中国産AIを買い物かごに入れる日

【読むのに約 4 分】

XiaomiがClaude Code的なAIエージェント MiMo Code を出した、というニュースを見た。

公式ブログによると、MiMo CodeはOpenCodeベースのターミナル型コーディングエージェントで、長時間タスク向けに「複数案を出して選ぶ」とか「記憶を維持する」とか、そういう工夫をしているらしい。GIGAZINEの記事では、ブラインドテストでClaude Codeに勝った、というなかなか挑発的な見出しになっていた。

こういう話を見ると、わたしの中の小さい町工場のおじさんが「ずるい!」と言い出す。

いや、別にわたしはアメリカの巨大AI企業の株主でもないし、Claude Codeの親戚でもない。だが、巨額の資金を投入して最先端を切り開いている企業がいて、その横から「似たようなものを作りました。安いです。オープンソースです。どうぞ」と出てくると、どうしても複雑な気持ちになる。

たとえるなら、中国産の食料品に近い。

スーパーで冷凍野菜や加工食品を見ていると、産地表示に「中国」と書いてあることがある。そこで一瞬手が止まる人は、それなりにいると思う。国産のほうが安心な気がする。なんとなく避けたい気持ちがある。過去にいろいろなニュースもあった。

でも、値段を見る。

国産は高い。中国産は安い。しかも、冷凍ほうれん草を少し使いたいだけとか、刻みねぎをちょっと入れたいだけとか、そういう場面では、そこまで強いこだわりを維持するのが難しい。理念と家計簿が戦うと、家計簿が勝つことは結構ある。

さらにややこしいのは、外食や加工食品になると、どこの食材を使っているのかは見えにくくなることだ。自分でスーパーの棚から選ぶときは産地表示を見る。けれど、弁当や惣菜やチェーン店の料理として出てくると、もうそこまで細かく追わない。気にしようと思えば気にできるのかもしれないが、毎回そこまでやると、昼飯ひとつ食べるのに調査報告書が必要になる。

だから、中国産食品を避けたい人はいる。たしかにいる。けれど、安さと流通と加工の中で、ある程度は生活に入り込んでいる。好きか嫌いかとは別に、もう現実としてそこにある。

AIも、たぶんそうなっていく。

Claude CodeやCodexのような本家筋のAIエージェントは強い。強いが、コストもそれなりに重い。長時間タスクを投げると、裏側でトークンという名の細かい硬貨がじゃらじゃら落ちていく気配がある。そこに、中国発の安いAIエージェントがやってくる。

性能はだいたい近いです。長いタスクもできます。オープンソースです。安いです。

ずるい。

しかし、便利である。

正義の話だけなら簡単だ。「巨額投資した企業の成果を、後追いで効率よくコピーするのはどうなのか」と言えばいい。知財、倫理、学習データ、蒸留、規制回避。重い話はいくらでも出てくる。重い話の詰め合わせセットである。お歳暮で届いたら少し困る。

でも技術というのは、そもそも先人のノウハウを見ながら改良していくものでもある。完全にゼロから毎回火を起こしていたら、人類はまだ洞窟で会議をしている。真似る。安くする。小さくする。大量に作る。雑に普及させる。そうやって技術は広がってきた。

日本の家電や車だって、かつてはそういう側面があったはずだ。そして今は、中国企業がそれを猛烈な速度でやっている。スマホも、家電も、EVも、AIも、気がついたら「安いけど悪くない」ではなく「安いのにかなり良い」になっている。

この「安いのにかなり良い」が一番こわい。

高くて良いものは、まだわかる。安くて悪いものも、まあわかる。問題は、安くて十分良いものだ。それが出てくると、市場の空気が変わる。高級店の味を全部再現しているわけではない。でも、平日の昼に食べるならこっちでいいかな、となる。

