど心地よい睡眠をとることが出来た。もしかしたら床寝で一番大切なことは,広い場所ややわらかく暖かい場所ではなく,寝やすい服装なのかもしれない。
というわけで,いろいろ無駄な気苦労を費やした甲斐あって,ようやく俺の担当分の作業は一通り終わった模様。ちなみに,ここまでの文章はだいたい三,四行ごとに数時間の間が空いています。
あとはただひたすら,すぐに直せないようなバグが俺の作った部分に発見されないことを祈りつつ,その他の部門の作業が一通り終わり,無事離陸してしまうのを待つのみ。
でもまあ,離陸したら離陸したで,その他いろいろな問題が起こる可能性は少なくないんでしょうねー。そこから先に起こるような問題は,俺の責任の管轄外であることは間違いないけど。
さて,あとは離陸の決断が下るのを「シュレディンガーの猫は元気か」でも読みながら待ちましょうかね。あるいは勇気を持って家に帰ってみようかな。最後の作業は別に家からでも出来そうだし。
2000年10月3日
■ 厨房の同類嫌悪
2ch文化圏などで,やたらと他人のことを「厨房」「消防」などと呼びたがるやつに限って,端から見ていると(精神的)厨房度が高い気がするのです。やっぱあれですか,同類嫌悪であるにも関わらず,自分のことは全然見えていないってやつですか。
せめて時が経ってそういう愚か“だった”自分に気がつくことができるといいですね。愚か“である”自分には決して気づくことが出来ないでしょうから。
ちなみにわざわざ(精神的)などとつけたのは,どうも彼らが自信満々に他人を「厨房」呼ばわりする論拠は,単に自分が年齢的には「厨房」と呼ばれる域ではない,というだけのことではないかと思っているため。別に悪口としての「厨房」って実年齢の問題ではないと思うのだけど。
なんにしろ,バカが自らのバカを省みずに,他人をバカにしているところを見るのは,完全に他人事だとしても不愉快なのです。でもそこで無関係者が「っつーかおまえがバカ」とかいうことの不毛さは承知しているから,一人でむかついているだけだけど。
2000年10月3日
■ アンドゥしただけで落ちる
昨日まで地獄にはまっていたお仕事は結局再延期になったらしいけど,なぜかスケジュール関連の連絡が来ません。ともかく俺の分はほぼ終わっているので,もう何か連絡がこない限りはその存在を気にかけるのはやめて,新しい仕事に取りかかってしまいましょう。
でも次の仕事のために久しぶりに触った某開発環境は,相変わらずいやな感じだなー。理由不明の不具合が多いし。っつーか,テキストエディタ部のアンドゥしただけで落ちるって,いったいどういうメモリ管理をしているんだ?
2000年10月3日
■ 今日の物欲
そういやこの間もらったお小遣いで,デジカメを買おうかと思うのです。今までVGAなデジカメ2台を渡り歩いてきたわけですが,今度はちょっとだけいいやつを。今から買うなら300万画素光学ズームつきなやつですね。
まあほんとのこだわり派は200万画素大型CCD機の方がいいとかいうんでしょうけど,わたしゃやっぱり最後には数値を信じるっす。っつーか,CCDの単位面積を削った300万画素機では,1画素あたりの光量が落ちるから,PC上で72dpiで見たときに汚いっつーのはわかるんですけど,双方を同じサイズにリサイズしてみたときには,結局どっちがきれいなんでしょう?
単に300万画素機は200万画素機の1.5倍分はきれいじゃないっつーだけの話なんじゃないの? いやもちろん,部分的に200万画素大型CCD機の方が勝る部分があるっつーのはあるだろうけど。画質ってのを総合的にみたら結局どうなんよ?
話がずいぶんそれたんで元に戻しますと,300万画素光学ズーム付きなやつも,今では結構いろいろ出ているわけです。
で,いろいろ迷ったあげく,ひとまずコンパクトフラッシュ採用機から選ぶことに決めました。各機種のさまざまな機能/性能から総合的に選ぼうとすると,比較ポイントが多すぎてわけわかめになってしまうんで,まず採用メディアの好みでばっさり切ってしまったわけです。スマートメディアは壊れやすそうで嫌いだし,メモリスティックに行ったらソニー教から抜け出せなくなる気がするし。
で,コンパクトフラッシュ勢の中で最後に残ったのは,コダック DC4800 Zoomとニコン COOLPIX990の2機種。今のところしろーとでもなんとなく扱いやすい割には,機能/性能ともにいい感じのDC4800 Zoomが優勢。多分俺なんかだとCOOLPIX990のいいといわれている部分は,使いこなさないだろうし。
多分今日飯を食いに行ったついでに,ビックカメラあたりで買ってきちゃいそうですよ。
2000年10月3日
■ 今日のスカパー
ああ,そういえば昨日家に帰ったらスカパーが本契約モードで復活していました。んで,早速今まで出来なかったAVマウスを使った予約録画にチャレンジ。
うちのダブルデッキでは,どっちのデッキに録画するかを決めてあらかじめそっち側をアクティブにしておかなければならないっつーのが,ちょっといやだったけど,それ以外はなかなか便利そう。
ちなみにAVマウスさんを説明書通りビデオデッキのリモコン受光部そばに貼り付けるのはいやだったんで,今はリモコン受光部の近くになんとなくぶら下げてあります。まあそれでもちゃんと認識されているっぽい。
あとは,スカパーの番組表雑誌を買ってこないとな。EPGなんかじゃチェックしきれないし,Web上の番組表も見にくくて使えねーや。結局定期購読する羽目になるのかな?
