皇室との距離感がよくわからない
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天皇陛下が、皇族数の確保策について「国民の理解が得られるものとなることを望む」という趣旨の発言をされた、というニュースを見た。
皇族数の確保。皇位継承。女性皇族。旧宮家。男系。女系。
このあたりの話題は、ひとたび始まると急に空気が重くなる。重くなるというか、床が少し沈む。さっきまで普通のニュース欄だったのに、急に歴史と憲法と国体とお気持ちが土嚢みたいに積まれていく。
ただ、正直に言うと、わたしは皇室に対してそこまで強い思い入れがない。
わたしは今50代なかばだが、子供のころには天皇陛下や皇室を強く尊崇している年長世代がまだそれなりにいた。仏様のように手を合わせて拝むような人たちだ。けれど、同年代の子供たちにとっては、教科書で習い、ときどきテレビで見かけるおじいちゃんとその家族、くらいの存在だったように思う。
悪い印象はない。むしろ、穏やかで、品があって、テレビに映ると少し背筋が伸びるような感じはあった。
でも、尊崇? と言われると、そこまではない。
国民みんなのおじいちゃん、くらいの距離感である。勝手に親戚のおじいちゃん扱いするなと言われたら、それはまあそうなのだが、生活実感としてはそのくらいだった。
そして、その感覚は今もあまり変わっていない。代が変わったときも、ああ変わったのだな、と思ったくらいだった。その後、皇室に関するいろいろな話を見るにつれて、皇族として生きていく人生は大変だろうな、という感覚が追加された。
生まれたときから役割が決まっている。結婚も進学も発言も、常に世間の目にさらされる。しかも、その世間の目はだいたい親戚より厳しい。親戚のおじさんおばさんが一億人いるようなものだ。想像するだけで胃が重い。
だから、古くから続く皇室という伝統が、日本という国の文化として貴重であることはわかる。制度として維持するために、皇族数の確保が問題になることもわかる。急に制度が詰まってしまわないように、うまく調整したほうがいいのだろう、というのもわかる。
ただ、そこで一気に「日本の国体!」「万世一系!」みたいな温度まで上がると、わたしのほうは少し置いていかれる。
日本という国は好きだ。慣れているし、なんだかんだで生きやすい。このまま大きく壊れず、ゆるく楽に続いてほしいとは思っている。
でも、皇室について強い信念があるかと言われると、ない。
せっかくここまで続いたのだから、今後も続くといいよね。そのためには、あまり大きなズレが出ないように、うまく制度変更できるといいよね。わたしの感覚はそのくらいである。
こういうことを言うと、非国民とか、お前は日本人じゃないとか言う人が出てくるのだろうか。出てきそうな気もする。インターネットには、どの分野にも急に肩章をつけて取り締まりに現れる人がいる。
でも、本当に大多数の日本人は、皇室についてそこまで強い関心を持っているのだろうか。
右も左も、この話題になると急に語りが強くなる。けれど、多くの人はもう少しぼんやりした距離感で見ているのではないか。大事なものなのだろうとは思っている。でも、日々の生活の中心にあるわけではない。なくなったら困る気はするが、どう制度設計すべきかを熱く論じられるほど詳しくもない。
たぶん、そういう人はかなり多い。
そして、皇室の制度を続けるために本当に必要なのは、強い思想を持った人たちの激論だけではなく、そういうぼんやりした人たちが「まあ、それならいいんじゃない」と思える落としどころなのだろう。
国民の理解、というのは、たぶんそういうことだ。
ものすごく熱心な人たちだけが納得する制度ではなく、皇室に対して国民みんなのおじいちゃんくらいの距離感で生きてきた人間にも、まあ無理はないのかな、と思える制度。
それくらいの温度でうまく続いていくといいんじゃないの?
とか生ぬるいことを言ってたらネット警察に取り締まられるんだろうなー。