武蔵浦和−渋谷のバイク最短ルートについて、前回は地図上の最短ルートである旧17号−山手通−246を選択したところ、通常1時間、渋滞で1時間20分ほどかかることが判明した。現在30分以内で通勤できていることを考えると、これはちょっと遠すぎる。2001年8月1日
で、その後別ルートを選んでもう一往復してみたところ、どうやら17号バイパス−254−環七−宮前橋−淡島通り−246というルートの方が、時間効率はずいぶん良さそうだった。
山手通の新宿付近がいつまでたっても終わらない工事中でぐちゃぐちゃになっており、非常に走りにくいのに対し、アンダーパス/オーバーパスが充実している環七はバイクで非常に走りやすい。おそらく距離的には、山手通ルートの方が環七ルートよりもかなり近いはずだが、時間的には10分くらい効率が違いそう。
というわけで、これ以上最適なルートを見つけるまでは、バイク通勤ルートはこのルートを使うことにしよう。
ただし、実のところ武蔵浦和からだと電車通勤の方が快適な気配もある。恵比寿行きの快速が1時間に3本でていて、それに乗ると乗車時間が40分ちょっとで渋谷に着く。渋谷駅の埼京線ホームがめちゃ不便なところにあるんで、その分ちょっと歩かなければならないけれども、それでもバイクと電車で通勤時間がほとんど変わらないっぽい。
終電を気にする必要がない(=あんまり忙しくない)ときならば、電車通勤の方がいいのかも。
10月の引っ越しに向けて、昨日は本の処分。会社は今週偽夏休み中。2001年8月2日
前回引っ越したときにも、絶対再読したい本を除いて全部捨てたんだけど、今回は絶対再読したい本すら全部処分した。再読したくなったときに、もう一度買い直すことに決めて。ただし、お気に入りの数冊と資料系の本と渋澤龍彦全集だけは残してしまったけど。
で、いつものことだけど、本の整理をしていると思わず読み返したくなる本がぽろぽろ出てきてしまい、昼過ぎから酒を飲みつつ読書。ああ、やっぱり前回捨てずにとって置いた本は、読み返すと面白い本ばかりだよなー。
なんてやっているといつまでたっても処分できないので、夕方になって名残惜しむのはやめて、まとめてブックオフに持っていく。70冊で1500円くらい。しかも半分くらいは買い取り不可だった。
まあ金の問題ではなく、自分で雑誌以外の本を捨てるのがいやだから、ブックオフに処分してもらっているだけだからな。でもそれにしては待ち時間が長すぎてきつかった。途中なんども、金はいりませんと言おうかと思ってしまった。ブックオフみたいな融通がきかなそうなところで、そういうのはありなのかな?
右翼だからトラックの運転手になるのでしょうか? それともトラックの運転手が右翼になるのでしょうか? 渋滞の中で、日章旗や天皇陛下関連の文言をペイントした大型運送トラックの背後につけるたびに、疑問に思うのです。相乗効果ですかね?2001年8月2日
ところで右翼な方々をウヨウヨ、左翼な方々をサヨサヨと呼称すると、何となく二人はラブラブって感じだよね。「ねえ、ウヨウヨ」「なんだい、サヨサヨ」。
昨日は久しぶりにプールで泳いだ。初めて川崎市民プラザのプールに行ったんだけど、2時間500円ってのはちょっと高いな。もうちょい安いとまめに行く気にもなるんだけど。2001年8月2日
で、30分ちょっとだらだらと泳ぎ続けて終了。あんまり出だしから無理するとあとがつらそうだし。それでも今朝は、全身がかなりだるい筋肉痛状態。習慣化するためには、ここでがんばって通った方がいいんだろうな。
結局今日も根性出してプールで一泳ぎ。体が慣れるまでは、ゆっくり30分間泳ぐことにしよう。ゆっくりめでも、混んでいて周りにペースをあわせなければならないときは、結構きついけど。2001年8月2日
運動不足気味の体で二日連続泳ぐと、体にかかる負担はかなり大きいなー。なんだかエラく肩が凝ったよ。だるさも爆発気味。午前中泳いでから会社に行くってのは、やっぱり厳しいかなー。
でもこれを一ヶ月くらい続けたらぎりぎり60kg台まで戻すことができるかなー。確か3年ほど前にプールに通っていたときは、そのくらいまで戻せたはずだけど。
武蔵浦和に引っ越したら、テレビとネット関係はどうしようかな。2001年8月4日
現在のところ、スカパー+フレッツISDNなんだけど、どうやら引っ越し先はJ-COMの範囲内で、ケーブルはすでに配線済みらしい。J-COMには、私がスカパーに入っている最大の目的である、フジテレビ721/739(F1生中継)がオプションチャンネルとして用意されている。
となると、もはや天候に映りが影響されすぎるスカパーなんかに入っている意味がほとんどなくなる。J-COMならば、チャンネルは選べないけれども3500円でそこそこの基本チャンネルが用意されているし。映像ソースが独自(CS経由じゃない)ならば、フジテレビ721/739の映りも向上するかな?
ただ、スカパーは一度解約してしまうとややこしいことになりそうだし、そのうちワールドカップの無料放送もやるらしいし、一応最低料金の390円を払って継続しておこうかな。PPVも見ようと思えば見られるし。
で、J-COMはインターネット接続サービスもやっているんだけど、2chのJ-COMスレだとあんまり評判よくないんだよなー。月6500円という値段とルーター/サーバー使用不可という約款の存在が主な理由。
引っ越し先はNTT基地局からの直線距離が1km程度なんで、おそらくADSLにしても結構いい線いきそうなんだよな。ただし、そっちだと契約にどれだけ時間がかかるのかが不明。Yahoo! BBとかだったら、一ヶ月二ヶ月は待たせそうだしな。
埼玉だったらスピードネットという手もあるけど、あんなん使うくらいだったらケーブル使った方がましだよな。工事費は高そうだし、データ転送量制限(50Gバイトを超えると帯域を60kbpsに落とす)っつーのも、実際引っかかるかどうかは別として気持ち悪い。
J-COMが5000円以下に値下げしてルーター使用可になったら、迷わずJ-COMなんだけどなー。どうせテレビの方は入るつもりだし。ただ、将来性とか考えるといろいろ取り替えが利きそうならADSLにしておいた方がいいのかも。
っつーか、新築だったら集合住宅向けBフレッツの準備をあらかじめしておいてくれないものか。って、マンションを建てるような人たちで、そこまでネットに理解がある人なんてそうそういるもんじゃないだろうな。企業が建てるマンションならば別だろうけど。
昨日も偽夏休み活動の一環として会社には行かず、奥多摩方面へとツーリングに行った。2001年8月4日
朝ムスコを保育園に送ってから出発し、さらに途中で府中のにりんかん(バイク用品店)に寄ったので、結局都内を抜け出せたのは昼をとっくに回った時間になってしまった。でもさすがに平日なので、それほどひどい渋滞には遭わなかった。
すり抜けがきかない20号からはすぐに逃げ出し、五日市街道方面から奥多摩周遊道路へ。それから砥山林道へと向かう。そのあたりはバイク進入可の登山道がたくさんある気配だった。時間が遅かったので入ってみなかったが、今度時間があるときに登山道探検にも行ってみたい。
途中雨に降られてしまい、結果としてダートは水たまりだらけになっていた。靴の中がぐしょぐしょになりながらも何とか先に進んでいくと、ところどころにひどいわだちのトラップがあった。一番最初に出てきた巨大なわだち(っつーか路肩崩れか)に半分前輪を落としかけたため、それ以降はびびりながらそろそろと先を進んだ。
そこを抜けるとあとは快適な山道を降りて行くのみ。そのうち20号にぶつかり帰宅ルート。20号は平日でもそれなりに混んでいるなー。自宅到着は20時半過ぎ。
そういや一昨日の夜にDJEBEL125のオイル交換をしたんだった。2001年8月4日
中古で買ってから1600km程度。オイル交換なんて3000kmくらいごとにやればいいかと思っていたんだけど(ちなみにサービスマニュアルでは6000kmごとになっている)、最近イマイチ調子が良くないんで試しに換えてみることにした。
オリンピックで買ってきたオイル吸収剤入り箱をエンジンの下に置いて、ドレンボルトをはずす。バイクで帰ってきてしばらくエンジンを冷やしてからやったけど、それでもまだ熱かったので、出来るだけ手は直接触れないように。オイルは思ったよりも真っ黒でどろどろ。結構限界だったかも。
