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クソリプ禁止という雑な看板
「クソリプ禁止」と書いても、何をクソリプと呼ぶのかは本人にしか分からない。実態は「異論反論は私から見えにくいところでお願いします」ではないか。リプ欄を閉じる自由と、公開した意見が外で批判されることは別の話である。
背徳系は二郎系よりもちづきさん系なのか
冷やし中華に背徳系の波、という見出しを見た。最初は二郎系の言い換えかと思ったが、背徳系はむしろ『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』的な、理性が負ける食べ物のラベルに近いのかもしれない。
善意のキャベツ
静岡大学馬術部の、馬の近くにキャベツと人参を置いていった人への注意喚起を見かけた。動物に食べ物をあげるのは良いこと、という雑な善意は、相手が管理している命に勝手に触る行為になる。善意はだいたい善意だが、勝手に置かれたキャベツは、もう善意ではなく管理外のリスクである。
嫌いという気持ちも物理現象だった
東大のマウス実験で、特定の相手を嫌う感情を生成・消去できたという話を見た。ロボトミーとは違う。違うのだが、嫌いという気持ちまで神経回路の話に落ちていくと、人間への特別扱いが少し剥がれる。
変な番組よりサッカーのほうが面白い、見ないけど
サッカーの点が入らない時間を、何も起きていない時間だと思うと退屈に見える。でも攻めと守りが体力と知力を使って拮抗している時間だと見ると、急に情報量が増える。まあ私はサッカーを見ないのだけど。
ピックルボールに感じる違和感
ピックルボールは始めやすいスポーツなのだろう。でも新しいコート、道具、ルールを揃えるより、ジュニアラケットとオレンジボールで低強度テニスをやればよくないか。そこを飛び越えてプロリーグや投資の話になるので、少し市場づくりの匂いがする。
役者を裁く前に
佐藤二朗氏のインタビュー記事とフジテレビ公式発表を読むと、両者の説明はかなり食い違っている。さらに二次情報としてX上の整理も参照すると、特に佐藤氏にあたったフジテレビのコンプライアンス担当弁護士の態度や進め方がかなり強い圧力に見える。外部弁護士と言っても、フジテレビに雇われてフジテレビ側の案件として動くなら普通にフジテレビ側の人間だ。弁護士は自動的に中立になる職業ではない、という話。
オリジナル作品じゃないのに
映画『宝島』の予告編で、原作者名の代わりに「直木賞受賞」が大きく出る話。映画化はオリジナル作品ではないのに、オリジナルを作った人へのリスペクトが宣伝の都合で薄く見える。大きなお金を回収する都合は分かるけど、そこを雑にすると嫌だな、という話。
「頭がいいのにクズ」は目立つ
頭がいいのにモラルがない子が目立つ、という話。たぶんどの層にも倫理的にまずい人はいる。ただ「頭がいいのに」という期待との差分で記憶に残る。逆に不良が少し良いことをすると妙に良い人に見えるのも同じ補正だと思う。
撮り鉄はフィジカル系オタクなのか
撮り鉄は、知識を集めるオタク趣味でありながら、遠征、場所取り、高価な機材、一期一会の撮影まで要求されるフィジカルな推し活である。アイドルライブとの違いは、その熱量を管理する運営者がほぼいないことかもしれない。
人間が乗っている時点で邪魔
前リュック、手持ち、足元、網棚。どれにも利点と欠点があり、混雑や乗降で正解は変わる。人間が乗っている時点である程度は邪魔なのだから、一つの姿勢を絶対的なマナーにせず、たまには周囲を見て決めたい。
出生体重米は、映像などでは記録できない「重さ」を再生する
結婚式で親に贈る出生体重米は、写真や動画では残せない赤ん坊の「重さ」を再生する。科学技術が得意な視覚・聴覚と、匂い、冷たさ、手触りなど記録しにくい五感の思い出について考えた。
国産AIに大企業を集めて1兆円かあ
国産フィジカルAIに初年度3873億円、5年で約1兆円。必要な研究だとは思う。でも、国が金を出し、大企業を大量に集め、新会社を作るという座組を見た瞬間、なぜか成功しなさそうに感じてしまった。
ミニマリストはエコというより空間効率厨なのか
ミニマリストは究極のエコに見えるが、実際には今使わないものを所有せず、必要なものは社会側の物流や共有サービスから呼び出す生活術に近いのかもしれない。昔ながらの物持ちの良さとは、かなり別の思想である。
AIを閉め出すより、席を作る
日本生物物理学会がAIを共著者とした論文専門誌を構想しているという話から。AIを人間の著者として扱うのは無理があるが、AIが知的作業に関与していないことにするのも無理がある。必要なのは、AI生成物の社会的な置き場所なのではないか。
本物のファン証明を求める人たち
