---
title: "ネタができる芸人はまだ偉いのか"
slug: "neta-ga-dekiru-geinin-wa-mada-erai-no-ka"
publishedAt: "2026-06-19T01:50:29.756Z"
updatedAt: "2026-06-19T01:53:14.574Z"
tags: ["essay","お笑い","THE W","賞レース","テレビ","YouTube"]
excerpt: "THE Wが終了方向と報じられた。賞レースはネタができる芸人は偉いという価値観を支えてきたけれど、YouTube時代の芸人にとって、ネタという形式は少しずつ古典芸能に近づいているのかもしれない。"
canonical: "https://ishinao.net/neta-ga-dekiru-geinin-wa-mada-erai-no-ka"
---

女芸人No.1決定戦「THE W」が今年は開催されず、終了の方向だと[報じられていた](https://news.livedoor.com/article/detail/31592888/)。

私はTHE Wを一度も見たことがない。

M-1は見る。キングオブコントも見る。R-1も。THE SECONDも見た。ネタ番組はわりと好きだ。が、最近はだいぶネタ番組を見なくなってきた。そして、THE Wは一度も見ていない。

だから、THE Wが終了すると聞いても、正直なところ生活上のダメージはない。

ひどい言い方である。

ただ、見ていない人間が「なくてもいい」と言うのはあまりにも簡単だ。出る側にとっては大事な舞台だっただろうし、THE Wがあったから知った芸人もいるだろう。

とはいえ、お笑いの賞レースというもの自体、そろそろ少し難しい時代に入っている気もする。

もともとテレビで芸人が出る場所は、ネタ番組よりもバラエティやワイドショー的な番組のほうが多い。トークをする。リアクションをする。ロケに行く。ひな壇に座る。ニュースっぽい話にコメントする。

芸人なのに、テレビでネタをやっている時間は少ない。

そこにM-1やキングオブコントがあり、「やっぱりネタができる芸人は偉い」という空気を強く作った。

これはかなり大きかったと思う。テレビタレントとして面白いだけではなく、舞台でネタを作って、練って、競技として勝ち上がる。そういう筋肉を持っている芸人は偉い。M-1とKOCはその価値観をかなり強く復活させた。

ただ、それも長く続くと、少しずつ目減りしていく。

M-1で優勝したら人生が変わる。キングオブコントで優勝したら売れる。そういう夢は今もあるのだろうけれど、視聴者側もだいぶ慣れてきた。毎年誰かが優勝する。毎年誰かが泣く。毎年誰かが人生を変える。

その感動もこれだけ続くと当たり前になってしまう。

さらに今はYouTubeがある。芸人は自分のチャンネルで企画をやる。ラジオ的にしゃべる。ゲームをする。街に出る。切り抜かれる。ショート動画にもなる。

そういう場でネタをやっている芸人は少数派だ。ネタ以外の部分でファンを作ることが多い。毎週決まった企画を見る。トークを聞く。人柄を知る。コンビ間の関係性を見る。

そうなると、「ネタ」という形式の存在感は、相対的に薄くなっていく。

もちろんネタは面白い。私はネタ番組が好きだ。漫才もコントも好きだ。

でも、感覚としては、ネタ番組は少しずつ古典芸能に片足を突っ込み始めているようにも感じる。

落語と同じで、そういう形式のお笑いが昔からある。だから、その形式を磨き上げる人たちがいて、その形式を競う大会がある。そういう感じになりつつある気がする。

これは悪口ではない。古典芸能はすごい。落語も漫才もコントも、ちゃんとした形式があるから強い。型があるから技術が見える。

ただ、中心にあるかどうかは別の話だ。

昔は、ネタで売れてテレビに出る、という道が分かりやすかった。今は、YouTubeで売れる、SNSで売れる、ラジオで売れる、企画で売れる、炎上で売れる、いろいろある。

そんな中で、M-1やキングオブコントはまだ強い。歴史もあるし、種目もはっきりしている。漫才の大会。コントの大会。それなら分かる。

THE Wはそこが難しかったのかなーと思う。見ていないんだけど。

漫才でもコントでもピンでも歌ネタでもよい。女性芸人であることが参加条件。多様性はある。自由度もある。ただ、賞レースとして見ると、女性芸人というくくりで競う必然性がよく分からない。

しかも、今はネタという形式自体の意義も少し揺らいでいる。

「女性芸人だけの、ジャンル横断の、テレビの賞レース」を強いコンテンツとして維持するのは、かなり大変だったのだろう。

去年は粗品の辛口審査がずいぶん話題になったらしい。[ORICONの記事](https://www.oricon.co.jp/news/2424809/full/)では、粗品のコメントが大会にヒリヒリした空気をもたらしたと書かれていた。[マイナビニュースの記事](https://news.mynavi.jp/article/yomitoki-109/)では、制作側が粗品のコメントを意図的にフィーチャーしていたのでは、という分析もあった。

わたしもTHE Wは見ていないけど、その部分の切り抜きだけは見た記憶がある。

出場者より審査員が話題になる賞レース。

それはそれでテレビとしては正しいのかもしれないが、賞レースとしては少しつらい。

お笑い賞レースは、芸人のネタを見せる場所でありながら、テレビ番組でもある。ネタの権威を作る装置でありながら、視聴率も話題性も必要になる。

その両方を満たすのは、たぶんかなり難しい。

ネタができる芸人は偉い。

私は今でもそう思う。

ただ、その偉さが世の中の中心にあるかというと、もう少し怪しい。

だいたいネタをじっくり考えて作って演じる能力と、今どきのテレビ番組で必要とされがちな、瞬発力やキャラクター性でその場を盛り上げる能力はだいぶ違うだろう。

ネタは古典芸能になりつつある。

そう考えると、賞レースは現代の人気投票というより、伝統芸能の競技会に近づいているのかもしれない。

そういうものが毎年ゴールデンタイムに生放送されるべきなのか。

世の中は、わりと薄情である。