バイクを揺らしたりして抜けるだけ抜いてから、ドレンボルトを締め直し(トルクは適当)、オイル注入口からオイルを注ぐ。オイルは四輪用として売られていた一番安いQuake Stateとかいうメーカー(ブランド?)の10W-30のもの。DJEBEL125推奨は10W-40だったけど、まあ試しだしいいか。
で、そのオイルで大菩薩ラインツーリングに行って来たんだけど、なかなかいい感じだった。最近パワーが足りなくて4速までしか使わず回し気味に乗っていたんだけど、オイルを換えたら上のギアでもちゃんと加速するようになった。熱ダレもしにくくなった(無理に回さなくなったからか)。オイル交換したばかりだからなのか、10W-30にしたからなのかは不明。
あと、オイル交換ついでにアイドリング回転数を思いっきり低めにしてみた。オイル交換との相乗効果で最近25km/l近くまで落ち込んでいた燃費が復活してくれるといいんだけど。ツーリングでは260km程度しか走らなかったんで、まだ燃費は分からない。
あと、操作しにくかったクラッチレバーの距離を短めにしてみた。前よりはましになったかな。ただ、今まで遠いのになれていたんで、それがなくなるまではちょっと違和感がある
あとまたチェーンオイルも差したんだけど、そろそろチェーンにまとわりついた各種汚れがひどくなっているんで、やっぱりチェーンクリーナーを買っていったんちゃんと掃除してから、オイルを差し直そう。
大菩薩ラインツーリング前に立ち寄ったバイク用品店で、パニアケースとタンクバックを買った。2001年8月6日
パニアケースは3万円くらいするのかと思っていたら、実は1万円以下で結構ちゃんとしたもの(GIVIの26lのやつ)があったので、思わず購入。タンクバックもDJEBELのタンクにちゃんとつくかどうかわからず今まで買えなかったのだけれど、オフロードバイク用と称する小さめのもの(8000円くらい)があったので脊髄反射で購入。
パニアケースは、てっきり別売りの土台を買わなければならないのかと思っていたら、通常添付されている金具で十分一般的なキャリアに固定できるようになっていた。店に工具を借りて(つっても六角だけだけど。車載工具に六角がなかったのよ)30分くらいで装着完了。DJEBELのキャリアと付属金具の相性はなかなか良く、かなりきっちり固定することが出来た。ダートを走ってもびくともしなかった。
パニアケースの容量は、フルフェースヘルメットとその他小物がごちゃごちゃはいる程度。おそらく普段は、雨合羽と半ヘルと車載書類と緊急パンク修理グッズを入れっぱなしにしておく感じかな。ケース本体は手軽に取り外して持ち歩けるようになっているんで、トランクバッグ代わりにも使えそう。
タンクバッグの方は、オフ車用の小さめのものとはいえ容量はけっこうある。どうせ磁石でタンクにくっついているだけのタンクバックには、大して重いものは入れられないので、それを考えると十分。ある程度以上重いものはパニアケースに入れるし。
上面にツーリングマップルをセットして、走りながら地図を確認できる形状なんだけど、これはかなり便利。今まで停車してカバンから地図を取り出してみていたんだけど、やっぱり信号で停まった瞬間にちらっと確認できるのはいい。
これで通勤の時にはバックパックは背負わずにいける。ウエストバッグとタンクバッグ(とパニアケース)で容量は十分だし。今まではほとんど雨合羽のためだけにバックパックを背負っていたからな。
ただ、ちょっと怖いのはタンクバッグに強力磁石がついていること。今時磁気メディア(主にフロッピーディスク)なんてほとんど使わないけど、ふと忘れてタンクバッグの中にフロッピーディスクを入れちゃったら、一発で終わりだろうな。ハードディスクとかもむき出しで入れるとやばいだろうか。
大容量バッテリまで買ったのに、全然使わず放置していたmobio(昔のNEC製ミニノート)をインターネットサーバー化してしまおうかと思い立った。主にWeb/DBサーバーとして使いたかったので。2001年8月6日
ただしmobioにはFDDはない。また古い機種なのでCD-ROMブートはできないし、手持ちの外付けCD-ROMドライブはLinuxでの動作実績がないPCMCIA SCSIカード経由なので、CD-ROMインストールには使えない(Windows上からは使える)。
まず適当に雑誌を買ってきて、付録CD-ROMに入っていたTurboLinuxからDOSUTILSフォルダをハードディスクにコピー。Windows上から不要ファイルをがしがし消して容量を確保し、デフラグをかけ、FIPSで後ろをLinux用に切り離そうとしたらFIPSに拒否された。0x0eなんてラベルのパーティションは理解できないという。
Webで調べたら、確かに類似の情報があった。対処方法としては、適当なLinuxでブートしてLinuxのFDISKでIDを0x06に書き換えてからFIPSを実行すれば、パーティションをわけることができるという。が、FDISKが使えるところまできちんとブートできるLinuxブートイメージが手元に見あたらない。
うーん困ったなーと思っていたところ、実はうちには壊れて動かないLavieがあることを思い出した。壊れているのはマザーボード周辺なので、パーツは生きているはず。あちらにはmobioよりも容量が多い2.5インチハードディスクが入っているはず。
というわけで、Lavieをばらしてmobioのハードディスクと入れ替える。こちらの2Gバイトハードディスクは、IDが0x06になっていた。よしよし。
というわけで、入れ替えたハードディスクのWindows 98をはじめとする不要データを消し去り、代わりに最低限のWindows 95システムを入れる。デフラグをかけ、後半1GバイトをLinux用に切り離す。
あとはCD-ROMからインストールに必要なファイルをDOS領域のハードディスク上にコピーしてインストールするだけ。
と思いきや、TurboLinuxのautobootはどうもmobioでうまく起動してくれない。ハードディスクがマウントできずにKernel Panicを起こしてしまっている。昨日一日かけて、だらだらだらだらとあれこれいじり回してみたのだが、どうにもらちがあかない。
結局雑誌付録のTurboLinuxをインストールするのはあきらめた。同様の事例もWeb上でいくつか見かけたのだが、どうもスマートに解決する手段が見つからなかった。
続いては、ノートPCに向いていそうなMLD miniというディストリビューションを発見した。有料で3000円(後払い)だが、たった40Mバイト程度のインストールイメージというのはありがたい。どうせ最小限の構成でサーバー稼働させるつもりだったし。
ただしこちらは、Windows上に仮想ドライブボリュームを作成して、そこにLinuxをインストールするタイプのディストリビューションだった。RedHatのパーティションレスインストールみたいなものか。MMX-Pentium 120MHzというかわいいスペックのmobioには、無駄なオーバーヘッドのある仕組みはさけたいんだけどなー。
なーんて思いながら、お手軽インストールをしてみたのだが、なんだかこちらもちゃんとインストールすることができなかった。インストール自体は成功するのだが、起動しようとするとハードディスクをマウントできずにKernel Panicを起こすという、TurboLinuxインストール失敗と同じ症状。
もうこの件にはふれたくないので、とっととこのディストリビューションもあきらめる。
続いては、RedHat Linuxにチャレンジ。会社のサーバー置き場付近からごそごそとRedHatのCD-ROMを探しだし、mobioのハードディスクにコピー。usしてからautobootを起動。
あらあっさりグラフィカルインストーラーが立ち上がったよ。なんか今まで苦労していたのが嘘みたい。後半1GバイトからLinux Swap 48Mバイト&残りはLinux Nativeパーティションを切り、ふつうにインストール。
インストールもあっさり終了したよ。CPUパワーが足りないんで時間はかかったけど、手間はなし。カスタムで必要最低限しかインストールしていないんで、X関連がどうなるのかは知らないけど、興味ないんで試す気はない。
