タイトルを当てながら読むミステリー

【読むのに約 3 分】

https://togetter.com/li/2708765

Togetterで、早坂吝の『○○○○○○○○殺人事件』が話題になっていた。

人類史において一回しか使えないトリックを使ってしまった怪作、みたいな紹介をされていた。そこまで言われると気になる。だいぶ気になる。

というわけでKindleで買った。

○○○○○○○○殺人事件 / 早坂吝

ここから先も、できるだけネタバレにならないように書く。というか、この手の作品は下手に何かを書くとすぐネタバレしそうで、たぶんみんな口ごもりがちになるだろう。

早坂吝は初めて読んだ。第50回メフィスト賞受賞作らしい。メフィスト賞らしい、という言い方はだいぶ雑だが、読んだあとには、まあメフィスト賞だよな、という気持ちになった。

この作品は、事件の真相を当てる普通の推理小説であると同時に、タイトルの○○○○○○○○に入る言葉を当てる小説でもある。

読者への挑戦状といえばエラリー・クイーン、みたいな雑な連想がまず浮かぶ。犯人は誰か。トリックは何か。そういう推理小説の遊び方はわかる。

ただ、私はそういう読者への挑戦状があっても、そこで本を閉じて犯人当てやトリック当てを始めるタイプではあまりない。だいたいは、ふむふむ、さてどうなるのかなー、わくわく、くらいでそのまま読み進めてしまう。推理小説を読んでいるのに推理をサボる。ひどい読者である。

でもこの作品の挑戦は、考え始める入口がやたら近い。犯人当てやトリック当てほど材料を整理しなくても、伏せ字に入る言葉を頭の中で探すだけならすぐ始められる。だから勝手に考え始めてしまい、読み終わるまでずっと気を取られ続けた。

しかしこの作品では、そこにタイトル当てが重なってくる。しかも、単に帯や宣伝文句としてタイトルを伏せているのではなく、本文を読みながらその空欄を考えることが、読書体験の中にかなり強く入り込んでくる。

そのため、読んでいるあいだ、事件の流れを追いながら、頭の別のところでずっと日本語の候補を検索し続けることになる。

あれか。いや違うか。これか。いや字数が違うか。そういう脳内作業が、本文を読んでいる横で小さく走り続ける。

普通のミステリーなら、読者は登場人物の言動や、現場の状況や、語りの違和感を見ている。ところがこの作品では、それに加えて日本語そのものを見ている。タイトルの空欄に入りそうな言葉を探すために、頭の中の言葉の棚をずっと開け閉めしている。

本編に集中しているのか、タイトルに気を取られているのか、だんだんよくわからなくなってくる。

もちろん本編側にも事件は起きる。推理小説なので当たり前だ。登場人物が出て、舞台が用意され、事件が起き、謎が積まれていく。そこはちゃんとミステリーとして進んでいく。

ただ、読者の頭の中では、その横でずっとタイトル当てが並走している。普通なら本編を読むために使うはずの脳の一部が、タイトル当てのために持っていかれる。

この感じが面白かった。

面白かった、という言い方でいいのか少し悩む。普通の推理小説なら、設定が面白い、探偵役が魅力的、犯人の意外性がある、トリックが良い、文章が読みやすい、みたいな評価軸がある。

この作品にもそういう評価軸はある。あるのだが、それだけで感想を書くと、なんか少しずれる。

一番印象に残ったのは、読んでいるあいだの頭の使われ方だった。事件を追っているのに、同時にタイトルも追っている。読書中ずっと、本文とは別の小さな推理ゲームをさせられている。

終盤で、これはちゃんと考えればタイトルの答えが分かるのでは、と思う瞬間があった。

そこで本を閉じて、紙とペンを出し、候補を並べて考える。そういう読み方もできたと思う。たぶん、それが正しい遊び方だったのかもしれない。

しかし、そこで続きを読むのをやめてタイトル当てに時間を使うのは、ちょっと面倒だった。

なのでそのまま読み進めた。

結果として、タイトルは当てられなかった。

明かされてみれば、まあそうか、という感じではある。ただ、読み終えたあとの自分の気持ちとしては、タイトルを当てられなかったことより、もっと大きな仕掛けのほうに気を取られていた。

と書くと、もうその時点で微妙にネタバレの匂いがする。やめよう。ミステリーの感想はすぐこうなる。何か言おうとした瞬間に、言ってはいけないほうへ文章が伸びる。

とにかく、普通に面白かった。

ただし、この「普通に面白かった」は、普通の意味の普通ではない。事件の筋を楽しむというより、推理小説という形式そのものを使って、読者の頭の中に変な作業を発生させるタイプの面白さだった。

こういうものもあるのか、という読後感がある。

本を閉じたあとで、あのタイトルの伏せ字を見返す。なるほどね、と思う。思うのだが、その「なるほどね」は、単なる答え合わせの納得ではない。読んでいるあいだ自分の頭がずっとその空欄に引っ張られていたことへの、少し変な納得である。

作品紹介としては、ここまでで止めておくのが良さそうだ。

あとは読んでください。

そして、途中でちゃんとタイトル当てをする人は、そこで一度止まって考えたほうがいいと思う。わたしは流された。流されるままに読んだ。

その結果、気持ちよく負けた。

タイトルを当てながら読むミステリー