撮り鉄はフィジカル系オタクなのか

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集英社オンライン: 〈撮り鉄集団暴行&強奪〉「カメラと50万円よこせ」中学生の仲間を撮影ポイントに呼び出し暴行…通行人を“ゴミ、邪魔者”扱い、問われる「ヤング撮り鉄」のマナー

撮り鉄仲間の男子中学生を撮影ポイントへ呼び出し、集団で暴行を加えてカメラなどを奪ったとして、少年ら4人が強盗の疑いで逮捕されたという記事を読んだ。

まず、これはもう撮影マナーの話ではない。ただの犯罪である。電車を撮るときは通行人に配慮しましょう、というところから、だいぶ先へ行ってしまっている。

それにしても、撮り鉄界隈はどうして時々ものすごく過激な人が出てくるのだろう。

ちょっと考えてみると、撮り鉄という趣味は、オタク趣味の中でも少し変わった組み合わせでできている気がする。

車両の形式、運行時刻、路線、編成、過去の運用。大量の知識を集め、細かい違いを見分け、情報を整理するところは、とてもオタク的である。写真を眺めて知識を深めるだけなら、家の中でもできる。

しかし、自分で撮影しようとすると急にフィジカルになる。

目当ての電車が走る時間に合わせて移動し、重いカメラとレンズを持ち、撮影場所を探し、天気を確認し、ときには朝早くから待つ。遠い場所なら前日から移動する。推しのほうが決まった線路の上を走っているので、こちらが追いかけるしかない。

しかも、珍しい車両や引退前の最後の運行は、その日、その時間にしか撮れない。失敗しても、来週もう一度とは限らない。推しとの一期一会である。

良い撮影場所も有限だ。同じ時間に、同じ電車を、同じ角度から撮りたい人が集まる。前へ出た人がいれば写真に写る。誰かの身体や三脚が少し動けば、ほかの人の写真にも影響する。知識を競うだけなら各自の頭の中で済むが、撮影場所は物理的に取り合いになる。

さらに機材は高い。SNSには撮影成果が並ぶ。誰が詳しい、誰が良い場所を知っている、誰の写真が上手い、誰の機材が強い、という序列もできそうだ。オタク的な知識と、現場の興奮と、場所取りが全部入っている。

そう考えると、撮り鉄はフィジカル系オタクなのかもしれない。

もっとも、フィジカル系のオタク趣味なら、ライブ中心のアイドル推し活もそうである。推しが現れる時間と場所に合わせて遠征し、並び、限定グッズを買い、一度しかない公演を見る。参加回数や良い席やファンサービスの成果もSNSに並ぶ。

そしてヲタ芸。曲に合わせて腕を振り、跳び、回り、ときには全身を使って動き続ける。ライブを見に来たはずなのに、本人もかなり運動して帰る。フィジカル系オタクとしては、こちらのほうが分かりやすいくらいである。

ただし、アイドルライブには運営がいる。チケットと座席があり、入場順が決まり、スタッフや警備員がいる。揉め事を起こせば退場させられるし、ひどければ出禁にもなる。熱量の高いファンが集まる前提で、会場を管理する人がいる。

撮り鉄の場合、電車を走らせる会社はあるが、撮影会の運営者はいない。撮影場所は駅、踏切、道路、公園、田畑の横などである。駅員の仕事は鉄道の運行と乗客の安全であって、撮影ファンの席順や派閥まで管理してはくれない。屋外ならさらに誰もいない。

撮り鉄は、客席も整理券も出禁制度もないライブ型推し活なのかもしれない。希少な一回を大勢で狙うのに、良い場所を配る仕組みがない。早く来た人、声が大きい人、集団で来た人が強くなりやすい。

対象へ集中するオタク的な性質と、現場で場所を確保しなければならないフィジカルさと、それを管理する人がいない環境。その組み合わせが、普段なら頭の中で終わるこだわりを、怒鳴り声や押し合いとして外へ出しやすくしている。

という説明は、それなりにもっともらしく見える。

ただし、これはほとんど私の偏見である。

今回の事件は、若者同士の人間関係やSNS上のトラブルから起きた、普通の少年犯罪なのかもしれない。たまたま知り合った場所が撮り鉄コミュニティで、そこに高価なカメラがあっただけとも考えられる。

にもかかわらず、私は撮り鉄に関する一つの事件を見て、オタク一般の近視眼的なところや社会性の弱さまで持ち出し、こうして公開テキストへまとめようとしている。

他人の趣味へ根拠の薄い偏見を投げつけるという、社会性の枠を少し越えた行動である。

撮り鉄の社会性について考える前に、まず自分の社会性を客観的に見つめ直したほうがよさそうだ。

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