さて、じゃあサーバー関連のセットアップをするかと思いきや、よく見たらLANカードが認識されていなかった。CoregaってあんまりLinuxとかに強そうじゃないもんなー。
でもWebで調べてみたら、Corega EtherII PCC-TにもLinuxでの動作実績があった。CoregaのWebにも簡単な説明が書かれている。要は/etc/pcmcia/configにカードの名前を登録してやればいいのね。
それでもうまく認識してくれない。と思ったら、linuxconfでeth0に関して中途半端な設定を施してしまっていたのが悪かったらしい。enabledをオフにして、カーネルモジュールを未設定にしておくのがよろしい模様。PCカード特有の設定なのかな? ノートPCで使ったのは初めてだからよくわからない。
まあともかくこれでちゃんとネットワーク周りもインストールできた。ただ、ちょっと空き容量が不安。DOS(Windows)領域を削って、もうちょっとLinux側に容量を振っておこうかな。DBにデータをため込むとすぐに容量がなくなっちゃいそうだし。
今のところはフレッツISDNなんで、あんまりばりばりデータを読み書きする気にもなれないけど、ADSL系に移ったらかなり使い勝手がよくなるだろうな。自分のWebも、アクセスが多い部分(新着系)だけはHTML出力してレンタルサーバー上に置き、その他のデータに関しては自宅のDBで管理するようにすると、いろいろ扱いがやりやすくなりそう。
土曜日は、武蔵浦和新居予定地付近の保育園巡りにでかけた。といっても、車で最寄りにあるらしい保育園を、住所を頼りに探し出しただけ。2001年8月6日
武蔵浦和保育園と白幡保育園は見つけだした。どちらもそこそこでかい保育園だった。環境は悪くなさそう。ただし家から歩いていくにはちょっと遠い距離。送り迎えは自転車かなー。どっちかに入れると楽なんだけどなー。
もう一つ近所にありそうだった曲本保育園は見つけだすことができなかった。武蔵浦和は駅からちょっと離れると広々とした敷地が多くなってしまうため、ぱっと見が保育園っぽい空間が多すぎて、本物の保育園を見つけだすのが結構難しい。歩いて5分以内に田んぼ(畑かも)があったりするからなー。
日曜日は近所で祭りがあったので、ぶらっと出かけてみた。もう終わり近い時間にいったんだけど、結構みんな気合いが入っている祭りだった模様。このあたりはそういうのに結構力入れているんだね。2001年8月7日
いろいろジャンクな食べ物を食い倒そうと思っていたんだけど、食べたいものの屋台は混んでいて、なんか気をそがれたんで、生ビールを飲んでフランクフルトを食っただけ。といいつつも、帰り道でたこ焼きとじゃがバターを買って、帰ってから食ったけど。
そういやそろそろ二子玉の花火がある頃だよな。もしかしたら私が西日本旅行でいない時期にやっちゃうのかな。
今日はなんだかやけに肌寒かった。午前中にプールに行ってから会社に向かおうと思っていたんだけど、ちょっとその気にならない気温。2001年8月7日
単に曇りだからというだけじゃないよな。先々週あたりまでは地獄のように暑かったのに、先週あたりにちょっと雨が降ったら、とたんに暑さがどこかに消え失せてしまった。まさかもうこれで夏は終わりなの?
まあバイク通勤の私にとっては、夏なんてとっとと終わってくれた方がいいんだけどね。でももはや夏用ジャケットじゃ肌寒いってのは、ちょっと気が早すぎだ。
この間、何とかLinuxをインストールすることに成功したmobio。2001年8月7日
ルーターの設定も完了し、ダイナミックDNS関連の登録も一通り済ませ、ishinao.mine.nuとして一応使えるようになったので、続いては個人WebページをDBを使って作り直す計画を発動することにした。
RedHatのCD-ROMにはRPMでPostgreSQLも入っていたのでインストールし、psqlからちゃんと使えることを確認したはいいけれども、よく見たらPHPがインストールされていなかった。Pg.pmは入っているんでPerlからは触れるけれども、できればPHPからも触れる状態にしておきたい。
で、RedHatのCD-ROMにPHPのRPMファイルも見つけたんでインストールしてみたのだが、PHP自体は使えるようになったけれども、PHPがApacheときちんと連携してくれない。このPHPのRPMファイルって、PHPを単体(プログラミング言語として)で使うためのものなの? Apache上で使えないんじゃ意味ないじゃん。
なんとか既存の環境をいじってApache+PostgreSQL+PHPを使えるようにしようと思ったのだが、どうやら中途半端にRPMパッケージでインストールした環境は、設定をいじることができないらしい。ということは、もう一度それら全部をソースからセットアップし直さなければならない。
というわけで、Apache、PostgreSQL、PHPのすべてのソースを家のISDN64kでしこしこ落とし、現在入っている(せっかく各種セットアップを終えた)それらをすべてアンインストールし、連携させるオプションをつけてそれぞれインストールしていく。
そこでmobioは底力を発揮してくれた。MMX-Pentium 120MHz/48Mバイトというマシンでは、コンパイルがげろ遅い。普段最低でもCeleron 500MHz程度のサーバーで動かしているので、Kernelコンパイルでもしない限りはコンパイルが遅いなどとは思わなかったのだが、mobioではApacheもPostgreSQLもPHPも、configureやmakeをするたびに小一時間から数時間待たされる。結局一通り全部セットアップが終了するのに一日かかってしまった。
でもこれで一応は必要な環境が一通りそろったことになる。あとはシステムを作るだけか。データ管理を全部DBに任せてしまえば、プログラミングは結構簡単になるだろうな。空き容量が後300Mバイトくらいしか残っていないのがちょっと心配だけど、Webサーバーのデータスペースなんてそんだけあれば上等だよな。
家の回線がもっと速くなったら、レンタルサーバーなんてやめてちゃってもいいかな。
昨日からインターネットにつなぎっぱなしで置いてあるmobioくん。Apacheのアクセスログを見てみたら、やまほどCode Redのアタック跡が残されていた。2001年8月8日
なるほど話には聞いていたけれどもバッファオーバーフローによるセキュリティホールを使ったウイルスってのは、こういう風にアタックするわけだね。オーバーフローするまでの穴埋めに「X」を使っているものと「N」を使っているものがあるんだけど、これって初代Code RedとCode Red IIの差なのかな?
それにしても、Code Redがこれだけ広がるってあたりから、なんとなくWindows NT系をインターネットサーバーとして使っているところ(個人/法人)の人格が透けて見える気がするね。
危ないと言われているNT系をインターネットサーバーとして使うようなところは、これだけCode Redが広がっているというニュースが流れているのに、自分のところのサーバーがそういうものに犯されていることに全然気づかないくらい、無神経な人が多いわけだ。
こんなもののせいでインターネット回線がげろ重になっているかと思うと、Code Red系のアタックがやってきたら、自動的に同じセキュリティホールをついた迎撃ウイルスを送り出して、そのサーバーを轟沈させたい気分になるね。
っつーかマイクロソフト様、そういう仕組みのワクチンソフトを早急に作って流してください。
気がつくと書くのを忘れるムスコの成長記録。2001年8月8日
前回から一ヶ月経って、ムスコの脳みそはずいぶん人間らしくなってきたらしい。前までは叩かれても平気だったのに、最近は叩くとちゃんと怒られたことを察知して泣くようになった。冗談で頭をぺちんと叩いても真剣に泣かれるので、うかうかムスコで遊んでいられない(←今までどんな“遊び”をしていたんだ?)。
ただし、保育園のクラスの他の子供は、人間語をずいぶん理解して応答したりしているのに、ムスコはまだその手の言語を使ったコミュニケーション能力はほとんどない模様。言葉ではなく仕草の方を見て反応しているっぽい。いまだにバイバイもできないし。