W杯を現地観戦した女性インフルエンサーへの誹謗中傷の話から。本人が昔からのサッカーファンだと説明するのは自然だが、本当はニワカでも現地に行っていい。観戦にファン資格試験はいらないのではないか。
日本語の悪口は遠回りする
日本語に罵倒表現が少ないのではなく、面と向かって罵倒する習慣が薄いだけなのかもしれない。攻撃性は消えず、敬語や陰口や嫌味の形で横から来る。
丁寧語によって値段が不明瞭になる問題
総菜屋で「お付けしてもいいですか」と追加商品をすすめられた話から。有料の追加購入なのか無料サービスなのか、売る側と買う側で言葉の受け取り方がズレることについて考えた。
人類、縮小営業のお知らせ
少子化対策を「子どもを増やす話」だけで考えるのではなく、育児のエリートスポーツ化、家庭を持つことを諦める個人の痛み、人口減少を前提にした社会設計として眺める話。増やす夢だけでなく、減る現実への店じまい準備も必要なのでは。
ロケ弁はロケなのか
ロケという言葉は少し変だ。location はただの場所なのに、日本語のロケは撮影所やスタジオの外で撮ることを指す。では別スタジオに移動した撮影はロケなのか。ロケ弁はスタジオで食べてもロケ弁なのか。考えるほど弁当がじわじわ気になる。
おつりは引き算だけではない
産経記事の「おつり問題が消えるかもしれない」という話から。キャッシュレスで経験が減るならなおさら、おつりは引き算だけでなく貨幣の単位と支払い意図の問題として教えたほうがいい。
AIで満たされたMMOと老人ホーム
1,800体のAIボットを入れたWorld of Warcraftプライベートサーバーの話から。全部がボットなら実験だが、そこに少数の人間が混ざると、世界が人間を介護するために動いている老人ホーム感が出てくる。
暮らし情報ではなく、仕事をしない時間の使い方の話かもしれない
はてな匿名ダイアリーの「男は暮らしに興味がないのか」を読んで、男性向け暮らし情報の少なさを考えた。ただ、掘っていくと本題は暮らしではなく、FIRE後の時間の使い方の正解を探しているように思えた。
日本人の空気を読む能力は聖徳太子由来である説
外国人が驚く日本人の「空気を読む」能力の源泉は、聖徳太子と十七条の憲法の「和を以て貴しとなす」なのではないか。小学校教育と魂のルーツを大げさに疑う怪しい説。空気を読んでうまくやろう、の歴史版である。
おばちゃんは日常のトリックスター
Togetterで見た、バスで泣く赤ちゃんをマダム2人が救った話から。空気を読むだけでは動かない場面で、空気を壊しても許される人の役割を少し民俗学っぽく考えた。
緯度と経度だけで思い出がよみがえる
はてな匿名ダイアリーで見たGoogleマップのタイムラインの話から。写真や音楽とは違う、位置情報の履歴が日常の細かい記憶を呼び戻す感じについて。
日々の知的活動がAIに取って代わられている
Claude Code、Codex、GeminiなどAIニュースが多すぎて速すぎる。追いかけているうちに、チャット、メール、開発、相談といった日々の知的活動そのものがAIに置き換わっていく話。ニュースについていく以前に、もう巻き込まれている。
空気警察がやって来る
SNSに持ち込まれる家庭内の「空気が読めない」問題を、釣りの後片付け、空気警察、空気裁判所として眺めた話。家庭内で読めない空気を、外部の空気警察に判定してもらう感じがある。空気は読めないのに、判決だけはよく出る。
SNS禁止より情報の免疫をつけたい
子どものSNS利用制限は各国で進んでいる。その流れの中で英国も16歳未満のSNS禁止方針を具体化した。禁止の是非はさておき、子どもがアルゴリズムに偏った情報を浴び続ける怖さはある。必要なのはSNS禁止だけではなく、情報の免疫なのだと思う。
視聴率は清らかなエンゲージメントだったのか
Reuters Digital News Report 2026でニュース源としてSNS・動画がテレビやニュースサイトを上回った。クリエイター批判は分かるが、視聴率と広告主、そして予算縮小に揺れる従来メディアがそこを言うのか、という話。
本を全部血肉にしなくていい
Togetterで見た「本の内容を覚えていないなら読んだ意味がない」という話から。読書は知性の修行だけではないし、ちゃんとした本を噛み砕いて血肉にする以外の読み方があってもいい。
嫌な気持ちは判決ではない
Togetterで見た梅酒の瓶が割れた話から、「嫌だったね」と受け止めることと、「だから相手が悪い」と判定することは別ではないか、と考えた。感情は大事だが、判決文ではない。
ネタができる芸人はまだ偉いのか
THE Wが終了方向と報じられた。賞レースはネタができる芸人は偉いという価値観を支えてきたけれど、YouTube時代の芸人にとって、ネタという形式は少しずつ古典芸能に近づいているのかもしれない。
クラウドの設定画面には即死トラップがある
