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title: "嫌いという気持ちも物理現象だった"
slug: "kirai-toiu-kimochi-mo-butsuri-gensho-datta"
publishedAt: "2026-07-10T00:42:28.953Z"
updatedAt: "2026-07-10T00:42:29.334Z"
tags: ["essay","脳科学","東京大学","感情"]
excerpt: "東大のマウス実験で、特定の相手を嫌う感情を生成・消去できたという話を見た。ロボトミーとは違う。違うのだが、嫌いという気持ちまで神経回路の話に落ちていくと、人間への特別扱いが少し剥がれる。"
canonical: "https://ishinao.net/kirai-toiu-kimochi-mo-butsuri-gensho-datta"
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[日本経済新聞: ｢相手を嫌う｣感情消去　東京大学がマウス実験、うつ･恋愛など解明へ](https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG245S90U6A420C2000000/)

[東京大学定量生命科学研究所: 脳は友達への好き嫌いをどうアップデートさせるのか？](https://www.iqb.u-tokyo.ac.jp/pressrelease/260710/)

相手を嫌う感情を消去、という見出しを見た。

嫌な見出しである。

いや、研究としてはかなり面白い。東京大学の発表を読むと、かつて親しかった相手に攻撃されたマウスが、その相手を避けるようになる。そのとき、相手についての記憶に関わる海馬腹側CA1と、感情に関わる扁桃体などの神経回路の結びつきが変化する。さらに、その回路を操作することで、特定の相手に対する感情を作ったり消したりできた、という話らしい。

一瞬、ロボトミーという言葉が頭をよぎる。脳に手を入れて人間の情動を変える。もちろん実際にはだいぶ違う。ロボトミーは外科的に脳を大きく傷つけるような話だが、今回の研究は、マウスの特定の相手への感情に関わる神経回路をかなり絞って調べている。

ざっくり壊すのではなく、回路を操作する。

人間の感情というものは、なんとなく自分の内側の奥の方から湧き上がってくるものだと思っている。好きだとか、嫌いだとか、怖いとか、懐かしいとか。そういうものは自分だけのものであり、もう少し大げさに言えば、人間らしさの中心に近いものだと思っている。

しかし、それも脳の中の物理的な構造、化学的な反応として存在している。神経細胞があり、結合があり、活動パターンがあり、そこに経験が乗る。そう考えれば当たり前だ。人間は物質世界の外側に浮いているわけではない。

当たり前なんだけど、実際に「特定の相手を嫌う気持ち」を作ったり消したりできた、と言われるとだいぶ人間にロボット味が出てくる。

嫌いな相手がいる。顔を見るだけで嫌な気分になる。声を聞くだけで胃のあたりが重くなる。あのときああ言われた。こういうことをされた。だから嫌いになった。でも、それを脳の側から見ると、相手の記憶と嫌悪の回路が強く結びついたという話になるのかもしれない。

もちろん、これが人間の治療に使えるようになるなら、すごく意味はある。トラウマやうつ、人間関係の強い苦痛を和らげられるなら、それは助かる人が多いだろう。失恋で数年ずっと苦しむ人もいる。職場の人間関係で壊れてしまう人もいる。嫌いという感情が自分を守るための信号だったとしても、それが強すぎて生活を壊すなら、少し弱めたいことはある。

それは分かる。

分かるのだが、その嫌いを消したあとの自分は、消す前の自分と同じなのだろうか。嫌いという感情まで含めて自分だと思っていた場合、それを消すのは治療なのか、編集なのか。もしも嫌いという感情がその人のコアであった場合、それを失ったその人は本当にその人のままなのか。

人間は自分のことを特別扱いしがちである。心がある。魂がある。自分だけの経験がある。そう思って生きている。

でも、脳科学が進むと、その特別扱いは少しずつ失われていく。嫌いも、好きも、記憶も、たぶんだんだん回路の話になっていく。

自分の中にある強い執着や思いが消えたあとに残ったもの。それは本当に「自分」なのだろうか。