歩く方も、ずいぶんふつうに歩けるようになってきた。家の中だったら何かにつまずいたりしない限りはずっと立って歩いている。が、それも所詮は裸足の間だけ。靴を履かせると数歩歩いて力つきる。まあそれでも保育園で練習して、少しずつうまくなっているようだけど。
そこそこ歩けるようになるのと同時に、やたらと怪我するようになった。ちょーしこいて歩いていてすっころんで、どこかの角に頭や顔面をぶつけるパターンがほとんど。あと、うちの近辺は異常に蚊が多いんで、虫さされ跡も多い。ただし、まだ痒いという概念がないのか、全然かきむしったりはしないので、治りは早い模様。
まあそんな感じな模様です。
朝ムスコを保育園に送ってから家に戻ってぼーっとしていたら、足の裏を蚊に刺されていた。右足の裏のほっぺた(←ってどこだ?)のあたり。めちゃめちゃ痒いのに掻いても全然掻けた気がせずすっきりしない。足の裏の皮膚は丈夫だから爪が立たないからか。丈夫ならば蚊の口なんて突き通させるなよ。2001年8月8日
テレビで大リーグの試合をぼーっとみていて、今更ながらにゴロって言葉がグラウンドのことだということに思い当たった。小さい頃から使ってきて、何となく漠然と「ごろごろ転がるからゴロ」だと思っていたよ。確かに「ground」って耳で聞いたら「グロゥ」って感じだろうしな。2001年8月9日
そういえば熊本の田舎に住んでいた小さい頃、よく「てまんご」するなと怒られた記憶がある。小さい子供なんかがじっとしていられなくて、服の裾をひっぱったりそこらに置いてあるものを手に取ったり、何かかにか手でいじって遊ぶことを向こうの方言で「てまんご」と言ったらしい。「手」+「ままごと」なのかな? これって今から考えてみると結構危険な言葉だな。っつーか女の子は「てまんご」で男の子は「てちんご」ってのはどうだろう?2001年8月9日
今ここで使っているWeb日記システムはDBMを使って管理しているんだけど、これをPostgreSQLに移行するためにタブとばしテキストでダンプしてみたところ、総容量2.5Mバイトになった。2001年8月9日
これって、昔ふつうにHTMLで作っていた頃の過去ログ中、1年分だけしかデータ移行していないんだよな。あと3年分くらい未移行のデータが残っているけど、もはやそれを移行する気力はない。
こうやってフルダンプして別のシステムに持って行きやすいデータ形式にしておいてよかったよ。システム構築マニアな私としては、どうせ新しいシステムを作ったところでそんなのでいつまでも満足しているわけがないしな。
ダンプしたついでに、Excelで読み込んで日記本文の長さを調べてみた。PostgreSQLは1レコード8kバイトまでという制限があるんで、あんまり長い本文だとそのままでは扱えず、ラージオブジェクトにしなければならないんで。
で、結局全1700レコード中、8kバイトを超えている本文は17件あった。微妙な数だ。このくらいならば、長いやつは複数レコードに分割して8kバイト以内×nにして扱う方が楽でいいかなー。それとも変な制約をつけたくないから、ラージオブジェクト化してしまうか。
でも全部ラージオブジェクトで扱うとオーバーヘッドがバカにならないかも。サーバーがMMX-Pentium/120MHzだしな。DB側ではなくプログラム側で8kバイトの壁をうまく吸収してしまうのが理想的かな。
DB内のデータ管理についても考えなければならないけれど、もっとややこしいのはここのレンタルサーバーと家のDBサーバーとの連携をどうとるかだ。
メインのデータは家のDBサーバー側に置いておいて、定期的にレンタルサーバー側とデータの同期をとる仕組みなんかを作ると、自動的にバックアップサーバーにもなっていいんだけどな。でもそこまで大層な仕組みを作らなくても、最新の更新分だけをHTML化してレンタルサーバーに送信するだけでいいような気もする。
っつーか、PostgreSQLがインストールされていないここのレンタルサーバー上で、外部のDBサーバーに直接アクセスするプログラムが書ければ、一番話が早いんだよな。一般ユーザー権限でそういうモジュールをインストールして使うことは可能なんだろうか?
モスバーガーで無線LANを使ったブロードバンド配信を行うテストサービスのハイファイブに、今さらながら受かった(っつーか結局全員にIDをくれたのかな)ので、試しにFIVAをもって最寄りのモスバーガーに行って来た。っつっても、本当の最寄りのモスバーガーはハイファイブ非対応なんで、駅の反対側まで歩いていったんだけど。2001年8月9日
さすがにテスト店だけあって、環境はきちんと整備されている。カウンター席には人数分くらいきちんとコンセントが用意されており、「PCに接続してご利用ください」と書いてあった。ちっ、わざわざFIVAをフル充電してから行ったのに。
手持ちの無線LANカードはアイ・オーデータ機器のもので、ハイファイブ側のマニュアルにはメルコのカードの場合の設定が書いてあった。が、まあ別にそれでどうしたということはない。ESS IDと暗号キーを専用のものに変更するだけのことだ。ただし、そんな設定をいじらなければならないとなると、手軽に利用する気になれなくなるよな。それとも家とモスバーガーの無線LAN環境を同じに合わせておこうか?(←やりません)
それからあとはWebブラウザを立ち上げると自動的に認証ページが表示されることになっていたのだが、あいにく私の環境では認証ページが表示されなかった。しょうがないんで、手入力で認証サーバーのURLを打ち込み、IDとパスワードを入れて認証。
この認証の仕組みは、いったいどういう仕組みになっているんだろう? 80ポートを使った外部へのアクセスを関知すると、そのIPアドレス(あるいは無線LANカードのMacアドレスかな?)が認証済みかどうか確認し、未認証だったら飛び先URLを認証サーバーに差し替えているのかな? でもそういう仕組みだったら、うまく動かないことはなさそうな気がするんだけど。自分でこういうシステムを作れといわれると、かなり悩みそうだな。
それはさておき、ハイファイブ経由のインターネット接続の速度は、だいたい1Mbpsを切る程度あたりになっていた。その程度の速度は今時珍しくはなくなって来つつあるとはいえ、十分使えるくらい速い。
ただし、残念ながらハイファイブの肝である専用のブロードバンドコンテンツについては、ほとんど試すことができなかった。というのは、私のFIVA102SのGeode/233MHzというCPUでは、いわゆるブロードバンドコンテンツをまともに再生できなかったからだ。ちょっと豪華なFlashムービーもまともに再生できない。
ちなみにIPアドレスは、グローバルアドレスをDHCPで割り当ててくれるようだ。ということは、一時的にWebサーバーを立ち上げてモスバーガーから配信ってことも可能かな。Webカメラなんかと連動させるとちょっと面白いかもしれない。IPアドレスから察するに、一つの店舗での同時接続数は13、4人程度が限界とみた。
そういえば私が行ったときに他にも無線LANでネットにつなげている人がいたんだけど、予想通りネットワークコンピュータにはその人のマシン名と共有フォルダ名が表示されていた。フォルダの中身までアクセスしてみなかったんで、ちゃんとアクセスパスワードが設定されているかどうかはわからなかったけど、あそこでネットワーク接続する人はその辺気をつけておこうね。
うげげ、突然寒気がおそってきたぞ。額も熱っぽいし風邪か? やばいなー、明後日から強行軍で西日本旅行に出発するのに、こんなときに風邪なんてひいてられないよ。今日はとっとと帰って寝よう。明日も体調悪かったら会社休んで寝てよう。そうしよう。そうしよう。2001年8月10日
結局昨日はあれから見事な風邪の初期症状となり、発熱と体のだるさと節々の痛みにもだえ苦しむ夜を過ごしたのでした。2001年8月10日
で、朝までずっと調子が悪くてかなりやばめだったのだけれども、携帯メールに急ぎの仕事っぽい連絡が入っていたので今日は休むことができず、薬を飲んで出社。すると、薬が効いたのか一気に楽になった。
これで明日は無事旅行に出発できるかな。
Web管理システムのPostgreSQL版への移行計画。2001年8月10日