2000年10月5日
■ 「Boys Be...」のアニメ
昨日は会社をお休み。先週末は忙しかったし,今週末も忙しくなりそうな気配を漂わせているんで,今のうちに休んでおこうかな,ということで。
11時間くらい爆睡して疲れを完全にとってから,昼過ぎに港北方面へ赤ちゃん関連グッズのお買い物に出かけた。
行きは奥さんの運転で行ったのだが,やはりペーパー歴10年クラスともなると,その緊張感は単なる初心者以上のもの。でも,自力で運転して平日昼に買い物に出かけられるようになると,ずいぶんいろいろ楽になると思うんだけど。
ごちゃごちゃいろいろ買って,帰りは俺の運転で帰宅。余裕があれば身代わり不動にお参りしてから帰ろうと思ったんだけど,帰りにそのあたりにたどり着いたのはすでに17時過ぎだったんで,もちろんしまっていた。受付は16時までだそうだ(メモ書き)。
そういえば,昨日スカパーを見ていたら,あの「Boys Be...」のアニメが始まるというCMをやっていた。週刊マガジンでやっているあの恥ずかしいお子さま恋愛マンガね。
で,その紹介ナレーションを聞くとはなしに聞いていたところ,俺の耳には「あの人気コメディ,Boys Beが登場!」と聞こえたんだけど,そうだったんか? いや,確かにある意味お笑いではあるんだけど,制作者もあれを人を笑わせるために作っていたのか? そうなんか? そうなんか?
2000年10月5日
■ AFiNA Style
そういやしまふくくんところ経由で存在を知ったソーテックの新しいPC「AFiNA Style」。ちょうど最近奥さんのPC(Pentium-150MHzの頃のMebius)の調子が悪いところだったんで,それを見た奥さんは,一瞬迷った後すぐにそのままオンラインで予約していた。
確かにいかすPCだよなー。俺もミニタワーなマシンを買っていなかったら,多分すごくほしがっていただろう。ただ,最近のソーテックPCは不良品率が高いようだし,しかも保証の範囲外のハードディスク不良も頻発しているらしいし,そのあたりが不安だ。
むかーしまだソーテックがほとんどその名を知られていなかった頃のノートPCを使っていたことがあるんだけど,そのころは結構質実剛健ないい感じのメーカーだったんだけどなー。まあ今回のマシンはその辺改善されていることを祈ろう。
ちなみに出荷は11月末から開始ということだそうな。2ヶ月後にはほかに対抗PCが出ているかなー。
ああ,肝心なことを忘れていた。結局火曜日はあれから飯を食いに行くついでに,新しいデジカメを買ってきちゃいました。結局予定通りコダックのDC4800 Zoom。
ビックカメラのポイントが,スカパーのキャッシュバック分をあわせて1万5千円くらい貯まっていたんで,それを使って7万円ちょっとだった。そういや珍しく保証もつけたな。800円の1年間全損保証。
サービスのつもりなのか店員のミスなのかは知らないけど,16MバイトのCFカードが2枚ついてきた。本来付属しているはずの1枚に加えて,販促用非売品って書かれた箱入りのものがもう1枚。まあありがたくいただいておこう。
まだほとんど使っていないけど,300万画素機はノイズが多いっつーのはそれなりに実感できた。200万画素大型CCD機と比べて,同サイズで印刷したときなんかにはどっちがきれいなのかわからないけど,確かにドット単位で見たときにはあまりにもノイズが目立つなー。特にちょっとでも暗いところだとすごいことになる。
光量が十分ある環境が整ったところで撮影するのならば,もちろん300万画素機の方がきれいだけれども,ちょっとでも撮影環境が悪くなると,200万画素大型CCD機よりも画質が悪くなるって感じなのかな。
俺なんかは多分撮影環境がいいところよりも悪いところで撮影する機会の方が多そうだし,そういう人間にとっては確かに200万画素大型CCD機の方がいいのかも。ちゃんとライティングとかして撮影するような用途ならば,単純に高画素CCD機の方がいいだろうけどね。
2000年10月12日
■ サイト大改造
そういやずいぶん更新してませんねー。
前にも書きましたが,来年頭からのサイト完全リニューアルを考えているのです。その際には,このサイト全体をプログラムで管理できる形にするつもりなのです。そしてそのサイト管理プログラムの背後では,あらゆるテキストデータを家のPC/会社のPC/Webの3カ所で同期管理するシステムを動かすつもりなのです。今のところWindows上で動作するクライアントプログラムの半分くらいができあがったところです。ただ,そっちではデータ管理にDBを使っちゃっているため,Webとのデータ交換をどうするか(WebでもDBサーバを使うか)が確定していないのです。そして,それを作っている間は,現在の低レベルなシステムを使ってWebを更新する気になれないのです。
まあそのほかにもいくつか理由があるのですが,主に上記の理由で最近更新が滞っているのです。
でも日記とかはともかく時事ネタ系(主にF1)は更新しておかないとなー。特に鈴鹿の内容がわたしの頭とビデオテープから消え失せる前に。
それにしても,ReadMe JAPANを見る限りは,うちは更新しようがしまいがアクセス数はかわんないらしい。ほとんどがブックマークやリンクなどからたどってきた人たちなのでしょう。
思わず,あと何日くらい更新せずに放置しておいたら,人がこなくなる(=ブックマークやリンクから削除する)のか観察してみたい衝動に駆られたのですが,わざわざ有意な情報として解析する根性もないのでやめておきましょう。
2000年10月12日
■ 今日のURL
暇つぶしのテキストが減るのはいやだという方なんかは,2chのこのスレッドなんかが読み応えありますよ。上記リンクは最初のスレッドで,今はもう2,3,4,5,6,7,8までたどり着いています。
2000年10月12日
■ 脳内2chスレッド
ああ,そういえば最近のマイブームとして,脳内2chスレッド作りというものがあるのです。内容は単純に,自分の頭の中だけで,いかにもありそうな2chスレッドを作ってみること。
まず第1段階としては,どういうスレッドを立てるか考えることです。しごくまっとうな意見・ネタふりから,いかにも叩かれそうな暴論まで,さまざまなパターンがあります。ここでそのスレッドがどのように成長するかが決まってきます。
1さんをどうするかが決まったら,後はネタがつきるまでさまざまなレスをつけていくわけです。同意・異論・反論・ネタ振り・煽り・自作自演・コピペ・モナーなどなど,2chらしいさまざまなパターンを網羅していくのがポイント。微妙なタイミングの悪さを演出してみたりするのもよろしいでしょう。板落ち系イベントなんかももちろん完備。
そうやって2ch的キャラクターってものを抽象化してみると,あれだけたくさんの人間が参加しているにもかかわらず,その個性ってものはある程度パターン化できるものなのだなーと思ったりするわけです。書き込みに現れない部分においてはもっとさまざまな個性があるはずなのに,2ch的書き込みに現れる個性はさほど多様化されていない。思考を端的なテキストに変換する際の言語的な制約が原因なのでしょうか?