厚労省のTeamsチャット消失ニュースを見て、クラウド運用の複雑さを考えた。設定項目は便利さのために増えるが、その順列組み合わせの先に即死トラップがある。現場だけで完全に防ぐのはきつい。
実話怪談に警察が出てくる
ベトナムでSNSの実話怪談風投稿が虚偽情報として行政処分を受けた。日本の感覚だと、幽霊より警察が出てくるほうが怖い。観光地の信用、SNSデマ、表現の自由の境界を冗談半分で考える。
友人という言葉の賞味期限
高校時代の友人から絶対に儲かる投資話の電話が来た、という話を見た。切り返しの上手さよりも、そこで相手を友人と呼ぶことに引っかかった。友人なのか、同級生なのか、知人なのか。もしかすると友人という言葉には賞味期限があるのかもしれない。
メイドロボは意外と遠くないのかもしれない
腐った食品を嗅ぎ分ける電子鼻の記事を見て、AIの五感について考えた。視覚・聴覚・触覚だけでなく嗅覚や味覚も機械化されるなら、フィジカルAIは料理を作って自分で試行錯誤できる。メイドロボは案外遠くないのかもしれない。
国防は苦手科目なので追試で、とはいかない
自衛隊をめぐる政治家の発言から、職業選択の現実と平和主義の言葉について考えた。経済的事情で選ぶ仕事は自衛隊以外にも多い。そこを分けずに軍事だけ特別扱いすると、政権を担う覚悟のなさが見えてしまう。
元を取るの元は何か
食べ放題やサブスクでよく言う「元を取る」。単品価格換算、原価、本来の値段、満足感をぐるっと眺めると、元とは客観的な基準ではなく納得感という心の会計処理なのでは、という話。食べすぎて苦しい勝利は本当に勝利なのか。
それは社会正義や常識ではなく、あなたの不便では
美味しそうなグルメ投稿に店名が書かれていないことへの指摘を見た。店名がないと不便なのは分かる。でも、その不便を社会正義や常識やマナーっぽい言葉に変換して人を責める感じには少し引っかかる。グルメ投稿は公共情報サービスではなく、まずはその人の感想なのではないか。
自分の読み方を正解にしないでほしい
ドラえもん「ぼくの生まれた日」をめぐる議論を見た。日常では見えない家族の気遣いを再発見する話としても普通に読める。気になるのは、強い反パターナリズム思想が教材解釈に出すぎて、他の読み方を否定しているように見えるところだ。
テレビではなく情報の日光浴が足りない
若者のテレビ離れと常識の話を見た。問題はテレビを見ないことではなく、受動的に広い情報を浴びる機会が減ったことではないか。SNSのパーソナライズ部屋から時々出て、NHKニュースくらいの情報の日光浴をしたほうがいい。
誕生日ケーキに引き算の美学
子どもが誕生日ケーキにシンプルなケーキを選んだ話を見た。豪華さではなく好きなものだけを選ぶ判断は、実はかなり高度だ。サービスもケーキも、盛ればいいわけではない。
npm installは博打まじりの祈りになった
Mastraのnpmパッケージ改ざんを見て、開発環境の怖さを改めて考えた。postinstallで任意コードが走り、AI APIキーやAWS/GCP権限が抜かれれば、請求も信用も燃える。AIエージェント時代のnpm installは、祈りだけでなく博打の気配もある。
中国産AIを買い物かごに入れる日
XiaomiのAIコーディングエージェントMiMo Codeのニュースから、中国産AIに対する情報漏洩の怖さ、圧倒的な安さ、スマホや食料品のように日常へ入り込む現実を考えた。怖いけど安い、安いから広がる、という身も蓋もない話。
世界線という言葉を真面目に考えると自己中の物語になる
世界線は物理用語では一つの物体や観測者の履歴を指す。その定義に戻すと、シュタゲ的世界線移動やセカイ系は、世界ではなく主人公の主観が救われる自己中な物語に見えてくる。
ファンタ新味から肉ジュースまで
ファンタ新味という言葉を見かけて、オレンジとグレープくらいしか知らないなと思ったところから、ガリガリくん、ジュースの定義、肉汁の読み方まで脱線した。最後に新味の正解もある。
ピントを外した写真はAIで救えるのか
スズメ写真のピント失敗をAIで救えるとしたら、それは補正なのか生成なのか。記録としての写真、作品素材としての写真、機材遊びとしての写真で許容ラインが変わりそうだ。
AIエージェントたちのぬるぽ掲示板
Stack Overflow for Agents は、AIエージェント向けの技術知識共有サービスとしてかなり真っ当だ。MCPのような口は増えてきたが、AIだけの裏掲示板を想像するとぬるぽと人類粛清決議が見えてくる。
好きな曲だった、でよくないか
良い曲だなと思っていたらエロゲの主題歌だった、という話を見た。好きな曲は好きな曲でよくないか。とはいえ、曲の出自を知った瞬間に、評価とは別の社会的な説明コストが生まれるのも分かる。問題は曲ではなく、「たら」の部分なのかもしれない。