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title: "『みいちゃんと山田さん』は、売れたから怒られているのか"
slug: "miichan-to-yamadasan-wa-ureta-kara-okorareta-no-ka"
publishedAt: "2026-07-29T13:16:21.834Z"
updatedAt: "2026-07-29T13:19:17.081Z"
tags: ["みいちゃんと山田さん","漫画","表現"]
excerpt: "『みいちゃんと山田さん』のアニメ化が批判されている。ガロ風ならカルト作品で済んだのか。『ナニワ金融道』『闇金ウシジマくん』『タコピーの原罪』『聲の形』と比べながら、売れると怒られる作品の境界を考えた。"
canonical: "https://ishinao.net/miichan-to-yamadasan-wa-ureta-kara-okorareta-no-ka"
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https://x.com/i/status/2081213601654976615

[『みいちゃんと山田さん』のアニメ化、悪意の底が抜けたという意見が一番的確ではないか](https://togetter.com/li/2726006)

『みいちゃんと山田さん』のアニメ化が発表され、かなり強く批判されている。知的障害があると思われる女性の失敗や悲惨な人生を、面白がって見せる作品ではないか。弱い立場の人を見世物にしているのではないか。そんな話である。

反応を見ながら、あれはあの絵柄で描かれ、ネットでバズったからここまで問題視されているのではないかと思った。

もし同じ話をガロ的な絵柄で描き、小さな雑誌で一部の読者だけが読んでいたらどうだっただろう。現代風俗の負の側面を描いた、悪趣味だが妙に力のあるカルト作品。たぶん、そのくらいの扱いで済んでいた気がする。

ピカレスクロマンとか、エロ・グロ・ナンセンスとか、昔からそういうコンテンツはある。犯罪者を主人公にする。人間の嫌な部分を描く。ひどい目に遭う人を見せる。だいたい何かしら不健全である。

ただ、狭い場所に置かれている間は「そういう作品もある」で済む。それが売れ、アニメ化され、TikTokやYouTubeの短い動画として広く流れ始めると、急に社会的な影響まで問われる。売れなければカルト作品。売れたら社会問題。そんな境界があるような気がする。

では、『ナニワ金融道』や『闇金ウシジマくん』はどうだったのか。どちらも借金、犯罪、貧困、人間のずるさや弱さをかなりえぐく描いている。しかも大ヒットし、映像化もされた。それでも基本的には、社会の仕組みを描いた作品、あるいは怖い社会勉強として受け入れられてきた。

『ナニワ金融道』を今どきのかわいい絵柄にして、借金で追い詰められて底辺の生活に落ちてひどい目にあうかわいい女の子を主人公にしたら、同じ扱いになっただろうか。貧困を見世物にしている、女性の不幸を消費している、と今ならかなり怒られそうな気もする。

一方、帝国金融で働くかわいい主人公が金融知識を使いつつ、周辺で起こる悲惨な人々を紹介するような話なら、萌え系金融漫画として普通に受け入れられそうでもある。かわいい絵かどうかだけではなく、誰を主人公にして、誰の失敗や不幸を見せるのかが大きいのだろう。

かわいい絵柄でえぐい話といえば、『タコピーの原罪』もそうだった。いじめ、虐待、家庭崩壊、自殺まで扱って大きな話題になったが、『みいちゃんと山田さん』ほど弱者を見世物にしているとは批判されなかった。

ただ、タコピーは宇宙人である。人間社会を理解できず、善意でとんでもないことをするのも、宇宙人だからで済む。もしタコピーが、超能力を持った精神障害者という設定だったらどうなっただろう。同じ行動でも、実在する人たちへの偏見を広げる作品だと、かなり強く批判された気がする。

そう言えば『聲の形』もあった。耳の聞こえない女の子を丁寧に描いた作品だが、それでも障害のある女の子が、いじめた側の反省や成長のために使われているのではないか、障害を道具として使った感動物語ではないか、という批判があった。真面目に描けば問題がなくなるわけでもない。

実在する弱い立場の人と直接結びついて見える作品は、作者が誰の側から描いているのかを細かく問われる。そして作品が売れるほど、読者による雑な消費も増える。現実の人を「みいちゃん」と呼んで馬鹿にするような使われ方まで始まれば、作品とは別のところで実害も出てくる。

とはいえ、そのすべてを作者の責任にするのも変である。作品を見て現実の誰かを馬鹿にする人の倫理観まで、作者が完全に管理できるわけではない。

作品が悪いのか。かわいい絵柄が悪いのか。売れ方が悪いのか。面白がって消費する人が悪いのか。