実は2chには十数人くらいしか参加していないってオチもありでしょう。「2chには」ではなく,「インターネットには」だったらさらに良し。インターネット上に存在するあなた以外の大多数の人間は,実はごくごく少数の人々が演じているだけの木偶なのです。って,それじゃー某姫のようだ。
2000年10月18日
■ 新二子橋にシャベル
朝のミルクを飲んだ後,赤ちゃんがわめき続けていたので,早起き@6:30頃。
ついでにゴミ捨てをしてから,朝飯を食べつつ,スカパーで録画しておいた「機動戦士ガンダム第08MS小隊」の1話と2話を見る。ガンダムシリーズの中ではかなりよくできた方っぽいなー。初代ガンダムの時代の話なのに,やたら絵がきれいなのに違和感があるけど。
その後赤ちゃんが寝てしまったので,こっちも二度寝。11時にもう一度起きて,そのまま会社へ。今日はやたらと風が強い。埃が舞って,原チャリ通勤だと目にゴミが入る。
しかも,途中新二子橋にシャベルが一個落ちていて,俺の前を走っていた車が思いっきり踏んでいた。下手するとパンクする車が出るんじゃないか? でも,交通量が多いところだから,通りすがりの人がのんびりどかしている余裕もないだろう。
2000年10月19日
■ マルタイの棒ラーメン
最近中途半端に寒くてなかなか寝付けない。今までのように毛布一枚では寒いんだけど,かといってまだ布団を掛けると暑苦しくなりすぎる。
布団を掛けたりはいだりしながら,ずいぶん長い間半睡状態でごろごろしているうちに,気がつくと朝になっていた。というのが,今朝の目覚め。全然寝た気がしない。でも,気がついたら赤ちゃんが隣に寝ていてだぁーだぁーわめいていたので,あきらめて起きた。
朝パンを食べながらスカパーで「キテレツ大百科」を見ていたら,親が夜中にこっそり家を抜け出しておいしい屋台のラーメン屋さんにラーメンを食べにいって……という話をやっていた。無性にラーメンが食べたくなったので,追加マルタイの棒ラーメン九州味。
マルタイの棒ラーメンはいい。ふつうのインスタントラーメン一食分のお値段で,二食分入ってくる。しかも,ちりちり麺じゃないから置き場所もかさばらない。味も悪くない。九州味じゃないのもあるけど,やっぱ買うなら九州味の方だよね。
2000年10月19日
■ サイト仕様変更のお知らせ
というわけで,サイト改造の結果いろいろ仕様が変わっています。
まず,最新日記のURLがこちらに変わりました。ただし,このURLは「日記っぽい日記」と称する,いわゆる世の中一般的な“日記”的な内容のもののみを掲載したページとする予定です。
従来の「いしなお@最新日記」に相当するページは,こちらになります。こちらには,F1関連/Webウォッチその他もろもろすべての最新更新情報が掲載されます。といっても,まだ日記以外のコンテンツはまともに稼働していませんが。
従来のHTMLファイル形式の過去ログは,そのうちすべて撤去されます。
ある程度以上アクセス数が多いページに関しては,「新しいシステム上の同等のコンテンツへURL転送をかける」あるいは「新しいシステムで,同名のHTMLファイルを生成する」といった対処をとりますが,基本的には過去ログは削除されてしまうと考えてください。
ちなみに,今のところ過去ログを地道に新システム上のデータとして移行していくつもりです。ただし,手作業での移行はかなり面倒くさいので,途中でいやになったら放り出してしまうかもしれません。
新しいシステムでは,一つ一つのコンテンツを独立したデータとして保管しています。タイトルの頭に■リンクが用意されている場合,それがそのコンテンツ単独ページへのリンクとなります。
BBSについては,ひとまず従来型のBBSを稼働させていますが,そのうち新システムに対応した新しいBBSに差し替える予定です。ただし,まだ新システム本体が完成していない状態で,BBSについてはシステムデザインすらまったく行っていませんので,いつになることやら……。
何か不具合等見つけた場合は,メールかBBSでお知らせください。
2000年10月19日
■ 土曜日は野球
そういえば,この土曜日からついに健康保険組合の野球大会が始まるのです。
しかし,思いっきりあてにしていた二子玉周辺の若者たちは,予想外にたった二人しか参加できず,うちのピッチャーの一人であるt-seiji君は交通事故(バイクに乗っていて停車中に,後ろから車に衝突されてすっ飛んだ)に遭い,事故の規模の割には幸いほとんど無傷ですんだものの,背中を打っているのであまり無理はできず,さらに現在参加予定者はぎりぎりの9人しか集まっていません。
しかし,おそらくこの土曜日を勝ちさえすれば,それ以降の日程ではそれなりの面子を揃えることができるでしょう。うちのチームは年に1度のこの大会にしか参加しません。この唯一のチャンスに,少しでも多く試合ができるようがんばりましょう。
2000年10月20日
■ 一日二食の生活
空一面どんよりと曇っている。湿り気を帯びた空気。
今にも雨が降り出しそうな中,原チャリで出勤。会社にたどり着く直前にぱらぱらと雨が落ち始めたが,なんとかほとんど濡れないうちに会社までたどり着いた。でも,帰りは原チャリだと厳しそうだな。
それよりも,明日の野球がどうなるか気になる。今のところ明日の天気予報は晴れになっているみたいだけれど。
そういえば,最近一日二食の生活を続けている。朝(から昼にかけて)軽めの朝食を食べて会社に行き,会社で缶コーヒーを1,2本飲み,夜日付が変わる頃に家に帰って夕飯というペース。
会社から外に出て飯を食いに行くのが面倒くさかったので,数日連続で昼(夕方)飯を抜いていたところ,そのうち胃が小さくなってきたのか,そういうペースが自然になってしまった。
だいたい17時頃に一度腹が減るピークがくるが,そこで目先のやるべき作業に没頭していると,その後は帰る時間(23時頃)までほとんど空腹を感じないで済む。
