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title: "選択肢が増えると、選べない理由も増える"
slug: "sentakushi-ga-fueru-to-erabenai-riyu-mo-fueru"
publishedAt: "2026-06-16T12:32:50.116Z"
updatedAt: "2026-06-16T12:32:50.208Z"
tags: ["essay","学歴","選択肢","キャリア","Togetter"]
excerpt: "学歴を高めると選択肢が増える、は本当なのか。外側の選択肢は増える。でも内側で選べなくなる人もいる。その二つを混ぜると、話が急にややこしくなる。選択肢が増えると、選べない理由も増えるのかもしれない。"
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https://x.com/i/status/2066400693762842816

[Togetterまとめ: 「勉強して学歴を高めると選択肢が増える」は間違っていると思う...学歴を高めるほどプライドが肥大化して心理的に選べなくなる職業が多くなり結果的に選択の幅は狭くなる](https://togetter.com/li/2709895)

学歴を高めると選択肢が増える、というのは本当なのか。

それに対して、学歴を高めるほどプライドが大きくなって、心理的に選べない職業が増える。だから選択肢はむしろ狭くなる、という話を見た。

うーん。

こういう話は、まずその人が本気でそう思っているのか、わざと強い言い方をしているのか、あるいは問題提起のためにあえて逆張りしているのかが分かりにくい。

SNSでは、真顔なのか、半笑いなのか、怒っているのか、試しに棒を投げ込んでいるのかが分かりにくい。しかも、言葉だけはやたら強い。

「学歴は選択肢を増やさない」

そこまで言われると、え、そう？ と思う。

普通に考えれば、学歴が高いほど自分の外側、社会からの選択肢は増える。応募できる会社が増える。書類で落ちにくくなる。受けられる資格や試験も増える。周囲からの信用も増える。会える人も変わる。

もちろん学歴だけで人生が決まるわけではない。そんなに単純ではない。とはいえ、外側の制度や社会の目から見た選択肢は、だいたい増える方向に働くはずだ。

一方で、本人の内側の選択肢が狭くなる人がいる、という話は分かる。

この大学まで来たのだから、この会社群を受けるべき。

この学歴でこの仕事はもったいない。

親や親戚や友人に説明しづらい。

ここまで頑張ったのに、それを捨てるのか。

そういう心理的な柵は、たぶんある。かなりある。それにしても「しがらみ」って漢字が柵なのはなにかおかしい気がするね。

それはそれとして、それを「選択肢が減る」と言われると、少し困る。

外側から見た選択肢は増えている。だが本人の中では選べないものが増えている。これはたぶん別の話だ。

何でもできるけど、俺は好きなことしかしない。

それを「選択肢が狭い」と言われても、言葉の運用が少し難しい。選択肢がないのではなく、選択したくない。選べないのではなく、選びたくない。あるいは、選んだ自分を許せない。

これは選択肢の問題というより、自分の中の価値観やプライドや世間体の問題ではないか。

もちろん、それが軽い問題だと言いたいわけではない。人間は物理的に選べるものを、心理的には選べなかったりする。そんなことは普通にある。

会社を辞められるけど辞められない。

引っ越せるけど引っ越せない。

謝れるけど謝れない。

別におかわりしてもいいけど、なんとなくできない。これは少し違うか。いや、違わないかもしれない。

だから、学歴が上がるほど心理的に選べない職業が増える、という現象そのものはありそうだ。

ただ、それは学歴そのものが選択肢を減らしたというより、学歴を持った状態で、どのルートに乗るかの問題でもある気がする。

一般的な就職活動のルートに乗ると、学歴はかなり強い記号になる。大学名、偏差値、企業名、年収、職種、職位。全部が見える形で並ぶ。そういう場所では、学歴は武器であると同時に、見栄の土台にもなる。

「この学歴ならこのくらい」

という相場観が生まれる。

その相場観に乗ると、選択肢は増えたように見えて、同時に「選んではいけないもの」も増えるのだろう。

でも、初めからそのゲーム盤に乗らない人もいる。

私は一般社会人的には、あまりまともなルートをたどってこなかった。そもそも初めからまともなルートに乗る気もなかったので、就職活動もせず、バイトの延長で働き始めた。その後も、やりたい仕事に好きなタイミングで転職してきた。

ああ、自分語り。

ただ、自分語りをしてでも言いたいのは、選択肢の見え方は、最初にどこに立つかでかなり変わるということだ。

学歴を持ったまま、いわゆる「ちゃんとしたルート」に乗ると、そのルート上の価値観に縛られる。そこでは確かに、選べないものが増えるかもしれない。

でも、ルートそのものを少し外すと、意外とどうにかなることもある。少なくとも、選択肢の棚の並び方は変わる。上段にあったものが下段に来たり、逆に誰も見ていなかった棚に面白いものが置いてあったりする。

だから、「学歴で選択肢は狭まる」というより、「学歴を持ったまま、特定の価値観のルートに乗ると、選びたくない理由が増える」のほうが近い気がする。

外側の選択肢は増える。

自分の内側の選択肢は、本人の価値観によって狭く見えることがある。

この二つを混ぜると、話が急にややこしくなる。

学歴は選択肢を増やす。

ただし、選択肢が増えると、同時に「これは自分の選ぶものではない」と言うための理由も増えるのかもしれない。

つまり学歴とは、選択肢を増やす道具であると同時に、選択肢を見下すための踏み台、フィルターにもなってしまうのかもしれない。

踏み台の使い方が悪い。

踏み台は高いところのものを取るために使うべきであって、下を見て偉そうにするために使うものではないだろう。

みたいに道徳的なちょっといい話をして終わってみる。いい話？