結局ラージオブジェクトは使わない方針でテーブル設計し、この間ダンプしたデータを適当に放り込んでみた。で、それを適当にPHPで出力してみるテスト。ああ、やっぱりちゃんとしたDB使うと扱いが楽ちんでいいなー。
ただし、6kバイトを超える本文のデータは複数レコードにまたがって記録されるようにしたのに、PHPの方では複数レコードにまたがったデータを元に戻す処理は加えていないので、でかい本文が含まれるページは表示がおかしくなる可能性大。
家にもっと速い回線が引けたら、本当にこっちをメインに使っちゃってもいいかもしれないなー。その場合は、mobioにもっとでかいハードディスクを積んであげてもいいし。
うちにもやっとSirCamウイルス系メールがやってきたよ。でも楽しみにしていた添付ファイルのタイトルは「ゴミ出し注意文3.doc」だったんで、解析する気にもなれなかったけど。2001年8月11日
ちなみに正確なファイル名は上記にプラスして「.bat」で、バッチファイルになっていたんだけど、ファイルの中身はWin32アプリケーションだった。
Windowsのシェルの挙動を考えると、ひとまず無条件にShellExecuteに渡してしまうんだろうけど、その後.batな拡張子のWin32アプリケーションってちゃんと実行されちゃうの? .exe以外の拡張子のWin32アプリケーションは実行できないのが筋だと思うんだけど。
Windowsのコマンドインタプリタが実行可能な拡張子のファイルは、ひとまずそのままコマンドインタプリタに渡しちゃって、コマンドインタプリタはそのファイルの中身を見て形式を判別し、拡張子と中身が合致していなくても実行しちゃうのかな? 変な仕組み。
朝6時出発予定だったけれども、帰省ラッシュのピークが今日だと聞いたので、出発時間を午前3時に変更。2時半に目覚ましをかけて、めずらしくほぼ予定通りの3時ちょっと過ぎには車で出発できた。2001年8月12日
早速東名川崎から高速に乗る。良かったまだ空いている。と思いつつも道路状況の表示を見ると、渋滞30kmという表示が見えた気がしたが、ひとまず見なかったことにして先を急ぐ。
それからしばらくの間は空いていた。そして東名が右ルートと左ルートに分岐するところで、分岐が合流する手前から30kmほどの渋滞であることを再度確認させられた。右ルートを選択してしばらく進むと、なかなか膠着状態の渋滞後尾にたどり着いた。
結局その渋滞を抜けた頃にはすでに夜が明けていた。そして、その後も細かい渋滞にはたくさんはまった。その多くが事故渋滞および事故見物渋滞だった。
私は8時過ぎまで運転して力つき、そこでこの日のためにペーパードライバー脱却訓練をしていたオクサンに運転を代わった。オクサンの運転は訓練の甲斐あってずいぶんと安定していたが、出だしから早速やらかしてくれた。
運転を代わるとすぐに給油タイミングがやってきたので、SAのガソリンスタンドで給油した。そして、出発しようとギアをドライブに入れてパーキングブレーキをはずすと、なぜか車が後ろに下がる。あわててブレーキを踏んで車を止め、もう一度ギアを確認してからブレーキをはずしても後ろに下がる。
あわててそばにいた店員に「ここって坂になってますか?」と尋ねると「ほんの少しだけ」という答え。「クリープでも進まないくらい?」と尋ねても、店員は首を傾げるだけだった。そしてもう一度試してみてもやはり車はじわりと後ろに下がる。
すぐ後ろに次の給油のために停車していたバイクに、うちの車はじわじわと迫っていった。そしてもう一度一通りチェックしたあとにオクサンは言った。
「あ、ごめん、エンジンかかってなかった」
いいオチが付いたところで私は後部座席で眠りについた。しかし私はどうも車で寝るのが得意ではない。それでもさすがに限界の疲れからようやく眠りにつきかけたところで、車内にぷーんとほのかなにおいが漂った。ムスコがウンコをした。
しょうがないんで次のパーキングエリアで停まっておむつの交換。せっかく眠れたと思ったところを起こされたので、結局その後もう一度眠れることはなかった。
仕方ないんで、その後はCDにあわせてカラオケ大会しながら無理矢理テンションをあげて先を急ぐ。オクサンに変わってからも細かい渋滞が点在する状況は変わらない。
あんまり進まないんで途中小牧のあたりで一回下道に降りてみた。そして再び私の運転に代わったのだが、そのあたりの下道事情はさっぱり分からなかったので、結局ちょっとうろうろしただけでまた高速に戻った。
その後再び差してきた眠気と戦いながら微妙な渋滞をいくつも乗り越えて、何とか最初の目的地である京都の宿に着いた。到着時間は午後4時過ぎ。
結局ほぼ13時間かかったこといになる。空いていれば5時間くらいで着く距離なのにね。でももしも当初の予定通り朝6時に出発していたら、到着はいったいいつになったのかを考えるとこれでもましな方か。
せっかくまだ日があるうちに着いたので、ホテルについてすぐに徒歩で近所を散策。オクサンが下調べしていたそば屋で飯を食って、買い物をする。
が、そこでそば屋で飲んだビールが効いて急激に眠気が耐え難くなってきたので、とっととホテルに退散。本当はちょっとだけ寝てからまた夕食がてら近所を散策しようと思っていたんだけど、結局みんな疲れが出てしまって爆睡。
最初に寝た私だけがいったん目を覚ましてしまったんで、テレビでやっているエイリアン4を見ながらこんなものを書いている次第。いやそれにしても、予想外にエイリアン4は面白かったな。今日の一番の思い出はエイリアン4だったりして。
朝8時過ぎに起きて近所を散歩がてらマクドナルドで朝ご飯。前回京都に来たときには横を通り過ぎてしまった三十三間堂にも入ってみた。それからホテルに戻ってチェックアウト。本でチェックした店を数軒回ってから昼前に四国方面へと出発。2001年8月13日
昨日に引き続いて京都周辺の高速道路は渋滞しているという情報が流れていた。が、自分が乗る方向の車線が流れているのを下道から見かけたので、試しに高速に乗ってみた。結果、ハズレ。高速に乗って10分も経たないうちに20kmクラスの渋滞にはまってしまう。
その後、すぐに高速をあきらめて下道で大阪方面へと走り、都市高速と下道を交互に使いながら淡路方面へと向かったのだが、神戸付近で高速も下道もひどい渋滞になっている区間に捕まってしまい、時間をやたらとロスする。
しょうがないんで、17時を回ったあたりでホテルに夕食をキャンセルする電話を入れた。このペースだとどう考えても夕食時間まではホテルに着きそうもない。
しかし、神戸の渋滞を抜けて淡路方面高速に入ったとたん、道はがらがらに空いていた。120km/h巡航で一気に淡路を抜ける。しかし、四国に上陸したとたんに高速道路がなくなった。どうやら四国の高速道路はまだ完全に開通していないらしい。下道をしばらく走り、途中からまだナビには乗っていない高速に乗ったりしつつ、結局ホテルに到着したのは20時頃。夕飯の時間に間に合ってたな。
なぜかテレビでやっていたプレデダーなんかを全部見たりしつつ、外で買い込んできた酒を飲んで就寝。
ホテルの朝飯もキャンセルして、9時頃に讃岐うどん食いツアーに出発。2001年8月14日
まずは山越に行ったところ、さすがに有名店だけあって地獄の行列ができていた。でも出だしからあきらめるのはきついので、くそ暑い日差しの中30分以上(下手したら1時間近く)並ぶ。ああばからしい。それだけ並んで一杯150円のかまたま(釜揚げ+卵)を食べるだけとは。でもうどんはうまかった。
続いて、山内へと向かう。郊外の何にもなさそうなところに看板がでており、看板の指す方向に向かうと狭くて急な坂を上らされて到着。場所はなかなか面白げなところにあったけれども、うどん自体はあんまりうまくもなかった。ひやひや一玉+てんぷらで300円くらいだったかな。
で、その後、中村、山下と向かったのだが、どちらも混んでいて駐車場に入れそうもなかったのであきらめる。時間もちょうど昼時にかかっていて、どこに行っても混んでいそうだったので、たった2店を回っただけで讃岐うどん食いツアー終了。オクサンの実家がある福岡方面へと出発。
