誰のことかは言いませんが、注意しました
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日本共産党が、反動政権や排外主義に反対する運動のあり方について見解を出していた。党員が「暴力行為を連想させるようなパフォーマンス」を行ったり、それを支持したりすることは許容できない。抗議運動は市民的モラルを守り、多数の理解や共感を得られる形で進めるべきだ。だいたいそういう内容である。
うん。暴力を連想させるようなことはやめよう。穏当な話である。ところで、誰の何の話をしているのだろう。
声明には、具体的な団体名も人名も行為も出てこない。SNSで起きている議論を受けたものらしいので、事情を追っている人には「ああ、あの話ね」と分かるのだろう。わたしもたぶんあの周辺の話だろうな、とは思う。ただ、書かれていないので断定はできない。
誰を念頭に置いているのかは分かる人だけ分かる。分からない人には、共産党が暴力的な活動に反対しているという立派な一般論だけが届く。念頭に置かれた側も、自分たちの名前は書かれていないので、別に自分たちへの注意ではないという顔ができる。なかなか便利な文章である。
学校の全校集会で、「最近、一部の生徒に好ましくない行動が見られます。心当たりのある人は行動を改めてください」と言われることがある。先生は注意した。生徒は誰のことか知らない。心当たりのある生徒は自分ではないと思うことにした。そして集会は無事に終わる。
もちろん、政党が自分の党員に規約を守らせる話と、党外の市民運動へ命令する話は別である。党員には直接指導できても、別の団体へ上から命令することはできない。そこは分かる。
ただ、普段から同じイベントや抗議活動に参加し、それなりに交流している相手なのであれば、まず直接言えばいいのではないか。実際には言っているのかもしれない。言っていないのかもしれない。声明には書かれていないし、調べた範囲では、誰かに直接申し入れたという説明も見つからなかった。
直接言ったうえで、党としての立場も公表したのなら筋は通る。その場合は、「関係者には直接伝えた」と一言書けばいい。しかしそれも書かないとなると、外から見えるのは、具体名を出さずに一般論だけ述べて「注意した」という外形を作ったところまでである。
名前を出せば関係が悪くなる。何も言わなければ、暴力的な行動を黙認していると批判される。そこで、誰のことかは言わないが党としては許容しない、という声明を出す。これなら交流相手との関係を大きく壊さず、外部には「党として明確に注意しました」と言える。注意されたはずの側も、名指しされていないので特に返答しなくていい。
全員が少しずつ助かっている。行動が改まるかどうかは、よく分からない。
本当に何かをやめてもらいたいなら、誰のどの行動を問題にしているのかを示し、本人たちへ直接伝える必要があるように思う。それをしない注意文は、注意というより、注意したという体裁を作る行為に近い。
まあ、誰のことかは言わない。直接伝えたかどうかも分からない。そもそもわたしが想像している相手が正しいかどうかも分からない。
こういう誰にも責任が発生しない注意文って便利だな。