空港で見知らぬ人の荷物4キロを引き受ける、これが本物の平和ボケだと思う
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海外に学生を連れて行った際、現地でコーディネートしてくれたOBが学生に「これを日本に持ち帰って知人に届けてほしい」とモノを預けたことを知り、OBと縁を切った→大学教授のリスク管理対応を評価する声
関西空港で、見ず知らずのマレーシア人女性の重量オーバー分4キロを自分のピンクのバッグに入れてあげて、追加料金1万2千円を浮かせてあげた、という投稿が流れてきた。本人も「これクスリとかもし入ってたら私捕まるやつ?!」と思いながら引き受けたらしい。気づいてはいるのだ。気づいた上で、入れている。
同じまとめに、大学教授の話もあった。海外に学生を連れて行ったとき、現地で熱心にコーディネートしてくれたOBが、学生に「これを知人に届けてほしい」と荷物を預けてきた。教授は即座に荷物を処分させて、「空港で没収された」と伝えなさいと指示して、そのOBとは縁を切ったそうだ。
見知らぬ人の荷物を運ぶのは、空港では昔からある運び屋の手口だ。そもそも、偶然の災難を装って、助けてもらう体で他人を利用するやり口自体、寸借詐欺の昔からの定番だ。若い人に銀行口座を作らせて裏稼業に売るのとも大して変わらない。名義を貸すだけ。バッグの空きを貸すだけ。手元では何も悪いことが起きていないように見えて、発覚したときに損をする役目を負わされている。
日本人の考え方を平和ボケとよく揶揄する人がいる。だいたいミサイルか安全保障の話だ。でも本物の平和ボケは、たぶんもっと手前にある。日本の日常で使っている感覚を、海外という非日常に持ち込んだまま、切り替えないことだ。親切にしておけば、いつか誰かが助けてくれる。日本の日常なら、それでだいたい合っている。ただ国境をまたぐ空港は日常じゃない。国によっては運び屋は中身を知らなかったでは済まず、死刑まである。設定を日常モードのまま入っていい場所ではない。
その点、教授は切り替えができている。現地でお世話になった熱心なOB、という日常の関係のまま考えたら、縁なんて切れない。即処分、口実まで指定、縁を切る。正直、「そこまでしなくても」と一瞬思った。思った分だけ、わたしの切り替えも怪しいんだろう。
元の投稿は「私がいつか困った時誰かに助けてもらえるね」と締められていた。いい話ではある。バッグに何か入っていたときに助けてくれる誰かも、いるといいんだけど。