仮想誘拐は特殊詐欺の出口だった

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https://news.livedoor.com/article/detail/31537121/

仮想誘拐というニュースを見た。

香港の女子大学生がタイで自分が誘拐されたような動画を撮影し、それを見た父親に身代金が要求された、という話だ。最初に見たときは、ん? と思った。本人が協力して親から金を取るタイプの狂言誘拐なのか? それでトータル得になることなんてあるのか? ばかなの? みたいな方向に脳が走った。

しかし少し調べると、どうもそういう話ではなかった。

これはたぶん、現代型の特殊詐欺の出口が「狂言誘拐っぽい映像」になった、という話だ。親から金を巻き上げるために、子どもが自発的に誘拐ごっこをしたのではない。詐欺グループが中国当局や警察を装い、本人に「あなたは犯罪に関わっている」「捜査に協力しろ」「家族には言うな」と圧をかけ、本人まで詐欺の舞台装置にしていたらしい。

報道によると、今回のケースではまず「留学に必要な資金の証明」みたいな名目で、父親から140万香港ドルを送らせている。執筆時点のざっくりしたレートで日本円にすると約2860万円。そのあと本人をタイへ移動させ、縄やナイフ、塗料、口紅などを買わせ、誘拐されたように見える動画や写真を作らせる。そしてその動画を家族に送って、さらに300万香港ドル、つまり約6130万円を要求する。

うわあ。手口が嫌に合理的だ。

物理的に誘拐すれば、移動も監禁も食事も見張りも必要になる。犯罪側のコストが高い。ところが仮想誘拐なら、本人をリモートで追い込んで、自分で移動させ、自分でホテルに泊まらせ、自分で動画まで撮らせる。詐欺師からすると、誘拐の一番面倒な部分を被害者本人に外注しているようなものだ。最悪の業務効率化である。

しかも、これは一件だけの珍事件というわけでもないらしい。Mothershipの記事では、香港警察の話として、2026年第1四半期だけで中国当局を装った詐欺が164件あり、そのうち香港で学ぶ中国本土系学生の被害が42件あったと紹介されている。被害総額は2億8900万香港ドル。日本円で約59億円。金額がもうニュース本文の中で普通に巨大化していて、こっちの感覚が追いつかない。

オーストラリアでも似たような話があり、AUSTRACや報道では、中国語話者の留学生を狙った仮想誘拐詐欺が問題になっている。2025年1月から5月のあいだに、中国当局なりすまし詐欺が約680件報告され、被害額は510万豪ドルだったという話もある。これは日本円で約5億8000万円。つまり、これは「変な事件があったね」ではなく、だいぶ型ができている詐欺の一部なのだろう。

怖いのは、本人の行動だけを見ると協力者に見えてしまうところだ。自分でホテルに行っている。自分で縄を買っている。自分で動画を撮っている。だから雑に見ると「なんでそんなことするの?」となる。私もなった。かなりなった。

でも、その前段には当局なりすまし、偽の捜査、秘密保持、監視、家族への被害をちらつかせる脅しがある。そこまで組み立てられると、本人は「自分が誘拐詐欺に協力している」と思っているのではなく、「捜査に協力しないと自分や家族が危ない」と思い込まされている。詐欺師が欲しいのは本人の善意でも悪意でもなく、恐怖である。恐怖はだいたい万能工具みたいに使われる。便利に使うな。

日本でも、警察を装った詐欺は増えている。電話だけでなく、LINEやビデオ通話に誘導し、偽の警察手帳や逮捕状っぽい書類を見せる手口も出てきている。日本の警察を名乗られるだけでもかなり嫌なのに、中国当局を名乗られたら、さらに怖そうだ。制度も距離感も分からない。海外にいる留学生ならなおさらだろう。「家族に言うな」「捜査に協力しろ」と強い口調で言われたときに、冷静に本物かどうか確認できる自信は、正直あまりない。

昔ながらの特殊詐欺は、電話の向こうで家族や警察や役所を演じていた。そこにビデオ通話、偽の公文書、SNS、国境をまたぐ移動、偽誘拐動画が足されていく。詐欺師側だけが妙にDXしている。一般企業や官公庁よりも圧倒的に素早くDXしている。紙の台本で止まっていてほしい。

というわけで、最初に抱いた「親から偽誘拐で金を取ったら自分の得になると思った愚かな子どもがいたのか?」という疑問は、ひとまず撤回してよさそうだ。よかった。そんな子どもはいなかったんや。

いたのは、いつも通りかなり嫌な方向に仕事熱心な詐欺グループだった。

参考: The Nation / Mothership / AUSTRAC / FBI IC3

仮想誘拐は特殊詐欺の出口だった