最近微妙に体重が増える傾向にあったので,この生活をしばらく続けるとちょうどいいかもしれない。
2000年10月21日
■ 野球大会初戦
今日は某野球大会の我がチーム初戦だった。
もともとぎりぎりの9人しかメンバーが集まらず,そのうち一人が朝の段階でどたキャンになったため,急遽助っ人をかき集めなければならないという波乱の幕開け。
さらには車で現地に向かった6人が,首都高の渋滞にはまってしまったため,あとちょっとで棄権しなければならないぎりぎりの時間になって,ようやくメンバーが9人そろった。しかもそのうち一人はひとまず数あわせの女の子。ちょっと遅れて助っ人二人が到着したので,早々に交代したけど。
もともと先発予定だった俺は,到着時間がぎりぎりでしかもメンバー表などを作らなければならなかったため,試合開始前にはまったく練習ができなかった。一応じゃんけんで勝って先攻を選ぶことができたので,1回表の攻撃中にできるだけキャッチボールしたのだが,それでは全然肩ができあがらない。
せっかくアオキさんの先頭打者ホームランで先制したのだが,肩ができていないのではしかたないので,1回裏の最初の数人はピッチング練習用に捨てることにした。フォアボールを連発しながら,3人くらいに投げたところでようやく肩がそこそこできてきたのだが,結局守備の乱れもあって初回から2点献上してしまった。
その後は比較的しまった展開。2回に1点,4回に1点取られたものの,ピッチングの乱れも守備の乱れも我がチームにしては珍しく少なかった。しかし,打線はいまいち。初回の1点のあとは,2,3,4回と0点に抑えられてしまう。
しかし,5回表に最初の打線の爆発が来た。助っ人軍団を中心にまず3点とって同点に追いつく。その裏は相手を0点に抑えると,6回表には2点を取って逆転。2点差をつけて時間切れで最終回となる6回裏を迎えた。
コントロールが珍しく乱れず球数少な目で投げることができていた俺は,一応まだかすかに余力が残っていたので,6回の裏も一応投げることにした。
けれども,ちょっと限界が見え始めていたので,少しでもやばくなったらすぐに次のピッチャーに代わる覚悟をしておいてもらってから,最後の余力を使ってピッチング。ストレートはちょっとお辞儀して,今までは低めいっぱいだったものがボールになるし,握力に不安があるからカーブを投げるわけにもいかない。
結局,比較的単調になったところを相手のクリーンナップにがつんといかれてしまった。ランナーを1人おいたところで,4番にレフトオーバーのライナーを打たれてしまう。しかし,外野の連携がよく,なんとかホームランにされずにすんだ。それでも1点献上して,点差は1点。
しかし,なんとか次のバッターをピッチャーゴロに討ち取り,ゲームセットとなった。
最後のピッチャーゴロが,俺が4回にファーストへ悪送球して1点献上してしまった当たりとあまりに似ていたため,後ろで見ていた誰もがピッチャーゴロになってもまったく安心できなかったそうだ。まあそうだろう。当の俺が一番安心できなかったのだから。
ともかく初戦勝利。トーナメントの次の試合は,次の土曜日朝早い時間となる。もしそれに勝てたら次は日曜日と連戦。相変わらずメンバーがそろわない感じで,今後の雲行きも怪しい。
それにしても今回は,俺にとってはものすごくいろいろな収穫のある試合となった。
高校生の頃は毎日100球以上投げても体力的には大丈夫だった(けれども,肘を壊した)イメージがまだ残っているため,俺は野球の試合の日にも,試合の前,合間にやたらと投げ込みたがる。それは,普段野球の練習をほとんどできないため,試合の日も貴重な練習日と考えてしまうからでもある。
しかし,あの頃と比べると今は圧倒的に体力が落ちている。無茶投げすればその分きっちり体力は消耗してしまう。また,肩の余力が残っていたとしても,握力や微妙な指先の感覚は急速に鈍っていく。つまりコントロールが悪くなる。
というわけで,試合当日には肩を作る&冷やさないための最低限の練習しかしないようにすれば,1試合分くらいはそこそこ安定して投げ続けることができるらしい。
肩を作っておくために,試合前に疲れない程度に投げ込んでおく必要はもちろんある。俺の場合は2,30球は必要そうだ。最初に20球ほど軽いキャッチボールしてからちょっと休み,その後に速めの球を10球ほど投げ込むといいようだ。
速い球はそれ以上投げると疲れが残るので,いくら調子がよくてもそれ以上投げない方がいい。
あと変化球については,練習では調子を試してみる程度に投げるだけで,練習代わりに投げ込んではいけない。握力の消耗は早いので,変化球の微調整をしようと投げ込むと,せっかく調整ができても試合中に投げられる球数が大きく減ってしまう。
あと,いつも自分のチームの攻撃の間に休んでいると,次の回のピッチングの調子が怪しくなってしまう。主に肩が冷えてしまうことが理由だが,だからといって攻撃中にキャッチボールをやっていると,体力の消耗が大きくなりすぎる。
その回避方法としては,回が始まる前の投球練習数球のときに,多少肩が冷えていても無理矢理全力投球するのがいいようだ。攻撃中にきっちり休んで肩が冷えてしまっていても,その数球を全力投球するだけで一気に肩が暖まる。
すでに一度できあがった肩なのだから,多少冷えても無理が利くのだろう。休んで一度冷えた肩だからと気づかって,投球練習を軽めに済ませてしまうと,バッターが打席に立ったときにもまだ違和感が残った状態になってしまいがちだ。
2000年10月22日
■ 首都高は大変
昨日の野球の試合のあとは大変だった。
まず試合の打ち上げで焼き肉屋へ。せっかくただ飯だったのになんだかほとんど食べられないままに終了。
