4800万円のロゴと3000円の晩ごはん
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IPAがロゴなどを変更し、そのリブランディング・コンサルティング業務を電通が4840万円で落札した、という記事が流れてきた。
これは燃えやすい。
IPA。ロゴ変更。4800万円。電通。
炎上用のボタンがきれいに並んでいる。押しやすい。なんなら少し光っている。
たぶん、ハテブやSNSでは「高い」「無駄」「また電通か」みたいな反応が出るのだろう。実際、そういう方向で見られやすいニュースだと思う。
そして、その気持ちはわからなくもない。
ロゴに4800万円?
高くない?
わたしも最初にそう思う。自分の財布から4800万円が出ていくところを想像すると、財布どころか住んでいる建物ごと消える。
ただ、その脊髄反射の批判は、いったん飲み込んだ方が良い。
飲み込むといっても、なかったことにしろという話ではない。高いと思うな、無駄だと思うな、という話でもない。
そのままSNSに吐き出す前に、ちょっとの間、口の中にとどめておこう、くらいの話である。
熱いものを食べたときに、すぐ飲み込むと食道が焼ける。ちょっと冷めるまでいったん落ち着かせる。批判もたぶんそれに近い。熱々のまま流すと、だいたいどこかが荒れる。
たとえば、昨日の晩ごはんは自炊だったのに一人3000円かかった、と聞いたらどうだろう。
高い。
自炊で一人3000円は高い。わたしの中の庶民感覚が、キッチンの隅で小さく鐘を鳴らす。カンカンカン。事件です。
でも、そこでいきなり「無駄遣いだ」「俺なら500円で作れる」と言い出すのはちょっと早い。
もしかすると、結婚記念日のステーキだったのかもしれない。久しぶりに友人を招いたのかもしれない。普段は節約しているが、その日だけいい刺身を買ったのかもしれない。あるいは、単純に物価が上がりすぎていて、スーパーのレジで人類が静かに負けているだけかもしれない。
逆に、納豆ご飯と味噌汁だけで一人3000円だったら、それはそれで何かがおかしい。納豆が金箔で包まれているのかもしれないし、味噌汁の出汁を新幹線で取りに行ったのかもしれない。
つまり、金額だけでは判断できない。
4800万円も同じだ。
ロゴ画像を一個作るだけで4800万円なら、たしかに高そうだ。わたしでもCanvaを開いて、謎に丸いフォントを選び、青いグラデーションをかけ、三十分くらいでそれっぽいものを作ることはできる。できるが、たぶんそれはIPAのリブランディングではなく、わたしの週末工作である。
記事によれば、今回の刷新はロゴデザインの変更だけではなく、英語名称の変更、タグラインの新設も含む。さらにリブランディング・コンサルティング業務として発注されている。
そうなると、見るべきものは金額だけではない。
どこまでが業務範囲なのか。調査やヒアリングは含まれるのか。コンセプト設計はどこまでやったのか。ロゴの展開ルールやガイドラインはあるのか。英語名称やタグラインの検討はどう進めたのか。入札条件はどうだったのか。相場と比べて高いのか安いのか。成果物はちゃんと使えるものなのか。
このへんを見ないと、本当のところはわからない。
もちろん、見たうえで「やっぱり高い」と思うことはあるだろう。
成果物がしょぼいかもしれない。発注範囲が狭いかもしれない。調達の仕方がいまいちかもしれない。何かよくわからない会議が三十回開かれ、謎の資料が積み上がり、最後に「未来へ、つなぐ。」みたいなタグラインが出てきただけかもしれない。
その場合は怒っていい。
ただ、怒るならせめて、何に怒っているのかは見たほうがいい。
金額に怒っているのか。成果物に怒っているのか。発注先に怒っているのか。調達手続きに怒っているのか。公共機関がブランドにお金を使うこと自体に怒っているのか。
全部まとめて「高い!無駄!」にすると、批判としてはかなり軽い。軽すぎて、少し風が吹くと飛んでいく。
庶民感覚は大事だと思う。
変な金額を見て「高くない?」と思う感覚は必要だ。
ただ、庶民感覚は最初の警報装置くらいに思っておいたほうがいい。
警報が鳴る。
高くない?
無駄じゃない?
その警報は大事だ。
でも、警報が鳴った瞬間に隣の家へ水をかけに行くのは少し早い。まず火元を確認したほうがいい。煙なのか、焼き魚なのか、誰かがトースターでパンを焦がしたのか。
SNSの脊髄反射的な批判は、この確認をすっ飛ばしがちだ。
目についた数字。自分の財布感覚。嫌いな企業名。官公庁。税金。
このあたりが組み合わさると、反射で批判が出る。速い。かなり速い。たぶん回線速度より速い。
でも、速い批判はだいたい浅い。
浅い批判がたくさん集まると、なんとなく世論っぽい形になる。水たまりも集まると池に見える。だが非常に浅い。
庶民感覚で「高い」と思うこと自体はいい。
ただ、その批判はいったん飲み込んだ方が良い。
飲み込む。
何を買ったのかを見る。
実際にIPAの調達仕様を見てみると、これは本当にロゴ画像を一個作る仕事ではなかった。
発注名は「リブランディング・コンサルティング業務」。一般競争入札の総合評価落札方式で、契約先は電通、金額は4840万円。仕様の中身には、ブランド戦略の再構築、ターゲットやペルソナの整理、新しい英語名称・略称案、ロゴ案、デザインガイドライン、コミュニケーション戦略、事業案内パンフ、名刺、PowerPointテンプレ、新オウンドメディア案、採用サイト案、実施報告書あたりまで入っていた。
買い物袋を開けてみたら、少なくとも納豆三パックだけではなかった。肉も魚も野菜も調味料も、ついでに鍋と皿と献立表まで入っていた、くらいの案件ではある。
もちろん、それで4840万円が妥当なのかは別の話だ。予定価格や応札者数、評価点、具体的な工数内訳までは外から見えない。だから「妥当です」とは言えないし、「絶対に安い」とも言えない。
ただ、少なくとも「ロゴに4800万円」という雑な怒り方をするには、袋の中身が少し多すぎる。怒るなら、成果物の質や効果、調達の競争性、公共機関がブランドにどこまでお金を使うべきか、という話にしたほうがよさそうだ。
それでも高いと思ったら、そのときに怒ればいい。
よくよく反芻したあとに吐き出した怒りは、脊髄反射の怒りより中身が詰まっている。
4800万円のロゴが高いのか安いのか。
わたしには、わからない。
ただ、少なくともレシートの金額だけを見て、買い物袋の中身を見ないまま怒るのは、ちょっと早いと思う。
晩ごはんが2000円だったとして、それが納豆ご飯なのか、記念日のステーキなのか。
そのくらいは聞いてからでも、怒るのは遅くない。