ゲリラ豪雨の中からドラミングが聞こえる
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ゲリラ豪雨という言葉を見かけるたびに、何かが引っかかる。
何か違和感を感じる。
なぜだろう。
ゲリラという言葉の強さだろうか。
戦争、しかも非対称戦で、森の中から急に撃たれそうな感じのある単語が、日常の気象ニュースにしれっと出てくる。その物騒さに引っかかっているのだろうか。ベトナム戦争の映像が頭の片隅をよぎるような単語である。
と思って少し調べてみたら、ゲリラ豪雨というのは正式な気象用語ではないらしい。
気象庁が定義している言葉ではなく、マスメディアが局地的な集中豪雨をわかりやすく、強く表現するために使っている言葉なのだという。
なるほど。
公式じゃなかったのか。
それならまあ、多少言葉が暴れていても仕方ないのかもしれない。公式の用語じゃないならまあ許してあげよう。
ところで、スプーナリズムという言葉をご存じだろうか。
日本語では頭音転換というらしい。連続する言葉の頭の音が入れ替わってしまう現象のことだ。
たとえば「あかいりんご」が「りかいあんご」みたいになる。
理解安吾。
誰だ。
わたしには、少しその気がある。
話しているときにはあまり起きないのだが、キーボードで文章を入力しているときによく起きる。
「あかい」と入力しようとしているのに、脳内ではもう次の「りんご」に進んでいる。すると「あ」の a を打つ前に、「りんご」の r が先走る。
結果として、らかいいんご、みたいなものが生まれる。
ラ会隠語。
ラーメン業界の地下組織でだけ使われているとても口には出せない感想を表現する言葉だろうか。大変すすれました。
で、ゲリラ豪雨である。
わたしはたぶん、この言葉を見るたびに、どこかで別の気配を感じている。
ゲリラ豪雨。
ゴリラ豪雨。
大粒のゴリラが降ってくる。
いや、降ってこない。
降ってこないのだが、何かが脳内で勝手に入れ替わる。ゲリラの中にゴリラが隠れている気がする。
あの急に空が暗くなり、屋根やアスファルトを強い雨音が叩きつける感じも、どことなくドラミングっぽい。
ぽくないか。
ぽくないな。
でも一度そう思ってしまうと、もうだめである。
ゲリラ豪雨という言葉を見るたびに、空の向こうで何かが胸を叩いている気がしてしまう。
気象情報としてはかなり困る。
「午後は大気の状態が不安定となり、関東地方では局地的にゴリラ豪雨となるおそれがあります」
それはもう避難したほうがいい。
傘では無理だ。
折りたたみ傘など一撃で終わる。
地下街に逃げたほうがいい。
たぶん、わたしがゲリラ豪雨という言葉に感じていた違和感は、言葉の物騒さだけではなかった。
ゲリラという単語の中に、別の何かが待機している。
それが問題だったのだ。
いや、問題ではない。
わたしの頭の中だけの問題である。
しかし、次にゲリラ豪雨のニュースを見たとき、耳を澄ませてみてほしい。
雨音の向こうから、かすかにドラミングが聞こえるかもしれない。
たぶん聞こえない。