その後電車組を最寄り駅に送ってから,車でいったん帰宅。帰路は,疲れがたまっている状態で一人で首都高渋滞にはまって結構つらかったが,なんとか無事家にたどりついた。
それから,車で友達を拾いに行って,家で鍋。実はこの野球大会に出るために,高校の頃からの友達&野球仲間がわざわざ岩手から出てきていたのだ。
てっきり,たまたまこっちに遊びに来るタイミングで試合があるからついでに出るというのかと思ったら,ほかに特に用事はないらしく,別の友達のところに一泊してから,日曜日にはすぐに岩手に帰るという。
どうも俺の友達には,こういう愚か者が多い気がする。
そういや去年のゴールデンウィークは,同じ友達が岩手から遊びに来ていたのを,某しまふくくんと二人で,車で岩手まで送っていったっけ。しかも日帰り。しかも大雨。あれはバカだったなー。
でまあ,うちで鍋をやってだらだらして,そろそろ日が変わる時間になって,バッティングセンターに行こうなどと言い出すバカが一人。しかも,その辺のバッティングセンターではなく市川の大慶園。東京横断してまでバッティングセンター行くんすか?
しかし,それを止める人間がいないところが,類は友を呼ぶといわれる所以。首都高を使って一気に大慶園までたどり着き,誰も彼もが昼の野球の試合でぼろぼろの体をおして無理にバッティングをし,性も根も尽き果てた状態で帰路に就く。
帰路の首都高は大変だった。あちらこちらで工事が行われていたのだが,その表示がものすごくわかりにくい。
「2km先に工事があるから右に寄れ」などという標識があるので右に寄っておくと,1kmほど先の右側にちょっとした工事区間があり,「あれ? 右と左を間違えていたのかな」と思うとそれから1kmほど先の左側に,どうやら標識が言っていたものらしい工事区間がある,といった具合。そういうのが複数カ所ある。
比較的ゆっくり走っていた俺ですら,かなり混乱してしまったのだから,首都高爆走野郎どもにとってはもうひどい状態だったのだろう。その後しばらく走っているうちに,工事区間の隙間隙間で壁に刺さっている車や,追突した車などがわらわら止まっていた。全部で7台くらいいたんじゃないか。半分くらいがいかにも走りそうな車たち。
その後途中で首都高が封鎖されていたため,下道で帰宅。家に帰り着いたのは4:00頃だったかな。さらには今朝まだ早い時間に,俺の車に今日岩手に帰る友達の忘れ物があることが判明し,それを届けに行ったついでに渋谷まで送っていって,それから帰って寝ていたら,スカパーのF1マレーシアGP決勝が放送時刻変更のため録画されていないと奥さんに知らされ,仕方なくリアルタイムでF1決勝が終わるまで見て,それから日本シリーズを見ている途中で,これを書いているところ。
それにしてもやっぱり長嶋監督って,単なる障害物だよなー。あの人は実権のある地位にはつけず,名誉監督みたいなお飾りの名前だけの地位につけて,それを金と話題集めの広告塔として使って,実権はもうちょっとまともな頭がある人が握った方がいいと思う。
2000年10月23日
■ 非バリアフリー度
筋肉痛は,予想したほどひどくはなかった。足全体と右肩が重いかな,程度。
しかし,なぜか今朝起きたら,昨日はなかった右膝の痛みがあった。それも結構重症。右足を少しでも曲げると痛む。平地を歩くのはさほど問題ないが,階段の上り下りではかなり不自然なびっこになってしまう。
せめて会社の往復が原チャリだったら負担も少ないのだが,そういや金曜日の帰りが雨だったんで,会社に原チャリを起きっぱなしだったんだ。しかも,外は雨。というので久しぶりに電車で通勤。渋谷駅は階段が多いなー。
前に背筋をやっちゃって車椅子で病院に行ったときには,道路工事の乱発によるアスファルトの荒れがものすごく負担だった覚えがある。怪我をして初めてわかる,世の中の非バリアフリー度。
渋谷駅に比べれば,新宿駅はもうちょっとエスカレーターが多かった気がするなー。っつーか,渋谷駅の構造脈絡なさ過ぎ。一回全部取り壊してきれいに作り直してくれ。
2000年10月23日
■ 期限がきついお仕事
今日は,なんだか異常に期限がきついお仕事が舞い込んできてしまった。通常ならば納期一ヶ月くらいみてもいいような内容を,一週間で仕上げろ的な依頼。
こういうのって,発注する側が仕事の内容を把握していないから起こるんだろうか? それとも,無理なのはわかっているけれども,一応言ってみているつもりなんだろうか? 俺だったら無茶な納期が結局ずるずる延長されていくよりは,ちゃんとしたスケジュールをはじめから立てる方を選ぶけどなー。
先月も似たような無茶な話を持ってきて,結局全体としてどうにもならなくなって,最終的には一ヶ月近く完成が遅れたところからの話だから,まあそういう体質のところなんだろうなーと,ある意味納得はできる。
ただ,そんな納期を切るくらいだったら,せめて仕様だけはそれなりにフィックスさせておいてほしい。日本語としても曖昧なレベルの漠然とした要求と,実際にプログラムを組むのに必要な仕様との間は,ひじょーに大きな差があるんだから。
まあ,漠然とした要求から仕様を設定してプログラムを作るのも,単独で開発するんだったら不可能ではない。けれども,クライアントとサーバを別のところで開発する場合には,そんな漠然とした要求だけじゃー,開発に入る以前の打ち合わせだけで一ヶ月くらいかかってしまいそうだよ。
2000年10月24日
■ 体感温度-5度
今日は,昨日とはうってかわってとてもいい天気。家の中で窓のそばにいると,その日差しの暑さは真夏のよう。
なんて,思わず上着を着ずに原チャリ通勤にチャレンジしたら,外に出て一分で後悔した。げ,やっぱ風は冷てーや。もう秋だよ秋。
そろそろ冬用の上着も用意しておかないと。バイカーの体感温度は普通の人の-5度くらいだからね。
うーん,まだ右膝が痛い。全然治る気配がない。週末までに治るんだろうか?
