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title: "テレビではなく情報の日光浴が足りない"
slug: "terebi-dewa-naku-joho-no-nikkoyoku-ga-tarinai"
publishedAt: "2026-06-17T11:04:30.762Z"
updatedAt: "2026-06-17T11:05:57.199Z"
tags: ["essay","テレビ","ニュース","SNS","情報環境","Togetter"]
excerpt: "若者のテレビ離れと常識の話を見た。問題はテレビを見ないことではなく、受動的に広い情報を浴びる機会が減ったことではないか。SNSのパーソナライズ部屋から時々出て、NHKニュースくらいの情報の日光浴をしたほうがいい。"
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https://x.com/i/status/2066879312499036309

[Togetterまとめ: 若者のテレビ離れが進んでいるが、必要最低限の常識がなかったり社会的な物事に関心がない人って大体テレビ見てない人が多いと思う→賛否両論の議論に](https://togetter.com/li/2710306)

若者のテレビ離れが進んでいる、というニュースをきっかけに、テレビを見ない人は必要最低限の常識がなかったり、社会的な物事に関心がなかったりするのでは、という話が流れてきた。

背景にあるのは、NHK放送文化研究所の国民生活時間調査で、20代は7割近く、30代は6割近くがテレビをほぼ見ない、という報道らしい。[朝日新聞の記事](https://smart.asahi.com/v/article/ASV6J2H3PV6JUCVL010M.php)は有料記事だが、概要だけでもかなり強い数字である。

テレビを見ないから常識がない。

さすがにそれは雑だと思う。

ただ、その雑な話の奥に、少しだけ分かる部分もある。

問題はたぶん、テレビかどうかではない。偏りが少なめで、しかも自分から探しに行かなくても入ってくるニュースソースを、思考形成期にどれだけ浴びていたか、という話なのだと思う。

私は50代後半だが、小学校低学年くらいまで家にテレビがなかった。親の趣味である。だから、テレビがないと常識が育たない、と言われると、ちょっと困る。私の幼少期の常識は、テレビではなく本から来ていた部分が大きい。

ただ、子どもが自分の金で手に入れられる本の数などたかが知れている。そうすると、自分の趣味にぴったり合った本だけを読むわけにもいかない。家にある本、親が買った本、図書館で目についた本、なんとなく手に取った本を読むことになる。

つまり、テレビがなくても、わりと偶然の情報には触れていた。

その後、家にテレビが入ってからは、朝に親がNHKのニュースをつけっぱなしにしていた。こちらが真剣に見ていたわけではない。ご飯を食べながら、支度をしながら、なんとなく音が流れている。

でも、それで社会情勢ニュースみたいなものは、ざっくり入ってきた。政治、災害、国際情勢、経済、事件、季節の話題。自分で検索しないようなものが、勝手に耳に入ってくる。

テレビの価値は、正しいことではなく、勝手に入ってくることだったように思う。

テレビが偉い、という話ではない。テレビにも偏りはある。民放のニュースやワイドショーを見ていれば社会的な物事に関心がある、という話でもない。むしろワイドショーを浴び続けることで形成される常識も、それはそれでなかなか偏っている。

ただ、テレビには少なくとも、こちらが選んでいないものが混ざっていた。

YouTubeやSNSや決まった巡回先だけで情報を取っていると、そこが弱くなる。自分が見たいもの、自分が怒りやすいもの、自分が気持ちよく同意できるものが流れてくる。パーソナライズされた情報空間は快適だ。

そして、快適な情報空間にずっといると、知識量そのものは増えているのに、妙なところに穴が空く。ものすごく詳しい分野がある一方で、世の中でいま何が起きているのか、みんなが何を話題にしているのか、そういう共通領域が薄くなる。

だから、現実的な対策としては、朝でも昼でも夜でもいいから、NHKのニュースを流しておくくらいでいいのかもしれない。

NHKが絶対に正しいと言いたいわけではない。NHKが嫌いな人も多いだろうし、私もNHKを全面的に信頼しているわけではない。

それでも、民放のニュースやワイドショーを見るよりは、まだ余計な味付けが少ない。最低限、今日何が起きているのかを雑に知るには悪くない。

大事なのは、NHKを信じることではない。自分のいつもの情報ルートとは違うところから、情報を浴びることだ。

XやYouTubeやTikTokのパーソナライズされた情報空間にずっといるのは、かなり快適だ。だが、快適な部屋にこもり続けると、外の天気がわからなくなる。

だから時々、情報の日光浴をしたほうがいい。

NHKニュースでも、新聞の見出しでも、Yahoo!ニュースの主要カテゴリでも、別に何でもいい。そこにある情報が完全に正しい必要はない。公平である必要すら、そこまでない。たとえ違う方向に偏っていたとしても、自分の偏りとは別方向の情報に触れるだけで、少しは意味がある。

もちろん、それを「テレビを見ていないから常識がない」と言ってしまう人も、それはそれでかなり偏っていて、テレビ中心の時代に作られた常識をそのまま全員に要求しているだけかもしれない。

大人気のお笑い芸人を知らない。流行りのドラマを見ていない。朝の情報番組でやっていた話題を知らない。そういうものまで常識扱いされると、さすがに面倒くさい。

テレビを見れば常識人になれるわけではない。テレビを見なければ非常識になるわけでもない。

ただ、自分で選んだ情報だけで暮らしていると、知らないうちに欠けるものが増える。そこはたぶん本当だ。

テレビを買え、という話ではない。

ときどき外の情報に当たろう、という話である。

日焼け止めは各自で塗ってください。

情報の紫外線はなかなか強力ですよ。