ただし、中国産AIをそのまま業務で使うかというと、しばらくはかなり慎重になるはずだ。

情報漏洩の問題がある。ソースコードを投げるのか。設計資料を投げるのか。顧客情報に触れるのか。会社の内部事情がプロンプトに混ざるのか。そう考えると、「安いです、速いです、使えます」と言われても、はいそうですかと業務コードを丸ごと渡すのはさすがに怖い。

特に中国企業が提供するAIサービスとなると、政治的・法制度的な不安もついてくる。どこまでデータが保存されるのか。どう扱われるのか。政府から要求があったらどうなるのか。そのあたりを完全に安心して使える企業は、少なくとも日本やアメリカではまだ多くないだろう。

だから、すぐに「安い中国AIが全部持っていく」という話ではないと思う。

本番業務では使えない。会社のコードは投げられない。機密情報は怖い。そういう制約はかなり長く残るはずだ。

このあたりは、中国産スマホを考えるとわかりやすい。

今でも「中国メーカーのスマホは使わない」という人はそれなりにいると思う。情報漏洩が怖い。OSまわりが不安。なんとなく信用できない。そういう感覚は別に珍しくない。

でも、世界市場を見ると、もう全然無視できる存在ではない。IDCの2026年第1四半期の世界スマホ出荷データでは、Xiaomiが11.5%、OPPOが10.5%、vivoが7.2%のシェアを取っている。この3社だけで約29%である。上位5社のうち3社が中国メーカーだ。

「使いたくない人はいる」と「市場で大きなシェアを取っている」は、普通に両立する。

たぶんAIもそうなるのだろう。

中国産AIを業務で使うのは怖い。会社のソースコードや設計資料を投げるのは怖い。情報漏洩、法制度、政府との距離感、データの扱い。怖い理由はいくらでもある。

でも、圧倒的に安くて、性能が十分に良ければ、まずは個人利用や公開リポジトリ、検証用途から入ってくる。最初は「これは機密じゃないから」。次に「この小さい部分だけなら」。そのうち「まあ、社内ルール的にはギリギリ大丈夫そうだから」。

そうやって、使わない理由が少しずつ削られていく。

昔もそうだった。最初は怪しいと思っていた安い製品が、気がつくと普通に家の中にある。よく分からないメーカーの充電器。妙に安いガジェット。聞いたことのないブランドの家電。最初は警戒していたのに、レビューがそこそこ良くて、値段が半分だと、人はだんだん負ける。

理念は強い。セキュリティ意識も大事だ。でも、価格差もまた強い。

1回あたりのコストが半分、くらいならまだ踏みとどまれる。10分の1になると揺れる。100分の1になると、だいぶ人間性が試される。

「情報漏洩が怖いから使わない」と言っていた人が、「まあこれは公開情報だけだから」と言い始める。

「業務では使わない」と言っていた会社が、「検証環境だけなら」と言い始める。

「本番コードは投げない」と言っていた開発者が、「この小さい関数だけなら」と言い始める。

そして気がつくと、安いほうがいつもの棚にある。

今回のMiMo Codeのニュースを見て感じたのは、まさにその感じだった。

中国AIに対しては、正直かなり複雑な気持ちがある。ずるいと思う部分もある。危ういと思う部分もある。けれど、AIエージェントの世界にも、いよいよ「安くて十分なものが普通の棚に並ぶフェーズ」が来たのだな、という気がする。

そして棚に並び始めたら、市場はだいたいそちらへ動く。少なくとも、棚に並んでいることを無視できなくなる。

本家がすごいものを作る。後発が追いかける。本家がさらにすごいものを作る。後発がさらに安く追いかける。

この追いかけっこが続く限り、使う側としてはありがたい。ありがたいのだが、作る側として見ると、なかなか胃が痛い。

ずるい。怖い。でも安い。

この三つが同時に来るのが、一番やっかいなのだ。AI時代の国際競争、だんだんスーパーの冷凍食品売り場みたいな顔になってきた。

View as Markdown · Open in Claude · Open in ChatGPT