どうも,負担をかけないようにそっと行動していたんじゃ治りが遅そうだから,今日あたりからわざと負荷をかけて刺激してみることにしよう。
なんとなく,柔軟性が足りない状態で運動したせいで,膝裏の筋が縮んじゃっているような気がする。痛くてもわざと使って筋をのばした方が治りが早そうだ。
2000年10月24日
■ 今日の赤ちゃん 離乳食
4ヶ月を突破した赤ちゃんは,そろそろ離乳食が始まっている。
この間初重湯にチャレンジしたときには,口に入れたそばからだらだらと垂れ流している状態だったが,今朝チャレンジしたところ八割方飲み込んでいたようだった。
もうここ一週間くらい,気がつくと涎を流している状態だったから,体の準備はすでにできているんだろう。
そういやそろそろ,ほとんど首もすわったと言ってもいいレベルに達したようだ。
直接うつぶせにするのはちょっときつそうだが,胸のあたりにちょっとしたクッションを入れてやれば,ずっと首をあげていられる。仰向けに寝た状態から手を持って引き起こしても,完全に頭がついてくるようになった。
もっと完全に首がすわってしまえば,持ち運びもいろいろ楽になりそうだ。B型ベビーカーにも乗り換えられるし,そうなるとわざわざ自前のベビーカーを持ち歩かなくても,デパートなんかで貸し出しているベビーカーで済むようになる。
たぶんあと一ヶ月もすればそのレベルに達するんじゃないかな。
追記)奥さんからつっこみが入ったので訂正しておくと,今の状態はまだ「離乳食を始める準備を始めている」状態なんだそうだ。ミルク以外のものを口にする練習として,重湯を日に一度ほんの少量口に含ませているだけなんだと。
2000年10月25日
■ SDSL短期間体験
どんよりとした曇り空。なんかちょっと靄がかかって,あたりの風景が白く霞んでいる。ってな空の下を原チャリで出社。途中ちょっと雨まで降ってきた。
そういえば今日は会社にDSLが引かれる日だった。ADSLじゃなくてSDSLの方。
業者の人がセットアップ作業をしていたんだけど,なにやらいろいろトラブっていた。話によると,まだSDSLモデムの品質が不安定で,不良品率が異様に高いらしい。
今のところはまだ,そこそこ実績があってこなれているADSLの方が安定しているとか。規格としての将来性はSDSLの方がいいらしいんだけど。
でも,ごちゃごちゃテストをしているうちに無事つながったということで,去っていった。
新しいDSL回線を会社の従来ネットワークに接続する手段はまだ用意されていないので,仕方なく従来ネットワークに接続していたLinuxマシンを1台外し,DSLモデムの方に接続してみた。うわー,はえー。たのしー。動画がばりばりうごくー。
でもLinuxマシンの方ではサウンドカードも動いていないし,アプリケーションもほとんど入っていない。どうせならWindowsマシンの方で遊びたいなー。
というわけで,試しにそこら辺に転がっていたLANカードをさして,Windows MeをLAN2枚差しで使ってみることにする。
ごそごそ。うーん,やっぱ素直には動かないか。routeコマンドを駆使してルーティングをうまく設定すれば何とかなるかな?