本当はしまなみ海道を通っていこうかと思っていたんだけど、どうやらそちら方面に向かう高速道路もまだちゃんと完成していない模様。ナビの言うとおりに進んでいたらいつの間にやら瀬戸大橋方面へと向かっていたんで、あきらめて瀬戸大橋経由で向かうことにする。
高速道路はきれいさっぱり空いていた。悪くても100km/h程度で流れるペース。昼頃に高松を出発し、途中で軽い休憩を入れたりしつつも、福岡には18時くらいにはついてしまった。
その後オクサンの実家でバーベキューをしたりしつつ、酒を食らって就寝。
オクサンの母方の実家に顔を出したりしつつ、また夜は酒を食らって就寝。2001年8月15日
ムスコを屋上のプールで遊ばせてやったような記憶がかすかにある。あと、しまふく君のうちに行ったのもこの日だったかな。夜は酒を食らって就寝。2001年8月16日
近所でやっていた北九州博覧祭とやらに暇つぶしに行ってみた。くそ暑い中、たいして面白くはないブースが山ほどある中をうろうろしつつ、飯を食ってビールを飲んで帰ってきた。このくそ暑くてつまらない感じも、夏休みっぽいよね。2001年8月17日
夜はまた酒を食らって就寝。
朝5時半に起きて準備をして帰路につく。高速はすかすか空いていた。今度こそしまなみ海道を通ろうかと思ったりしつつも、このペースならば昼前に四国に入って、続・讃岐うどん食いツアーが決行できるかと思ったので、またもや瀬戸大橋を通るルートで四国入り。ああ高速道路料金がもったいない。2001年8月18日
結局予定通り昼前に高松付近にたどり着けたので、行きに寄り損ねた中村、山下でうどん。中村はすごいところにあったな。オクサンでは駐車できない立地だった。山下はまあふつうの一般店。うどん自体はそれなり。
結局うどんの味としては、最初に行った山越が一番うまかったな。他の店は特にうどん自体に対する感動はなかった。どれも、味と立地と店構えはそれなりに面白かったけどね。あとうどん屋の多さと値段の安さはいいよね。2、300円で腹一杯になれる外食屋があれだけ多かったら幸せだろう。
うどんを食ったらとっとと今日の宿神戸へと向かって出発。が、高松から淡路方面へと向かう高速はまだ完成していない。状況がよくわからないままにうろうろ高松付近の下道をさまよい、結局高松がちょうど現在高速の接続工事中の場所になっていることがわかった。高松で東西をつなぐ高速がいったんとぎれているんで、異常にわかりにくかったのか。
結局高松からしばらく西へと下道を走ったあたりから高速に乗り、淡路方面へとひた走る。が、再び高速道路がなくなる。どうやら淡路へと接続するあたりもまだ高速が接続工事中になっているようだ。結局それからまたしばらく下道を走らされて、再び淡路方面入り口で高速に乗る。
なんだかやたらと四国を抜けるのに時間がかかってしまった。が、淡路高速に乗ってしまえば再びあっという間。神戸で下道に降りてすぐにホテルに到着。が、ホテルの駐車場が異常にわかりにくく、そこで無駄に時間を費やす。結局到着は17時頃だったかな。
それからホテルから徒歩で近所を散策。メリケンパークとかなにやらタワーとかモザイクなんちゃらとか(まともに固有名詞を覚えていない)うろうろしてから、元町の商店街へ。南京通りとかいう中華街で細々した食い物を買って、ホテルに戻ってそれを食う。そして夕寝。
夕寝は2時間ほどで終了。何となく小腹が空いたので再び中華街で軽く食べようかと思って出かけたら、21時過ぎでもう中華街は終わっていた。ああ、まだ食べたいものはいろいろあったのに。
しょうがないんで再びホテルに帰る。同宿の甲子園出場校野球部員たちが、近所の公園で素振りをしていた。彼らはその後どうなったのかな? 甲子園にはほとんど興味がないからよく知らないんだよな。
朝起きてホテルのモーニングを食べてから、神戸の異人館通りあたりへ出発。坂がやたらと多い通りをくそ暑い中散策。あの坂はきついなー。2001年8月19日
それから昼前に家に向かって出発。高速は思ったよりも混んでいなかった。とはいうものの、行きに混んでいた京都付近はまたも混んでいた。20kmクラスの渋滞。それを抜けて以降はずーっと渋滞はなし。
この分ならば二子玉の花火大会がやっているうちに家に帰り着けるかも、という淡い期待を抱いたのだが、もうちょっとで家に帰り着くという町田付近で再び20kmクラスの渋滞。気力がなくなったのでオクサンに運転を代わる。
結局その渋滞を抜けて家に帰り着いたのは20時過ぎ。ちょうど花火大会が終わった頃で、二子玉方面から歩いて帰る人の群れとぶつかった。ああ惜しかったなー。
というわけで、久しぶりの家でのんびりしつつ酒を食らって就寝。無事帰ってこられてよかったよかった。
朝起きたらムスコが鼻水をだらだら流していた。帰ってきたら早速体調を崩したんですか。出先で体調を崩されなくてよかったけどさ。2001年8月20日
家でだらだら過ごしつつ昼寝を長めにとったりして、夕方から近所に買い物に出かける。ああもう明日からは通常営業なんだね。というわけで、日常復帰用品を細々買って帰宅。
ちなみに七泊八日(うちホテル3泊)の車旅行では、結局17万円くらいお金がかかったらしいよ。うち交通費が10万円(高速5万+ガソリン5万)くらい。宿代なんかはかなり安くあげたつもりだけど、それでも結構かかるもんだね。
まあ、割引のない飛行機チケット代大人二名往復なんかと比べるといい勝負だろうし、それよりは面白かっただろうからいいけどさ。でももうすぐ引っ越しでどかんとお金がでていくってときに、この出費は痛いねー。
10月に引っ越すことになったので、予約を入れていたYahoo!BBにキャンセルのメールを出してからもう2、3週間経つ。予想はしていたがまったく音沙汰はない。2001年8月21日
が、ふと気づくと予約状況のステータス画面に「キャンセル」という項目が追加されていたので、昨日早速キャンセルの申し込みをした。工事予定日が八月下旬になっていたので、そろそろぎりぎりのタイミングだろう。でもまだ後日メールで正式にキャンセルが通った旨の通知がくるんだそうな。運が悪いと先に工事確認の連絡が来ちゃったりしそうだ。
ちなみに、会員向けページの方のFAQに引っ越した場合どうなるかという項目が追加されており、やはり引っ越しは基本的にサポートされておらず、引っ越した場合はいったん退会してから、引っ越し先で入会し直すことになるんだそうな。
もしも引っ越し手続きがあるんだったら、引っ越すまでの一ヶ月とちょっとだけでもYahoo!BBを試してみようかと思ったんだけど、退会してから入会し直すとなるとお金も時間もいろいろ大変そうだから、ちょっとやる気にならないよな。
ところで他のADSL系サービスは、引っ越しの場合どうなるのがふつうなんだろう? サービス提供範囲ならば基本的に引っ越し可というのが幸せなんだけど。
2001年8月21日●推移
日付 何日目 体重 体脂肪率 備考
2001/7/17 開始 77.8 27 ダイエット第1次計画開始
7/18 2日目 76.8 27.5
7/19 3日目 75.8 26.5
- - - - 3連休で好き放題過ごす
7/23 7日目 76.8 26.0
7/24 8日目 76.4 25.5
7/25 9日目 76.6 25.0
7/26 10日目 76.6 26.5
- - - -
7/28 12日目 75.6 25.5
- - - -
8/1 15日目 75.0 22.5 水泳効果炸裂?
8/2 16日目 74.6 24.5
- - - -
8/20 34日目 76.0 28.0 夏休みの間、好き放題過ごした結果。
8/21 35日目 75.8 27.0
●ダイエット第1次計画
・一人で外食しない
・飲み物は糖分のないお茶系のもの
・家では好きに食べていい
・人の家でも好きに食べていい
・酒の席でも好きに食べていい
・外でどうしても腹が減ったら蒟蒻畑でごまかす
●ダイエット関連まとめよみ
台風が近づいているけど、バイクで出社。2001年8月21日
ちゃんとした透湿防水の雨具は雨の中でもとても快適。フルフェイスのヘルメットと組み合わせれば、体は全然雨に濡れないし、それなのに雨具の中にまでちゃんと風が吹き込む。
私の持っているものは、ゴアテックスを使った高級品ではなく、その一段下のレベルの素材の製品なんだけど、それでも十分使える。ゴアテックスだったらこれよりももっとえらいんだろうか?
