それは社会正義や常識ではなく、あなたの不便では

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Togetterまとめ: 美味しそうなグルメ投稿に「店名を書かないのはなんで?」と指摘したことに賛否→店主まで反応し「店名を書く派・書かない派」の考え方の違いが見えてきた

美味しそうなグルメ投稿に店名が書かれていないことについて、「店名を書かないのはなんで?」という反応があり、そこから店名を書く派、書かない派の話になっていた。

これ、少し分かる。

美味しそうな店の写真が流れてくる。料理の説明もある。場所もなんとなく分かる。なのに店名がない。

気になる。

それはどこなのか。私も食べたい。今すぐではなくても、いつか行く店リストに入れておきたい。Googleマップに星をつけたい。脳内の「行きたい店」フォルダに雑に放り込みたい。

だから、店名が書かれていないと不便だ。

そこまでは分かる。

でも、そこで「店名を書かないのはなんで?」と責めるような空気になると、少し引っかかる。

その人は、グルメ情報サービスを運営しているわけではない。

ただ、自分が食べたものについて、美味しかったと書いているだけだ。

それを見た側が不便に感じるのは分かる。店名を書いてくれたら助かる。私も助かる。かなり助かる。

ただ、それは「私は不便です」という話であって、「あなたは店名を書くべきです」という話とは少し距離がある。

この距離を雑に詰める人が、SNSにはわりといる気がする。

俺が不愉快である。

俺が不便である。

俺が見たい情報が足りない。

そこまでは個人の感想だ。

でも、それをそのまま言うと少し弱い。だから、いつの間にか社会正義や常識やマナーっぽい言い方に変わる。

店にとって失礼ではないか。

情報を出さないのはマナー違反ではないか。

みんなが知りたいのだから書くべきではないか。

いや、そうなのか。

店名を書いたほうが親切なのは分かる。店側としても紹介されたほうがありがたい場合は多いだろう。気に入った店を応援したいなら、店名を書くのはかなり自然な行動だと思う。

一方で、店名を書きたくない人の気持ちも分かる。

混んでほしくない。

常連っぽい場所を大きく広めたくない。

予約が取りにくくなるのが嫌だ。

そもそも自分の感想を書いただけで、他人のための情報提供をしたつもりはない。

このへんも普通にあるだろう。

あと、単に面倒くさいというのもある。

店名を書く。住所を書く。営業時間を書く。予約可否を書く。メニューを書く。支払い方法を書く。席数を書く。子連れ可か書く。喫煙可か書く。トイレの場所を書く。

そこまで行くと、もう個人のグルメ投稿ではなく、食べログの下請けである。

人はそこまで背負わなくていい。

もちろん、「どこのお店ですか?」と聞くのは別にいい。

聞かれた側も、答えたければ答えればいい。答えたくなければ答えなくてもいい。

問題は、その質問が「自分が知りたい」ではなく、「あなたは書くべきだった」という方向へ変形していくところだ。

「店名も知りたいです」なら分かる。

「店名を書かないのはなんで?」になると、少し詰問っぽくなる。

さらにそこへ、店への敬意とか、情報共有のマナーとか、SNSの公共性とかが乗ってくると、だいぶ話が大きくなる。

いや、あなたが簡単に店名を知りたいだけでは。

もちろん、これはこれで雑なグルーピングである。

店名を書いてほしい派にもいろいろいる。単純に知りたい人もいる。店を応援するなら書いたほうがいいと思っている人もいる。写真だけで店を特定されるくらいなら最初から書けばいいのに、という人もいる。

それぞれ一理ある。

ただ、やはり個人の投稿に対して、他人が欲しい形式を強く求めすぎるのは、少し怖い。

SNSは公共の場ではある。だが、公共インフラではない。

誰かのグルメ投稿は、駅の案内板ではない。役所の広報でもない。観光協会のパンフレットでもない。

ただの「うまかった」である。

そこに便利さを求めるのは自由だ。

でも、便利ではなかったからといって、怒るほどのことなのか。

私はここで少し立ち止まる。

インターネットには、こういう小さな変換がたくさんある。

私が見づらい。

私が不便。

私が不愉快。

それがいつの間にか、マナーが悪い、社会的に問題がある、配慮が足りない、みたいな言葉に置き換わる。

そのほうが強いからだ。

でも、強い言葉を使うと、話はすぐ面倒になる。

「私は店名が知りたい」なら、かなり平和だ。

「なぜ店名を書かないのか」になると、少し角が立つ。

「店名を書かない投稿はどうなのか」になると、急に会議が始まる。

会議はだいたい長い。

グルメ投稿を見ていたはずなのに、気がついたらインターネット公共性検討委員会に出席している。

困る。

私はステーキの話をしていたかった。

店名を書くのは親切だ。

書かないのも自由だ。

知りたければ聞けばいい。

答えてもらえなかったら、まあそういうこともある。

それくらいでいいのではないか。

ところで、五反田でLボーンステーキと三右衛門豚と書かれていたら、かなり探せそうではある。

それはそれで、店名を書いていない意味とは。

いや、そこを考え始めると、また会議が始まる。

今日は解散でお願いします。

私はステーキの話をしていたかっただけなので。

ところで千駄ヶ谷にステーキが美味しい店があってさー。

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