などと遊んでいられたのもつかの間,いつの間にかごくふつうに接続していたLinuxマシンの方からも,インターネットに接続できなくなっていた。よく見ると,DSLモデムのランプの点灯状況が,正常動作していたときとちょっと違う。電源をオン/オフしても全然つながる様子を見せない。
結局その後今に至るまで,SDSLモデムは死んだまま。高速体験は10分ちょっとしかできなかったなー。それにしても,本当にSDSLって大丈夫なのか? そのうち今のネットワークから完全に乗り換える予定なのに。
2000年10月26日
■ 祖父の思いで
今朝7時を回った頃に家の電話が鳴った。
もともと家の電話にかけてくる人間にはほとんどあてがなく,しかもこんな早い時間となると見当もつかない。脳味噌が目覚めるまで数回コールを聞き流してから,おもむろに起きあがり受話器を取った。
川崎に住む姉からの電話だった。秋田で入院生活を送っていた母方の祖父が,今朝亡くなったという。詳しくはあとで連絡するということになり,ひとまず電話を切った。
母方の祖父とは,もう十年ほど会っていない。昔秋田に住んでいた頃は,よく遊びに行ったものだ。しかし,大学生になって久しぶりに祖父母の家に遊びに行ったとき,祖父の呆けはもう始まっていた。
おそらく私が行くと聞いて出迎えようとしていたのだろう。薄れかけた記憶を頼りに,私が祖父母の家までなんとかたどり着くと,祖父は玄関の前に立っていた。
しかし,私が門をくぐりながら「こんにちは」と声をかけても,祖父の表情は動かなかった。「どちら様ですか?」と小さく問う声が聞こえた。「直人です」と答えても要領の得ない表情のまま,「どちら様ですか?」と繰り返した。
「最近おじいちゃんが呆け始めていて」と電話で言っていた母の言葉を思い出した。私は困ったなーと頭をかきながら,祖父の横をすり抜け呼び鈴を押した。祖母と先にきていた家族たちが出迎えてくれた。
振り返ると,祖父はまだ祖父の記憶の中にある私のことを出迎えるために,玄関先に立って道路を眺めていた。
それが祖父と会った最後の記憶だ。
その後祖父は入院してしまったし,私は実家のある岩手にも滅多に帰らなくなってしまったため,ましてや秋田に寄ることはなかった。
子供の頃にさんざん世話になった割には,最後はほとんど連絡もせず不義理を重ねてしまった気がする。最後の,お別れの挨拶をしに行って来なければ。
というわけで,もしかしたら今日,それほど急がなければ明日にでも秋田に行って来ます。仕事はともかくとして,土曜日の野球に出られないのは結構大変かも。私なしで勝ち進んでくれれば,日曜日には出られるかもしれないけど。
2000年10月30日
■ 風邪ひいた
無事秋田行から戻ってきたのですが,どうやら風邪をひいてしまったみたいです。喉が痛くて頭が重く,ちょっと熱っぽい。
金土日と休んでいた間にたまった仕事に一通り目処をつけたら,今日はとっとと帰って暖かくして寝よう。週末の話については後日暇を見つけて追加します。
2000年10月31日
■ 秋田行
というわけで,先週末の秋田行について。
最初は俺一人新幹線で行こうと思っていたのだけれど,まだ赤ちゃんを父親にも見せていないし,曾婆ちゃんに見せる機会もそうそうないだろうってことで,奥さんと赤ちゃんも一緒に行くことにした。そうなると新幹線は大変なので,車で行くことに変更。
金曜の朝7時に家を出て,環八→外環→東北道→秋田道と約7時間かかって秋田市に到着。乗り物好きの赤ちゃんは7時間の道中もノープロブレム。どちらかというと寝不足気味の俺の方がつらかったかも。
本当は秋田に着く前に電話でホテルを予約して,まずホテルにチェックインしてから婆ちゃん家に行こうかと思っていたんだけど,目当てにしていたホテルが満室で予約できなかった。仕方なく直接車で婆ちゃん家に向かう。
本当に久しぶりに会った婆ちゃんは,10年前とちっとも変わっていなかった。亡くなった爺ちゃんが惚けて入院して痩せ細ってしまったのは大違い。頭の方もしっかりしている。
到着してすぐに通夜が始まったのだが,車を降りた赤ちゃんが暴れ出したため,俺と奥さんはほとんど中座し続けてしまった。見知らぬ親戚がわらわらいたけれども,通夜が終わるとすぐにほとんど帰ってしまい,身内だけが残る。
それからしばらくの間,俺的な今回の秋田行の本題である赤ちゃんを見せ物にして過ごし,それから会社の伝手で安くとってもらったホテルに移動して早めに就寝。
それにしても秋田市内の道路は腐っているな。もう二度と車で走りたくないって感じ。左折4車線直進1車線とか,曲がるタイミングも待つ場所もほとんどない右折レーンとか,もうわけわからん。
前に名古屋市内で,右折レーンの右側に直進レーンがある作りを見たときも妙なもんだと思ったけど,あっちは全体としてはきちんと整備されていたからなー。
土曜日は11時から葬式。9時半頃にホテルを出て,10時頃に婆ちゃん家につき,それからすぐにタクシーで寺に向かう。
準備段階ではいろいろばたばたしていたみたいだけど,ちゃんと人も集まったしそれなりに立派な葬式だったのではなかろうか。俺と奥さんは赤ちゃんの世話で,これまた半分くらい中座していたけど。その後寺で飲み食いをして15時頃にはお開き。
ちなみに坊さん3人が葬式を執り行ったんだけど,メインの坊さんが100万,サブの坊さん二人が10万という報酬なんだそうだ。メインの坊さん分には戒名代も含まれているらしいけど。そのほか葬儀社に支払うお金も結構な額の模様。
やっぱ葬式って金がかかるんだね。俺が死んだときは,ひとまず火葬にしたら適当にお骨を処分しちゃってかまわないです。お墓なんていりません。海に撒くのってもう法律的にオッケーなんだっけ? 葬式も別に出さなくていいです。適当に集まって適当にだべって適当に解散する会でも開いてください。
葬式が終わった後は,いったん婆ちゃん家に戻り,それから岩手の実家に行くことになった。実家に行くのは,父+長姉&子供たち+俺&奥さん&赤ちゃんのみ。母+次姉&旦那は婆ちゃん家に残ってその後の後始末をいろいろするんだとか。
岩手までは車で2時間程度。道が空いていればもうちょっと早く行けるんだけど,抜きどころの少ない山道で,変にポリシーのある遅い車に引っかかるとどうともならなくなる。今回は100%法定速度以下走行君が一匹いて,なかなかすごい車の列を従えて走っていた。
秋田も寒かったけど,岩手,特に雫石はそれに輪をかけて寒い。赤ちゃんが風邪をひかないかどうかが心配だったんだけど,いつも布団をけっ飛ばして寝ている赤ちゃんも,さすがにあれだけ寒いところではきちんと布団を掛けて寝てくれた。
それでも心配だったんで,夜中に灯油ストーブをつけたり消したり。向こうでふつうに暮らす赤ちゃんは,いったいどうやっているんだろう? 体にちゃんと布団を掛けていれば,手足頭はどんだけ冷えても平気なものなんだろうか?