しかーし、体は雨具でちゃんと守られていても、私は雨の日用の(というかちゃんとしたバイク用の)靴を持っていない。ふつうのスニーカーで乗っている。というわけで、靴だけは雨に濡れて不愉快。現在、靴下がじっとり状態。
あと、ヘルメットのバイザーも雨に濡れたときの水滴の落ちがよくないなー。汚れているせいなんだろうけど、単に拭いただけじゃ大して改善されない気がする。ウインドウコーティングみたいなものでコーティングしてやった方がいいのかな。
10月のさいたま市引っ越しに向けて、ムスコの保育園移転手続きを行ってきた。2001年8月22日
前にさいたま市役所で聞いたら、移転手続きは現在住んでいる市の方で行ってくれということだったので、最寄りの区役所の福祉課でその旨を言う。すると、二枚の用紙を渡された。
1枚の用紙は、川崎市に提出する移転手続きの書類。川崎市に提出すると、川崎市が現在持っている各種書類を添えて、川崎市からさいたま市に提出してくれるとのこと。その場で入園希望先を第3希望まで書いて提出。
もう1枚の用紙は、現在通っている保育園に提出する退園用紙。こちらは退園日が決まってから直接保育園に出せばいいとのこと。まだ引っ越し先の建物が完成していないし、提出はまだ先のことだね。この用紙は、保育園経由で市に提出されるらしい。
なんかどちらの書類も、無駄にクッションを挟んでいるような気もするし、現場作業効率優先にするとその方がいいような気もする。まあこちらとしては別にどういう仕組みでも、最終的に問題なければいいんだけどね。
まあそういうわけで、だんだん引っ越し関連の作業も進んできているわけですよ。
ちなみに引っ越し業者数社に書面のみの見積もりをとってみたら、最低4万円くらいから最高10万円くらいまでの幅がある見積もりがでた。実際に家を見てもらってから見積もりをとるとまた変わってくるんだろうけど、実際業者に頼むといくらかかるのかなー。
台風の中だけど、バイクで出社。2001年8月22日
朝起きて、今日会社を休むかどうかまじめに考えた。けど、午前中の空模様を見る限りでは、休むほどのことはなさそうだという結論に達した。仕事はまだ忙しくないんで休めば休めるんだけど、先週夏休みをとったばっかりだし、ここでまた休むのもなんだよなーと思って。
で、今度は電車で行くかバイクで行くかの二択を考慮してみたところ、ここのところの田園都市線の災害に対する弱さを考えると、わざわざ電車で行ったところでちゃんと帰れるかどうかはそれほど確かではないよなーと思われた。それならば、雨風の勢いが弱まった隙にバイクで帰った方が確実のような気がする。
というわけで、もう数時間で台風が直撃する雨風の中をバイクで出社。雨の強さはまあ予想通りだったけど、風はところどころ予想を超えていた。特に新二子橋を越えるところなんかは、すでに台風らしい瞬間最大風速がでているっぽい。気を抜くと一車線くらい風にながされそうになる。まあ風に弱いオフ車だからというのもあるんだけど。
さて、行きはまあまだ台風の端っこだったからいいとして、帰りの時間頃にはおそらく台風の勢力圏ばりばりの中になっているはずだよな。何時頃にどうやって帰ろうかな。タイミングを間違うと、飛んできた看板に直撃したりして。すでに出勤途中にバイクと車の事故を目撃したしなー。いろいろ危険そうだ。
どうやら次の仕事はJSP/Servlet系のものになるらしいんで、ひとまず自前で環境作って遊ぼうかと思い、手持ちのLinuxサーバにApache+Tomcatの環境を構築しようと思っていじっていたんだけど、なんだかよくわからないままに完成できず、セットアップを途中で放り出してしまった。2001年8月22日
手持ちのサーバー環境にはJDKすらインストールされていなかったんで、JDK1.3.1をひとまずインストールしてみたんだけど、Java関連はJDK以外にも細々いろんなものにいろんなバージョンが出回っていて、結局トータルで必要なパッケージがどれとどれで、バージョンはどのあたりにあわせればいい(JSP/Servletのお勉強環境として無難)のかがよくわからない。Tomcat自体も一つのアーカイブで配布されてはいないみたいだし、さらに関連パッケージが他にもいるっぽいんだよな。
ネットで探すと、JSP/Servlet系の関連情報は少なくはないのだけれども、ちょっと古めの情報が多くて現在のバージョンではどうすればいいのかいまいち把握できない。なまじTomcatになる前の情報の方が結構充実しているんで、情報が錯綜しちゃってるんだよね。あとWindowsサーバー上で動作させる情報が多くて、Linux上というのはちょっと少なめみたいだ。
結局ApacheではJSP/Servlet以外の応答をさせて、JSP/Servlet系は別ポート上で動作させた専用Webサーバーに応答させるやり方は、今でも有効なのか? それすらも理解できなかった。もしかしたらJavaアプリケーションサーバー系ではApacheを使わない方が正道なのかなー。次にやる仕事自体は全部Oracleで固めてあるらしいけど、OracleとかWebSphereとかのお試し版を使った方がいいのかも。
とかいいつつも、結局特に使う宛もないのに、私がボーランドのファンだからというだけの理由で会社に買ってもらっていたJBuilder 5を使って、しばらくの間は遊ぶことにした。でもこれってしょせんは開発専用環境だよなー。どうせならば本当にインターネット上に公開できるサーバー上でいろいろ遊んでみたいんだけど。
当初の予報では、台風は昼から夕方にかけて東京を横断し、東京が台風の勢力圏から逃れるのは夜遅くなってからという話だったのに、どうやら台風さんは神奈川あたりにさしかかったあたりから加速を始め、東京をあっという間に通り過ぎてしまったらしい。現在は千葉あたりにいるそうな。2001年8月23日
さっき外にでたらやけに天気がよかった(青空までのぞいていた)ので、てっきりタイミングよく台風の目かしらんなどと思っていたんだけど、どうやらこれは本当に台風一過の青空ってやつだった模様。しかも台風自体の勢力が弱まってしまっているらしいんで、私が帰る頃にはなんてことないふつうの天気になっちゃってるんだろうな。
暴風の中をよたよたしながらバイクで帰る覚悟完了済みだっただけに、なんとなく物足りない気分。とか言ってたら、台風があわてて引き返してきたりして。
だめだめ系ダイエット計画を実践して一ヶ月とちょっと。かなり無茶なやり方ではあったけれども、長期休みのたびに戻る以外は、基本的に体重は維持もしくは減る方向にあった。逆に太る説が有力かと思っていたんだけど、そうでもないらしいな。2001年8月24日
でも、これじゃーいつまで経ってもまともにやせる方向には向かわないような気がするんで、そろそろダイエット計画も第2弾に入ることにする。今回はもっとちゃんとやせる方向に向かうために、指針をいろいろと修正。
○ダイエット計画第2弾指針
・まず、基本的に昼飯を食わないというのはやめて、腹が減ったらふつうに昼飯を食ってもいい。ただし、腹八分目以下、できれば腹五分目程度に抑えておき、その内容もカロリー控えめにしておく。
・基本的に糖分の入った飲み物を飲むのはやめて、お茶系を中心に飲むようにするところは変わらない。
・毎日継続的に運動する。基本はスクワット系。あと、ついでに最近異常に体が固くなっているんで、ストレッチもやっておこう。
・体重・体脂肪率を測定する時間は、毎日帰宅後すぐということにする。これならば比較的まめに計ることができそうだ。ちなみに朝と晩だと体脂肪率測定誤差は5%くらいに達する(夜+5%でだいたい朝測定したものと一緒)。
・酒を飲むときにはなんでもありというのは変わらず。あと人と一緒に外食するときもなんでもあり。それをなくしちゃつまらない。基本的に節制するのは自分一人のときだけ。
というわけで、これからしばらくはこの指針を元にやっていこうかと思います。たぶんポイントは朝の運動をどれだけ継続的に量をこなせるかにかかってくると思うんだけど、そのあたりは飽きないようなうまいやり方を見つけないと難しそうだなー。
ああ、私がアホでした。ちなみにこの話は前回の続きです。2001年8月24日
Linuxでのインストール作業は、単に使うだけのアプリケーション系ならばともかく、サーバー系なんかはRPMパッケージやコンパイル済みバイナリを持ってきたんじゃ、あとで逆に面倒くさい(細かい設定変更ができない)ことになりかねないから、基本的にソースコード持ってきてmake installするのが習慣化していたのが、思いっきり裏目に出た模様です。
Javaプログラムの場合はどうせどこでコンパイルしたって生成されるバイナリは一緒なんだから、わざわざソースコードを持ってきてコンパイルする必要性は特にないんだね。それをわざわざソースコードからコンパイルしようとしたからややこしいことになる。
ちなみに二日かかって試行錯誤した結果、一応Tomcat 3.2.3のインストールは成功しました。っつーか、Build Successfulにはなりました。しかし、それなのにきちんとTomcatを起動することはできませんでした。
一応ソースコンパイルがBuild Successfulになるまでに必要だった作業をメモ代わりに書き残しておくと、以下のような手順で一応コンパイルは通るようになります。
・JDK1.3.1をダウンロード&インストール(java.sun.comから入手)
・JDKの環境設定(PATH/JAVA_HOME/CLASSPATH)
