自分の感情は大事。他人の感情は気にしない
【読むのに約 3 分】
Togetter: 匿名ブログに投稿された「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」という文章、読んでいて具合が悪くなる人が続出するしんどさ
はてな匿名ダイアリー: 離婚してから自分が性格悪いことに気づいた
「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」という匿名ブログを読んだ。
元夫が約束を忘れたら、なぜ忘れたのか、次はどうやって防ぐのかと何時間も聞く。元夫が疲れた、今日はもう寝たいと言っても終わらせない。離婚後に好きになった人から連絡が減ったときも、なぜ減ったのか、いつから気持ちが変わったのか、何が原因なのかと質問を続ける。
本人としては怒鳴っていない。感情的にならず、理由を聞いているだけである。相手がきちんと説明してくれれば、自分だって納得する。だから自分は冷静に話し合おうとしているのだと思っていた。
読んでいて思ったのは、自分の快・不快だけは細かく観測するのに、他人へかけている負荷は気にしない人なのだな、ということだった。
自分が納得できない。これは二人で解決すべき問題である。
相手が疲れた。もう話したくない。これは相手が勝手に感じているだけなので、話を終える理由にはならない。
本人には、理屈が通っていることが絶対的なルールのように見えているのだろう。理屈が通っていれば正しい。通っていなければおかしい。だから相手は、筋の通った説明を出すまで考え続けなければならない。
でも実際には、理屈が通っていると気持ちが良い。理屈が通っていないと気持ちが悪い。まず本人の中にその感情があるのではないか。自分は感情を脇に置いて論理的に話しているつもりでも、やっていることは自分の気持ち悪さを相手に解消させる作業である。
しかも、筋の通った説明と本当のことは別である。適当な人なら、その場で納得してもらえそうな理由と再発防止策を作って話せるかもしれない。それで相手が納得すれば、話は終わる。
誠実な人ほど困る。忘れた理由が本当に分からなければ、分からないと答える。人の気持ちがいつ、なぜ変わったのかも、毎回きれいに説明できるとは限らない。そこで話を作れば嘘になるので作らない。すると今度は、説明を拒む不誠実な人として質問を続けられる。
見た目だけ理屈の通った作り話をする人は早く解放され、分からないことを分からないと言う人ほど消耗する。ずいぶん変な話し合いである。
これは少し子守に近い。子どもは、自分の中に生まれた感情をうまく処理できないことがある。なぜ、どうして、と何度も聞いたり、納得するまで同じ話を繰り返したりする。大人は、相手が子どもだから付き合う。子どもの世話をする立場として、その時間と労力を払う。
しかし、対等な大人同士なら話は違う。一人が気持ち悪いからといって、もう一人が納得できる説明を作るまで付き合う義務はない。相手は恋人や配偶者であって、感情を処理してくれる保護者ではない。
自分の感情はすごく大事。他人の感情は気にしない。ずいぶん自己中心的なのだが、本人には自己中心的に見えない。自分は相手に説明する機会を与え、話し合いによって解決しようとしているからである。
ただし、この話し合いは本人が納得するまで終わらない。相手が謝っても、次から気をつけると言っても、疲れたと言っても終わらない。終了を決められるのは一人だけである。
声を荒らげていないから負荷が小さいわけではない。何時間も答えを求められ、別の部屋へ逃げても追いかけられ、寝かせてほしいと言っても続けられたら、それは普通にしんどい。
この文章のタイトルは「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」である。ただ、最後まで読むと、自分の問題に本当に気づいた感じはあまりしない。
性格が悪いというのは、かなり曖昧な言葉である。犯罪でもないし、何をしたのかも示さない。「性格が合わなかった」を、少しだけ自分に不利な言い方へ変えたくらいにも見える。
自分も性格が悪かったかもしれない。でも相手にも悪いところはあった。そこへ落とせば、最後は性格の不一致で、どっちもどっちにできる。
しかし問題は性格の相性ではなく、自分の感情を解消するための時間と労力を、相手に延々と払わせていたことではないか。「性格が悪い」と認めることで、むしろその具体的な行動を考えずに済ませているように見える。
自分の感情はすごく大事。他人の感情は気にしない。しかも本人には、それが「ちゃんと話し合おうとしている」と見えている。
「話し合いができない人」は、たぶん黙った相手のほうではない。