そういや,寒い中俺たちがいる部屋だけ暖房をつけていたせいか,俺たちが泊まった部屋だけに虫が大量発生してくれた。おそらく換気扇から入り込んできたんだろうけど,ハエが一匹,テントウ虫が一匹,そしてカメムシが4匹。
特に手強かったのがカメムシ。野郎を刺激して臭いを振りまかれたんじゃのんびり部屋で過ごすこともできないため,そーっと捕まえては窓の外に放り投げていたんだけど,二匹放り出した後に,新たに二匹発見した段階でそれ以上努力するのはやめて,共存する道を選んだ。
さらに,俺はちびっ子ギャングからの猛攻にもさらされた。長姉の子,俺にとっての甥と姪が大暴れ。人のことを怪獣やら山に見立てて,蹴りを入れたりぶちかましをしたり背中から上って乗り越えたり,いつまで経っても飽きずにそれを繰り返す。
俺の人権が無視されたままに,黙って猛攻にさらされ続けていたら,昔痛めた背筋がぴきっときてしまった。まあ年に1度も会わないんだから,たまには好きにさせてあげよう。年に2度以上となると,ちょっと考えさせてもらうけど。
翌日は10時過ぎに起きて,すぐに帰路に就く。東北道→首都高という経路。
前の日十分寝たので行きよりはずいぶん楽だった。しかし,埼玉に入る前あたりにだらだらと混んでいるゾーンが続いたため,そこでちょっと眠気に負けそうになった。それでもまあ,なかなかいいペースで東北道は制覇し,最後首都高の渋滞をさけて大回りしたのが裏目に出たりしたけれども,まあ帰りもだいたい7時間くらいの道のり。
帰ってすぐに疲れ果てて就寝。翌日朝起きたら,心配していた赤ちゃんは何事もなく無事だったのに,俺の方が風邪をひいてしまっていたのでしたとさ。
2000年10月31日
■ 寒くなりました
風邪の具合は,昨日早めに暖かくして寝たら,今朝にはずいぶん楽になっていました。が,まだ喉の痛みは残り気味。頭痛はほとんど解消。ただし,まだちょっと頭が重い。
昨日の帰りの原チャリ通勤がひじょーに寒かったので,今までのウィンドブレーカーに変えて,本日から本格的な冬用上着を採用。それでもまだちょっと風が寒かったりする。
そろそろバイクの季節も終わりが近いなー。今年の冬は通勤路に吹きっさらしの寒そうなポイントが多いから,たぶん原チャリで冬を越すのは無理でしょう。それとも根性出して,冬バイク用の高級グッズを買いそろえてしまうか。
仕事の方は,ようやく一段落。というほどでもないか。半段落くらい。でもまあ,久しぶりにまじめに仕事をしていたので,金土日と休んだ分くらいは取り戻せたんじゃないかな。ただ,設計が甘いまま書き始めちゃった部分は,後で修正する部分が大量に出てきちゃいそう。
2000年10月31日
■ ハロからビグ・ザムまで
「初めから最後まで」という意味を表現する言い回しってのは,いろいろあるもんだ。
「一から十まで」なんて言い方は,比較的ポピュラーだろう。十進数の人類だもの。でも英語圏でも「一から十まで」なんだろうか? あんまり聞いたことがない気がする。
やっぱプログラマだったら,「ゼロから二百五十五まで」と言っておくべきなのかもしれない。あるいは「ゼロから六万五千五百三十五まで」か? 符号付きでなきゃいやだって人は「ゼロから三万二千七百六十七まで」でも可。
ちなみにこの間見かけたバンダイの広告によれば,ガンプラ業界における同様の言葉は,「ハロからビグ・ザムまで」らしい。ハロはともかく,ビグ・ザムなんて覚えてねーよ。初代ガンダムに出てきたモビルアーマーだった気もするけど,いつ誰が乗ったんだっけ?
2000年11月1日
■ やたらと事故に遭遇
風邪はほぼ完治。まだちょっと喉に違和感があるけれども,たぶんこれは空気が乾燥している影響でしょう。
昨日はどたどたと日付が変わるまで突貫作業をしていて,なんとか一通り完成したんだけれども,連絡の不徹底のため結局努力はあんまり報われなかった。
まあ残りは明日(っつーか朝になってから)ってことにして帰宅。小雨がぱらつく中を原チャリで。でも昨日から冬用上着に替えているから,多少の雨なんて平気だもんね。
昨日の帰り道は,なぜかやたらと事故に遭遇した。246と環八の交差点アンダーパスが一車線封鎖されており,警察車両が何台かいたが事故車は見かけず。さらに,新二子橋を川崎側に渡りきったあたりの下り坂の途中で,たった今追突事故を起こしたばかりの車が2台停まっていた。
微妙な小雨でほどよく視界が悪くなり,路面が濡れて制動能力が落ちたところで,ぎりぎりの車間で走っていてどかんってやつかな。あの辺ぴったりくっついて走っている車が多いからなー。なぜほんのわずかな車間距離をあけたがらない?
で,今朝は今朝で遅刻ぎりぎりになって外に飛び出したら,また小雨が降っていた。昨日の夜よりもちょい強め。でもただでさえ遅刻気味なのに,電車にしたら激しい遅刻になってしまう。ってことで,原チャリで出動。
会社に着いたら,昨日の夜の残件でごちゃごちゃ。だからそういう適当な仕様変更は,死を招くんだよ。いい加減この仕事から手を切りたくなってきたなー。今かかっている大物が終わったら,本格的に手を切る算段を考えるか。
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