・JAXP1.1のインストール(java.sun.comから入手)
・JAXPの環境設定(CLASSPATH)
・jakarta-ant-1.3のインストール(jakarta.apache.orgから入手)
・jakarta-antのCLASSPATH追加
・jakarta-servletapi-3.2.3のインストール(jakarta.apache.orgから入手)
・jakarta-servletapiのCLASSPATH追加
・jsse1.0.2のインストール(java.sun.comから入手)
・jsse1.0.2のCLASSPATH追加
・jakarta-tomcat3.2.3のインストール(jakarta.apache.orgから入手)
※上記過程において、時々ファイルが見つからない系のエラーがでるので、その場合は適宜build.xmlの該当箇所を書き直したり、必要ファイルを指定パスにコピーしたりする。
で、いろいろ調べ回った結果ようやくjakarta-tomcatのbuild.shがBuild Successfulと返すようになったのですが、これでビルドしたTomcatくんはstartup.shで起動すると、PopStackが見つからないというエラーを出して終了します。
PopStackというのはxml関連のクラスで、本来インストールが成功したのならばきちんと生成されるはずのものなのに、確かに私がコンパイルした環境ではそのようなものは見あたりません。
同様の事例をネットで探してみたところ、まったく私と同じ状態に陥ったガイジンさんが、「〜という風になったけど何で?」とメーリングリストで質問して、そのまま放置されている事例を一つ発見できただけでした。
といったところで、最初に書いたとおり「どうせJavaプログラムなんだから自分の環境で無理にコンパイルすることないじゃん」と思い当たり、コンパイル済みバイナリアーカイブjakarta-tomcat3.2.3.tar.gzを持ってきて展開して実行したら、あっさり動きました。
各クラスの依存関係がよくわかっていないんで、最終的に必要なものがどれとどれなのかはわかりませんが、ひとまず私が試行錯誤した上記手順のうち最後の一カ所で、ソースではなくコンパイル済みアーカイブを持ってくれば、ほぼ確実に動くんではないでしょうか。ちなみにOSはRedhat Linux 7.0ですけど、JavaだからOSはあんまり関係ないでしょう。
なんだか疲れ果てちゃったんで、ちょっと休憩してからApacheと連携させる設定にトライしてみよう。でも雰囲気的にはmod_jk.soを追加してhttpd.confを書き換えるだけで済むそうな予感。
さらに、この話の続き。2001年8月27日
Tomcatが単体で動いたから、Apacheと連携させるのも簡単かと思いきや、そうは問屋がおろさなかった。でも小売り屋は売ってくれた。って、なんじゃそりゃ。
基本的にはやることは以下の通り。
・ApacheをDSOモジュール対応にする(configure --enable-module=so)
・Apacheをコンパイルし直す。
・Tomcatの/src/native/apache1.3/(Apache 1.3系を使っている場合)にあるMakefile.linuxをMakefileにリネームしてから、make。
・できたmod_jk.soファイルをApacheのライブラリディレクトリに放り込む。
・httpd.confにInclude /TOMCAT_HOME/conf/mod_jk.conf-autoを追加する。
※TOMCAT_HOMEの部分はフルパス表記にしておく。
※Tomcat-Apacheの設定を変更したい場合は、mod_jk.conf-autoを適当に編集しておく。
でも、引っかかりどころが満載だった。まず、DSOモジュール対応にconfigureしたあとに、単にmake installしただけでは設定が反映されなかった。make allしてからmake installしたらうまくいった。そういうもんなんだっけ?
あと、ネットで調べたらなぜかApache 1.3+mod_jk.soな話をしている人が少なくて、それよりも古いApache+mod_jserv.soの話をしている人が多かったもんで、しばらくの間自分の環境の場合はどのファイルを使って設定すればいいのかわからなくて混乱した。Tomcat系は新しめの情報がまだ少ないなー。
さらに、mod_jk.soのコンパイルで引っかかった。どうやら私のインストールしたApache 1.3.20に入っているapxsはバグっているらしい。ネットで調べたら1.3.19で修正されたって情報を見つけたんだけど、実際には修正されていなかった。
結局、ネットでapxs/modあたりをキーにいろいろ探していたら、apxsファイルがバグっていた場合の修正方法(きちんと設定されていない変数をセットする)を見つけて、その通り修正したらちゃんとコンパイルできるようになった。
というわけで、ようやくTomcat+Apacheの環境を構築することができたんだけど、まだいまいち使い方がよくわからないんだよな。TomcatのexamplesディレクトリはちゃんとApacheにマウントされているんで、連携自体はうまくいっていると思うんだけど、自分で作ったファイルはどこに置けばApacheから見えるようになるんだろう?
土曜日の昼は、もうすぐ溝の口から引っ越しちゃうんで、溝の口でうまいラーメン屋といえば必ず名前がでてくる「きしち」に行った。きしちってのは確か七を三つの「き」に「七」って書くんだったかな。たぶん第二水準にも入っていない漢字だと思われる。2001年8月29日
きしちは駅からちょっと離れた、KSPとかいうベンチャー企業誘致計画(だったと思う)の建物があるすぐそばにある。という話は聞いていたんだけど、KSPとかいうところには行ったことがなかったんで、勘で適当に歩いていったら思ったよりもあっさりと見つかった。元アコム現ツタヤとかauショップとかがある通りをずーっとまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がったあたり。
上川ラーメンという北海道系のラーメン屋さんなんで、ひとまずネギみそチャーシューを食べてみた。辛い。けどうまい。俺の好きなとろっと溶けるチャーシューが大盛りになってくる。これは久しぶりにヒットだ。今度他の味も食べにこなければ。あと、量が多い。昼に食ったら夜かなり遅くになるまで腹が減らなかった。ダイエットの敵。
ちなみにこの店は昼と夕方の間の客が少なくなる時間は、いったん休憩をとるタイプの店らしい。俺が行ったときにはちょうど休憩に入る寸前のタイミングだったらしく、俺が注文してすぐに休憩の札を表に出されてしまった。もうちょっと出遅れていたら悲しい目に遭わされるところだった。おそらくは15時頃が休憩タイミングっぽい。
2001年8月30日●推移
日付 何日目 体重 体脂肪率 備考
2001/8/21 開始 76.0 23.0 ダイエット第2次計画開始
8/22 2日目 75.4 22.0 まあ順調?
8/23 3日目 75.4 22.5 停滞
8/24 4日目 75.4 24.5 昼にネギチャーシューメン。油たっぷり。
- - - - 忙しかった
8/29 9日目 74.6 23.0 そしてこれからもしばらく忙しい
●ダイエット第2次計画
※継続的に運動をする(主に朝、スクワットを中心に)
※一人でする食事のカロリーを控え、それ以外の食事では気にしない
※腹が減ったときには無理に我慢せず軽めに食べる
・飲み物は糖分のないお茶系のものを中心に
※体重・脂肪率測定時間は夜に変更。
●ダイエット関連まとめよみ
サイトを全面的にリニューアルしようと、いろいろ手をつけ始めたところ、仕事の方まで面倒くさい状況になってきた。2001年8月31日
急ぎのややこしい仕事がやってきたんで、そのための準備をしていたら、ぎりぎりになってデザイン周りの差し戻しがごちゃごちゃになって、残り時間だけは少なくなっていくのに、作業のややこしさは増加していくモード。やることは(まだ)ないのに気だけは焦る。いらいら。
という待ち時間の心の平穏のために、サイトのリニューアルを押し進めることにした。今度こそは数年間同じデザインを続ける気になるシステムができるといいな。基本線としては、表側の部分はある程度改変されることを前提としつつも、システムの中核部分だけは変えないでも済むようなシステムづくりかな。全般に汎用性を求めすぎないのがポイント。
ちなみに、ひとまずtextmania2に関してはずいぶんまともに動くようになってきたんで、お暇な方はテストしてみてください。動作保証等はありませんが。
テキストマニアからtextmania2へ、マイ新着リスト情報を移行するページを用意しました。移行を行っても、旧テキストマニアに関する登録情報は削除されないので、ベータテストにつきあってくださる方は、移行ページからデータを移行してみてください。
ちなみに、データを全部さらう処理を行う関係上、上記をクリックしてからちょっとの間待たされるかもしれません。30秒くらいまでは連射したりせずに気長に待ってください。たいていの場合10秒以内に処理は終わると思います。
あと、使い方についてはざっとhelpに目を通しておいてください。読んでもわかりにくいとは思いますが、読まないよりはましかと思います。